40歳で父から社長を引き継いだ。いよいよ事業のウイングを広げる時に出会ったのが、環境問題だった。当時名古屋は2005年日本国際博覧会「愛・地球博」の準備で活況を呈していた。鳥原社長は万博事務局で使う封筒などの事務用品を受注しようと営業活動に励んでいた。そんな時に万博のメーン会場候補地で「オオタカ」の営巣が見つかり、環境破壊につながると反対の声があがった。政府は会場を別の場所に移す決断をした。一連の事態に鳥原社長は「環境が国家プロジェクトの方向までをも動かすのか」と大きな衝撃を受けた。
当時は環境への配慮は「いいことをしてるね」と言われても、ビジネスの本流とは別のことと考えられていた。同社は2002年に環境マネジメントシステム「ISO14001」をいち早く取得、その後も2006年にGP(グリーンプリンティング)工場認定、2010年FSC(森林認証)を取得、2012年に地産地消のカーボンオフセットを実施と、中小企業はもちろん、大手でもここまで本格的な環境対応は珍しい時代だった。これらの活動から「環境ならマルワだ」というイメージが、地元自治体や経済団体からも認識されるようになった。ただ、この時点では環境関連の認証取得が、事業の成長に直接寄与するには至っていなかった。