農業ビジネスに挑む(事例)

「農業総合研究所」生産者が売値と販売店舗を自ら決める直売システム

  • 農産物の売値と出荷先(販売店舗)を生産者自ら決める
  • 販売後のデータをリアルタイムに提供して生産者のモチベーションアップを図る

農業の仕組みを変えたい。もっと儲かる仕組みへと-。そんな熱い思いから2007年に農業総合研究所(和歌山県和歌山市)が創業された。

「総合研究」といかにも荘重なイメージの名称だが、農業のなにを研究しているのか?代表取締役CEOの及川智正さんに尋ねてみると、「生産から販売まで農業をトータルグランドデザインする農産業ベンチャー企業をめざそうと設立しました」と語り、現在の事業は販路開拓やコンサルティングなど農業生産者支援が主体という。

スーパーの青果コーナーに設けた産直「都会の直売所」。全国120店舗に展開している(2012年末現在)

長年の夢をかなえるために就農

その及川さん、東京農大卒業の1997年に商社に入社したが、6年後には脱サラして夫人の実家(和歌山県)できゅうりの栽培を始めた。そして2006年に八百屋のフランチャイズ会社の関西支社長を1年間務め、翌2007年10月に農業総合研究所を設立している。脱サラ後に就いた農業だが、及川さんには長年の夢があった。

「在学中に比較農業論を専攻したのですが、農業の将来を分析すればするほど前途暗澹たる気持ちになりまた。卒業後に商社のサラリーマンになりましたが、農業に関わりたい、なんとか農業の仕組みを変えたいという思いは学生時代から変わらず、2003年に一念発起して退職、就農したのです」

農業に関わるならば生産現場を知らなければ始まらない。そんな思いから、農業を営む夫人の実家できゅうり栽培のいろはを義父から学んだ。

「ただ、実際に野菜づくりを始めたものの少しもおもしろくないのです。それもそのはず、農地と選果場を往復するだけで、どんな人が食べているのか、どんな評価がされているのかがまったくわからないのですから」

そこで就農2年目からは独立してきゅうりのほかに洋野菜のハウス栽培を始め、市内のスーパーマーケットに直接売込みに行った。そのかいあって3年目になると取引先のスーパーから漬物や輪切りにしたきゅうりの注文が続々と入るようになり、利益も前年の3倍に引き上げた。

ほろ苦いスタートだった

4年目は農業生産を一時中断。農産物ブランディング会社の社長からスカウトされ、新設する高級青果店の関西支社長に就き、販売の現場で青果を売った。

「おもしろいもので農業しているときは少しでも高く売りたいと思いましたが、一転して買付け側になると少しでも安く仕入れたいと、立場が変わると思いがまったく逆になりました」

が、この双方の経験が翌年(2007年)に起こしたベンチャー企業の経営に役立った。農業総合研究所を設立すると、ビジネスとして魅力ある農産業を確立することを会社のミッションとして掲げ、そのために農業生産者の直売をサポートするコンサルティングから事業を始めた。

「ところがこれが大失敗。農家さんのみかんの直販ルートを開拓したのですが、そのためのコンサルティング料という考え方がどうしても農家さんに理解いただけず、結局、直販という商流は開拓したものの、その代価として頂いたのが数箱のみかんというありさまでした」

苦笑いで当時を振り返る及川さん、箱入りのみかんは自ら捌いて現金に替え、ほろ苦いコンサルティング経験からベンチャー企業のスタートを切った。

スーパーに直売所をつくろう

ところが、コンサル活動をする及川さんの姿を見ていた農業生産者から「直売所のテコ入れをお願いしたい」との依頼が舞い込んだ。これが同社の主事業となる「都会の直売所」の原点となった。

「都会の直売所」とは文字どおり、都市圏で農業生産者の農産物を直接販売するところ。

「都市のスーパーに野菜の直売所をつくってしまおうと考えたのが『都会の直売所』です」

野菜だけの直売には集客に限度があるが、肉類・魚類も売られるスーパーならば集客は確実に上がる。そこで2008年、20軒の農業生産者と和歌山市内3店舗のスーパーを独自に開拓・契約し、「都会の直売所」という名の直売事業を始めた。

「都会の直売所」に出荷するための集荷場。壁にはスーパーの店舗名が貼られている。生産者は売りたい店舗を選び、店舗名の下に積まれた配送箱に農産物を入れれば、毎日定時に店舗へと配送される

その直売事業(都会の直売所)には大きな特徴がある。商品(農産物)の値付けと出荷先(スーパー)を農業生産者自らが決めることだ。現在、同社の集荷場は全国に13カ所(和歌山、長野、大阪、千葉、広島、神奈川)あり、出荷先の店舗は120店を数える。

各集荷場には同社が独自に開発したバーコード発行システムが設置されている。バーコードシールの仕様はスーパーごとに異なるが、このシステムはそれを一括して発行してしまう。袋詰めした農産物を集荷場に持ち込んだ生産者は、バーコードシステムの端末に商品名、価格、販売先などを入力するだけで生産者名などの入ったバーコードシールが印字されるので、それを袋に添付して自ら出荷したい店舗の配送箱に投函する。

また、出荷後の店舗での売れ行きもメールを介して生産者は確認できる。

「Aさんのみかんときゅうりは〇〇店で90%売れ、△△店では95%売れた。また、〇〇店の『都会の直売所』ではトップの売上だったなど、販売に関する個々人のデータをリアルタイムで生産者に伝えます」

生産者は農産物をつくって売値と出荷先(店舗)を決めるだけでなく、販売後のデータ(販売率、販売価格の最高値・最安値など)を得ることで消費者ニーズを知り、それがつぎなる生産へのモチベーションを高めるきっかっけにもなる。それが「都会の直売所」のシステムとしてのミソだ。

事業開始から4年後には売上を80倍に伸ばす

「都会の直売所」の売上は、70%が農業生産者、残り30%が店舗と同社に分配される。同事業1年目の同社の売上は1500万円だったが、3年目の2010年には1億5000万円と10倍に伸長させた。さらに2011年は大手スーパー・阪急オアシスとの取引が契機となり売上を5億円へ伸ばし、2012年は同12億円と急成長を続けている。

「今年は2カ月に1カ所のペースで集荷場を増やしていきます」

3年後の目標は、出荷先の店舗2000店、集荷場200カ所、契約農業生産者2万人の規模への拡大だ。そのためにも集荷場は自社だけで運営せず、フランチャイズ方式を導入して全国展開を始めている。

「農業とは農産物をつくるだけではなく人間の胃と心を満たす産業であり、当社のミッションはそれをサポートすることだと信じています」

農業とは、人が食事する段階までコーディネートすべきであり、それゆえ農業がビジネスとして魅力あるものになる。ただ、そのために越えなければならない最初の大きなハードルが「販売」だ。それを突破するために農業生産者をサポートし、農業を儲かる仕組みへと変えていく。農業総合研究所は創業時と変わらない理念で前進を続けている。

企業データ

企業名
株式会社農業総合研究所
Webサイト
代表者
及川智正
所在地
和歌山県和歌山市黒田17-4 シャンドフルーレ3F