いよいよ本番、働き方改革

「社員の働きやすさ」改革でやる気引き出す「町田酒造株式会社」

2020年 4月 10日

町田酒造本社屋前の中村社長
町田酒造本社屋前の中村社長

奄美空港からタクシーに乗り込むと、道路沿いに「里の曙」と書かれた黄色いのぼりが次々に現れた。龍郷町の町田酒造が製造する黒糖焼酎ブランドだ。同社は離島にありながら従業員の兼業・副業解禁をはじめ働き方改革を矢継ぎ早に打ち出して注目を集めている。仕掛け人はメインバンクから転身した中村安久社長(58歳)だ。

驚愕の初日

焼酎醸造タンクが並ぶ工場で杜氏らと
焼酎醸造タンクが並ぶ工場で杜氏らと

鹿児島銀行大島支店長の任を終え県庁支店長に異動していた中村氏に、創業社長が逝去した町田酒造側から後継就任の打診があった。上司は「社長じゃなくて、専務か副社長でいいのでは」と反対したが「トップじゃないと改革ができない」と31年間勤めた銀行を潔く退職した。

2016年4月、着任初日。乗ってきた車をどこに停めればいいか聞くと、表の駐車場の一番便利な場所を示された。隣は専務、常務用のスペースという。それだけではない。幹線道路に面した同社には次々に「焼酎を買いたい」と観光客が訪ねてくるが「近くに大きなスーパーがありますからそこで買ってください」と断っていた。

驚いた。「一度追い返した客は二度と帰ってこない。そもそも客用の駐車スペースが決まっていない」。すぐに社員の車は社屋裏の駐車場に停めるよう指示したが、戸惑いは翌日以降も続いた。

朝礼がなかった。定例取締役会はなく、社内ミーティングは製造課と商品課だけ。「部署ごとにコミュニケーションがとれていないと行き違いが生じる。トラブルや苦情に対する責任の所在がわからなくなる」と感じた。

休日返上勤務も常態化していた。奄美は土曜日も仕事をするのが慣例で、町田酒造も創業以来月25日勤務制だった。月25日働かないと給料がカットされるので祝日が多い月は祝日も仕事に出ないと25日に達しない。どうしても用事があるときは有給休暇を取得するしかない。

「銀行マン時代にあたりまえだったことが、ここでは全然できていない」。新社長はギャップを実感する。

社員の待遇、次々改善

「さとあけショップ」はスタッフの笑顔も売り物だ
「さとあけショップ」はスタッフの笑顔も売り物だ

町田グループとして建設、不動産など14の企業群を束ねていたカリスマ創業者が亡くなって2年半。グループ内の整理・再編が進み、社員の士気は低下していた。島内では「町田酒造は売りに出されている」「8億で買い手がついた」などと噂が飛び交っていた。

風評被害を払拭し、町田酒造は単独で生き残っていけると内外に示すためには急いで経営改革をやらなくてはいけない。だが基本方針やら経営理念を掲げたところで、社員は動かないし、先行きの不安解消にもならないだろう。うちの会社は変わる、生き残っていくと社員が感じ、仕事へのモチベーションを向上させる手段は何か。思案の末、行きついたのは「働きやすさ改革」だった。

コミュニケーション強化のためまず会議を増やした。毎朝8時から社員全員参加で朝礼をする。役員・管理職会議を月に2回、定例取締役会も月に最低1回はやる。遊休不動産を売却して負債を圧縮、焼酎の新規製造を停止して在庫調整に乗り出した。役員の出張日当全廃や広告宣伝費を大幅に見直すなどコストを削減、浮いた資金を社員の待遇改善に充てる。

休日返上問題は、着任した4月から5月の2か月間を隔週で週休2日にして様子をみた。仕事に積み残しがなく取引先から苦情やトラブルも全くないことを確認して6月から完全週休2日制に移行、増えた休日を有効活用してもらおうと、従業員の兼業・副業も解禁した。従業員の専門知識や経験を活かして副収入が得られるし、社外人脈の形成につながる。

初の女性管理職登用やパートタイマ—の正社員登用、大幅賃上げに慶弔見舞金や初任給の引き上げ、誕生日休暇に人間ドック休暇、孫の学校行事参加のための育孫休暇と、次々に新制度を導入し「社員が働きやすい環境」を整備した。その数は20年1月現在、勤怠管理システム導入まで34項目に及んでいる。

ボトムアップで成果

焼酎造りを学びたいと入社した米ユタ州出身の社員も
焼酎造りを学びたいと入社した米ユタ州出身の社員も

社内に売上高向上委員会、職場環境向上委員会など全社員横断的な委員会を組織し、全員参画で経営課題を解決してもらうことにした。仕事のやり方を従来のトップダウンからボトムアップ方式に変えるためだ。

見学者誘致強化対策員会では直販ショップ設置に取り組んだ。どういう店を作ったらいいか、店舗の設計をして資材を選ぶ。のれんの色はどうする、ポロシャツや帽子も売りたい。のぼりを立てて「蔵見学もできます」とアピールしよう—。ときには喧嘩もしながら社員同士で話し合う。役員会で修正が加えられ、価格を抑えろと注文もつくが、最終的に約550万円をかけて16年8月、本社敷地内に「さとあけショップ」がオープンした。

卸も小売りも通さない直販ショップだ。地元の小売店に迷惑をかけられないため安売りはできないがその分利益率が高い。客は蔵元で買ったと喜び、ここでしか買えないグッズに満足する。ショップの売上高は初年度106万円、2年目560万円、3年目880万円、4年目は約1100万円と右肩上がりだ。

ボトムアップの成果はまだある。社章を作成することになった。島内の業者に頼むと時間がかかるし品質の割に値段が高い。すると中途入社の若手社員がネット上の不特定多数の人材に発注する「クラウドソーシング」を進言。コンペを経て出来上がってきた社章は期待以上の出来栄えで想定外の安さだった。その後も同方式で宣伝用うちわ、社用封筒などを発注し、総額600万円を超す経費削減を実現している。

相乗効果で再建順調

レセプションホールには品質に対する賞状が並ぶ
レセプションホールには品質に対する賞状が並ぶ

町田酒造の働き方改革は、奄美でニュースになった。「完全週休2日制導入」「兼業・副業解禁」「社内委員会設置による全従業員経営参画」などの取り組みを実践するたび、地元の新聞が報道。それを知った九州経済産業局が九州経済白書で同社の取り組みを紹介した。そのことをまた新聞が白書で取り上げられたと伝えた。

自分たちの意見が取り上げられる、売上げが伸びる、周囲から注目される、そのくせちゃんと休める。相乗効果で社員の表情がみるみる変わってきた。

営業車両へのドライブレコーダー設置やインフルエンザ予防接種全額補助などは島内の他社が「真似ていいですか」と言ってきた。新聞の求人広告にも「日祝日休み、時給1000円以上」など雇用条件がきちんと書かれるようになった。離島の奄美に立地する企業は慢性的な人手不足、高い離職率に苦慮している。中村氏は「当社の取り組みが刺激になって島の経済が活性化すればいい」と話す。

同社は18年10月、鹿児島県から「かごしま働き方改革推進企業」に認定された。18年3月期の売上高は前年比5200万円増の21億円、再建は順調だ。黒糖焼酎は奄美しか製造が許されていない。島内27社中、町田酒造の焼酎売上は3番目。「全員参画経営」で3年後をめどに奄美黒糖焼酎のナンバーワンブランドになることが当面の目標だ。

※掲載している内容は、4月7日に発令された緊急事態宣言前に取材したものです。

企業データ

企業名
町田酒造株式会社
Webサイト
設立
1983年10月
資本金
2000万円
代表者
中村 安久 氏
所在地
鹿児島県大島郡龍郷町大勝3321
Tel
0997(62)5011
事業内容
黒糖焼酎製造・販売

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