社会課題を解決する

宇宙ゴミの除去めざすパイオニア「株式会社アストロスケールホールディングス」

2020年 7月 22日

岡田光信CEO(同社本社で)
岡田光信CEO(同社本社で)

宇宙空間には衛星などの残骸が無数に飛び交っている。だが、だれもゴミ掃除をしておらず、国際問題になっている。こうした宇宙ゴミ(スペースデブリ)の除去サービスに取り組んでいるのがアストロスケール(東京都墨田区)だ。今年2月、中小機構主催の「Japan Venture Awards 2020」で科学技術政策担当大臣賞を受賞した同社の創業者でCEO(最高経営責任者)の岡田光信氏に話を聞いた。

スペースデブリとは

地球の衛星周回軌道上には故障した人工衛星や打ち上げロケットの上段など、不要な人工物体が飛び交っている。人類が宇宙開発を始めてから半世紀以上。多数の衛星やロケットの打ち上げが行われ、役割を終えた衛星や故障した部品、爆発で発生したロケットの破片などが置き去りにされているからだ。これがスペースデブリで、直径10cm以下の微小なものを含めるとその数、推定1億2800万個。これが地球の周りを秒速7キロメートル、弾丸の約10倍以上の速さで移動しているため、人工衛星などに衝突すると大きな被害をもたらす。

衛星放送、天気予報や災害対策、地球上の位置を測定するGPSシステムも人工衛星なしには成り立たない。宇宙空間の持続利用がますます重要になるなか、スペースデブリの除去は喫緊の課題だ。

フロンティアを探して

JVA表彰式で竹本直一科学技術担当相と
JVA表彰式で竹本直一科学技術担当相と

高校1年の夏休み、米アラバマ州マーシャル宇宙航空センターで行われた米航空宇宙局(NASA)のキャンプに参加した。15歳で訓練中の日本人宇宙飛行士の毛利衛さんに面会し、緊張したことを覚えている。その後、東大農学部から当時の大蔵省に入省し、人類初の月面着陸を果たしたニール・アームストロング宇宙飛行士が卒業した米インディアナ州のパデュー大に国費留学した。

ときは1999年、ITやネット関連の起業熱が盛り上がったドットコムバブルのさなかだ。週明けに学友の姿が見えないと思ったら、投資家から2~3億円調達して起業したという。触発されて役所に退職届を送り、国費を返納して私費留学に切り替えた。ところが2000年4月になってドットコムバブルが弾けてしまう。MBA(経営学修士)を取得したものの、起業どころか就職もままならない。マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルの仕事に従事したものの、起業の思いが捨てきれず3年半で退社した。

日本や東南アジアでIT関係の会社を立ち上げたり、米系ファンドで働いたりした後、39歳になったらミッドライフクライシスがやってきた。いわゆる「中年の危機」だ。周りの友人達がまぶしく見える。もうじき不惑を迎えるのに自分のキャリアは官庁、大手コンサル、ベンチャー企業と一貫性がない。築き上げたものが何もないじゃないか。

過去のキャリア全てを活かす

同社衛星の16分の1モデルを持って
同社衛星の16分の1モデルを持って

焦りを感じていたとき、動画投稿サイト「ユーチューブ」で「日本で一番回るコマ」を見た。直径10ミリメートルの金属製精密コマの美しさに魅かれ、そのコマの製作会社にアポイントを取って話を聞きに行ったら宇宙航空研究開発機構(JAXA)の部品を作っているという。25年前のNASAでの記憶がパパパッとフラッシュバックした。あ、自分の求めているフロンティアは宇宙かもしれないと直感した。

それから宇宙ビジネスのホットトピックを探ろうと宇宙関連の学会に通い、スペースデブリ問題を知った。2013年4月下旬、ドイツで4年に1度開催されるスペースデブリ専門の学会に参加すると、デブリ除去に向けたアクションの議論が全くなかった。誰も解決策を説いていない。しかも今の問題だ。これは競合がいない「ブルーオーシャン」市場ではないか。よし、デブリ除去をしようとドイツで社名を決め、当時住んでいたシンガポールに戻り、5月4日に会社を設立した。

デブリ除去は総合格闘技に近い。技術も要るし、法規制もある。政府とのやりとりでは規制の中身をよくわかっていなければならないし、巨額の資金がかかるからファイナンスも大事だ。大蔵官僚だったので政策決定のプロセスや金融用語が分かる。コンサルやファンド会社にいたので投資家の視点が理解できるし、起業経験もある。今まで経験してきたことがすべて、天の差配だったかのようにぴたりとはまった。「ここにたどり着くためにいろいろやってきたのだ」と思う。

めざすは衛星軌道上サービス

衛星2分の1モデルと
衛星2分の1モデルと

起業後、最初に決めなければならなかったのは、デブリをどうやって除去するかという方法論だった。手探りの研究が始まった。技術を理解し、仮説を組み立てるために関連論文700本に目を通し、300本を精読した。論文に付いている著者の連絡先のメールアドレスに質問を送り、仮説を携えて各国の学者を訪ね歩き、1年間で世界を3度巡った。

宇宙ゴミは地球の周りを秒速7~8キロで飛んでいる。方向もいろいろだ。宇宙空間で光るいろいろなもののなかから「ゴミ」を見極め、近づいて相対速度をゼロにしてつかまえる。その後に回転速度もゼロにする。ゴミをつかまえ、安定させ、大気圏に入れて燃やす技術が必要だ。専門スタッフの支援も得て、衛星打ち上げ前に金属製の軽量プレートを付け、磁石でゴミを捕獲する方法にたどりついた。

東京・錦糸町に自社工場を建て、人を増やし資金も日本円で約160億円調達した。衛星はほとんど完成していま最終試験中。新型コロナウイルス感染拡大でオフィスはシャットダウンしたが、衛星試験の最終段階は多くをリモートでできるようにしたので影響はほとんどなかった。

デブリ除去の第1号衛星は今年中にロシアからソユーズで打ち上がる。ロケットの打ち上げ失敗は20回に1回、成功率は90%前半だ。打ち上げ失敗の確率はゼロではないが、必ず打ち上げを成功させて軌道上で実証実験を終えたいと念じている。

宇宙空間に漂うゴミに近づいて行って捕まえる自社技術が活かせれば、衛星寿命延長サービスも提供できる。静止軌道上には衛星が約500あるが、打ち上げ15年目くらいに燃料が切れ寿命を迎える。だがそうした衛星のなかには正しい位置に軌道制御してやればまだ使えるものがある。一方でゴミを除去し、他方で正しい位置を保持して寿命を延ばす「軌道上サービスで食っていく」考えだ。

設立後、スペースデブリの除去を掲げる競合企業が世界中で何社も出てきたが「技術でもビジネスプランでも、各国の宇宙政策作りへの貢献でも、うちがダントツ」と自負をのぞかせる。いま47歳。10年後にはデブリ除去をあたりまえにしたい。「朝生ゴミを出したら昼にはなくなっていたみたいな感じに」。スペーススイーパー(宇宙の掃除屋)のパイオニアはそう言って笑った。

企業データ

企業名
株式会社アストロスケールホールディングス
Webサイト
設立
2013年5月4日
資本金
1億円
従業員数
130人
代表者
岡田光信氏
所在地
東京都墨田区錦糸1-16-4
Tel
03(6658)8175