社会課題解決企業

負担少ない乳がん検診装置で病気にリベンジ「株式会社Lily MedTech」

2020年 5月 27日

同社が入居する東大アントレプレナープラザ前で
同社が入居する東大アントレプレナープラザ前で

日本女性の11人に1人が罹患するとされる乳がん。30~64歳の死亡原因トップだが、痛みや羞恥心などで検診受診率は50%を下回る。「早期に適切な治療を受ければ9割以上が助かるのに」と、受診者の心理的負担が少ない乳がん検診装置開発に乗り出したのが東大発ベンチャー企業のLily MedTech(リリーメドテック)だ。同社は中小機構主催の「Japan Venture Awards 2020」で中小企業庁長官賞を受賞した。

横たわるだけの乳がん検診装置

リングエコーの検診イメージ
リングエコーの検診イメージ

ベッド上に穴がひとつ開いている。受診者はうつ伏せになって穴に乳房を入れる。すると穴の周辺にリング状に配置された振動子が超音波を照射し、乳房内部の3D画像を自動的に撮像する。これが2年以内の実用化を目指し開発中の乳がん検診装置「リングエコー」だ。

乳がん検診で最も普及しているのはマンモグラフィーだが、乳房を板で強く挿み、X線を照射して撮影する。圧迫時に痛みを感じるし、放射線技師など受診時に男性に見られたり触られたりするのに抵抗を持つ人も少なくない。リングエコーなら横たわるだけで気軽に検診できる。

同社の東志保(あずま・しほ)社長(37歳)は「乳がんは治せる病気です。早期発見できれば治療期間が短くなり、死亡率も減る。がんに苦しむ患者さんやその家族を少しでも減らしたい」と話す。なぜなら、この人も同じ苦しみを経験したからだ。

はじまりは母の発病

起業の経緯を語る東社長
起業の経緯を語る東社長

高校に入学して間もなく、母が「頭が痛い」と言い出した。普段から元気な人が珍しく寝込んだなと思っていたら、次の日も、その次の日も痛いと言う。そのうち「体が痺れてきた、左手が痺れる」と訴えた。

病院で診てもらうと、脳腫瘍、しかも悪性膠芽腫(こうがしゅ)という、がん腫瘍が脳内にアメーバ状に広がっていくやっかいな病気だった。罹患率は10万人に1人、抗がん剤が効きにくく、5年生存率は非常に低い。医師は家族に「覚悟してください」と言った。

4月後半に体調を崩し、診断が下りたのは5月半ば。茨城県内有数の進学校に入学したばかりだったが、母の看病に明け暮れ、高校生活を楽しむどころではなくなった。本人は「悪性じゃないから治る」という言葉を信じてがんばったが、髪が抜け、やせ細り、1年半後に46歳で亡くなった。「医療には限界があるんだ」と打ちのめされた。

愛娘を失った祖母は鬱に苦しみ、父も弟も、家中みんなが暗かった。大学合格を機に家を出た。東京都調布市の電気通信大学で物理を専攻。明るいキャンパスライフを送らないと母の死を一生引きずってしまうと、アメリカンフットボール部でマネージャーを務め、米アリゾナ州立大学にも留学した。

帰国後、航空宇宙の研究者を目指して博士課程に進んだら、今度は父が突然病死した。定年目前の59歳だった。学費が続かない。研究者の道をあきらめて、計測器メーカーに入社し、男性中心の技術畑で紅一点の開発担当者として働いた。

夫に背中を押されて

リングエコーは実用化目前だ
リングエコーは実用化目前だ

志保さんに転機をもたらしたのは、東京大学で医療用超音波の研究に取り組む9歳年上の夫・隆氏だ。24歳で知り合い、28歳で結婚した。夫は医療用超音波技術を活かした装置開発のプロジェクトに妻を誘い、起業をもちかけ、複数の専門医を紹介した。

乳腺外科の医師はこう言った。「多くのがん患者が抗がん剤治療に苦しんでいる。乳がんは見つけられるのに、それを見つける機会を逃している。悲しい」。それを聞いて「あぁ、お医者さんも真剣に病気と向き合っていたのだ」と気が付いた。母の記憶が辛すぎて、もう医者や病院はこりごりと凝り固まっていた心が氷解していった。

2015年1月に計測器メーカーを退職。「バイタリティも生命力もある女性はリーダーに向いている。リーダーシップを取るなら古い会社を変えていくより、何もないところから始めた方がやりやすい」と考えるリベラルな夫に背中を押される形で、16年5月、東大構内を本拠地にリリーメドテックを起業した。隆氏も19年4月に退官し同社のCTO(最高技術責任者)に就任した。

「病気にリベンジ」を原動力に

女性の横顔をあしらった同社のロゴと
女性の横顔をあしらった同社のロゴと

リングエコーは、360度から超音波を照射・受信するため、対象物の特長を見逃がすことなく、画像に影ができないのも特長だ。医療市場を分析し、撮像する対象は検診に使用されるマンモグラフィーに課題がある乳房が一番入りやすいという結論に達した。

起業後、資金調達の傍ら開発を重ね、いまは製品化に向けた最終段階にある。「技術的課題はある程度クリアしていて、あとは医療機器メーカーとしてやっていくための事業計画との闘い」だ。

志保さんは「医療現場は男性目線の機器が多く、女性の痛みをよくわかっていない。女性目線の機器を出して、検査はがまんしなくてはいけないものという既存概念を覆してやりたい」と思っている。検診は痛くも恥ずかしくもない。健康であることを確認するのは普通のことで決心や緊張が必要なものではない。とくに乳がんは美容的な観点からも早期発見が大事だ。女性の大切なバストを守るためにも気軽に検診ができる環境を整えていきたいと願っている。

商品の形状やデザインはもう決まっている。あとは価格だ。製造認可が下りたら、レディースクリニックも大学病院などあらゆる医療機関に売り込んでいく。先進医療に前向きな自治体との連携も視野にある。「痛くない、恥ずかしくない」という検診ニーズは日本だけでなく外国にもあるはずだから、「快適性」を売り物に日本の乳がん検診率を伸ばし、実績を積み重ねて3~4年後をめどに海外にも打って出る考えだ。

「母を奪った病気とは違い、乳がんは早期に発見されれば治る可能性が高い。リングエコーで乳がん検診率が上がり、がんを早期に発見することで患者さんやその家族の負担が少しでも軽くなるようにしたい」と志保さん。この人を突き動かしているのは「病気に対するリベンジ」なのだ。

※掲載している内容は、4月7日に発令された緊急事態宣言前に取材したものです。

企業データ

企業名
株式会社Lily MedTech
Webサイト
設立
2016年5月
資本金
13億8683万円(2020年4月1日現在、資本準備金を含む、)
従業員数
約40人
代表者
東志保氏
所在地
東京都文京区本郷7-3-1、東京大学アントレプレナープラザ701
Tel
03(6240)0940
事業内容
医療機器開発等