女性起業家応援ページ

書評「スタートアップ」アメリカの名門大学で使われている起業の教科書

もしもあなたが今、起業したい、と考えているなら、事業計画を作ったり、資金計画を考えたりする前に、ぜひ読んで欲しい本があります。それは『スタートアップ』(ダイアナ・キャンダー 著、牧野洋 訳:新潮社)。

この本はジョージタウン大学、コロンビア大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校、コーネル大学など全米70校で起業の教科書として使われています。

名門大学の教科書なら、難しいのでは…? と思うかもしれません。実際はとても読みやすい小説形式の本です。日米の文化を超えて、起業家にありがちな失敗とその克服方法について書かれています。

有能なコンサルタントが起業して失敗目前に

主人公はオーエンという男性で、良質な中古自転車を安く売る新しいビジネスを立ち上げ、経営しています。もとは、やり手の経営コンサルタント。頭脳明晰で自信に満ちたビジネスマンでした。

自分は有能だから起業家として成功するはず…と思っていたオーウェンですが、実際は全くダメ。自信をもって売り出した製品はほとんど売れず、会社のウェブサイトへのアクセスも低迷しています。

厳しい経営は家計を直撃し、最近は夫婦関係も悪くなってきました。つまり、キャリアと結婚生活の双方が危機に直面しているのです。設定も物語の展開もドラマや映画のようです。

本書にはオーエンに様々な起業の秘訣を教える、成功した女性起業家が登場します。彼女のアドバイスはシンプルかつユニークです。

例えば「人はビジョンを買わない。代わりに自分たちの問題を解決してくれるものを買う!」(88ページ)とか「あなたは存在しない問題の解決策を作った」(89ページ)といった具合です。

人は「ビジョンを買わない」とは?

「ビジョンを買わない」というのは、厳しい現実ですが、同時に真実だと言えるでしょう。世に出回っている起業家のインタビューは、情熱や夢を語るものが多く目につきます。そのため、夢を持つ人の中には「それを実現するようなビジネスで、自分も起業して成功できるのではないか」と考えがちです。

確かに起業に必要なエネルギーは、情熱から生まれてくるものです。しかし、夢を事業にして、続けるためには「顧客」が必要です。あなたの作るものやサービスに、お金を払ってくれる人こそが顧客です。一方、あなたの夢に共感して励ましてくれる人は、通常、友人や家族と呼ばれます。

つまり「ビジョンを買わない」から引き出せる教訓は、美しい理想を掲げるだけでは起業家にはなれない、という事実です。そのビジョンを事業に落とし込んだものを、果たして人がお金を払って買ってくれるのか。その金額は、事業の経費を上回り、利益を上げられるだけのものなのか…。ここは厳しい見極めが必要です。

また「存在しない問題の解決策を作った」という指摘も、示唆に富んでいます。もしかしたら、あなたも覚えがあるかもしれません。多くの人が「困っている」「これ、どうにかならない?」と言っている問題に対処できるサービスを考えたのに、誰もお金を払って買おうとしない…。これではビジネスにはなりません。

お金を払ってまで「欲しい」のか?

ところで、ここで知っておきたいのは、経済学で言う“willingness to pay(支払い意志)”という考え方です。あなたの素晴らしいビジョンを製品やサービスの形にして事業を興した時、それは誰かがお金を払ってまで、欲しいと思うかどうか。

どれだけ良いビジョンを持っていても「お金を払って買いたい」と思う製品やサービスを作れなければ、ビジネスにはなりません。それは「素敵なお話」で終わってしまいます。また皆が困っている問題の解決策を作っても、それを「お金を払っても手に入れたい」と思う人が少なければ、やはり、ビジネスとして続けていくのは難しいでしょう。

このように書いてしまえば簡単に思えますが、ここを見誤って失敗する例は少なくありません。

本書は、起業を学ぶための最良の方法は、実際にやってみて失敗を経験すること、という考えがもとになっています。ただ、実際に失敗してしまえば、資金が底をつき、家計が破綻して再起不能になってしまうおそれがあります。

そこで、ストーリーを読むことで、起業にありがちな失敗と、その克服方法を疑似体験できるようにしたのです。

見たくない現実を直視する

読んでいるうちに、私は、これまで取材した「起業の失敗例」を思い出すことが多々ありました。起業家に関するビジネス記事の多くは成功物語ですが、実際には失敗例の方が多いのです。

例えば、本書の後半に、潜在顧客に対するインタビューのシーンが登場します。自分の製品を買ってくれるかもしれない人から、有益な情報を得るためには「何かを売りつけようとしないこと」そして「オープンエンドの質問をすること」が大事である、と書かれています。

私が取材した、起業の失敗事例では、製品仕様や価格を決めた段階で顧客層にインタビューをしていました。顧客の反応が非常にネガティブで、そのような製品は買わないことを示していたにも関わらず、経営者たちは事実を見ようとせず「この製品は売れる」と主張し、方向性を変えなかったのです。結果、製品はほとんど売れないままに2年近くが経過し、従業員の給与やオフィスのコストだけが毎月出ていく状態でした。

誰しも、自分の情熱と時間を投入した製品やサービスには愛着があります。努力が報われて欲しいと思うのは当然ですし、それを否定するような情報は見たくない、と思うのも当然です。しかし、現実を見ないことは事業を興した人にとっては「終わり」を意味します。

女性起業家へのメッセージ

本書の主人公・オーウェンも最初は現実を見ようとしませんでした。それが、あるきっかけで成功した起業家から、じっくりとアドバイスを受ける機会をつかみます。自分が見たくなかった厳しい現実を目にしたオーウェンがいかに変わっていくか。そして、顧客が本当に欲しがっているものを見つけるために、どんなことをするのか。

起業の教科書ではありますが、事業計画の書き方も、資金繰りのシミュレーションも出てきません。数字は四則演算(足し算・引き算・掛け算・割り算)しか使わずに、失敗する起業と成功する起業の分かれ道を、わくわくするストーリーと共に学ぶことができます。

最後に、本書を翻訳した牧野洋さんから、女性の起業志望者のみなさんへのメッセージをご紹介します。

「著者ダイアナ・キャンダーさん自身が女性起業家、そして本書の主人公のメンターも女性起業家です。本書を読めば分かるように、女性だからといって引け目を感じる必要はまったくありません。勇気を持ってチャレンジしようという意欲が湧いてくるはずです!」