経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

「TANREN株式会社」ITで鍛錬する次世代の接客教育

TANRENは、接客教育を効率化するアプリ「TANREN」を提供するIT企業。2015年の提供開始以来、数々のコンテストで入賞を果たし、2018年には国内最大のEdTechイベントの主幹事を務めるに至る。社員数はわずか3名。100社を超える顧客は主に接客のプロであり、ぞんざいな対応は許されない。同社はいかに創業期の課題に対応し、成長軌道に乗せたのか。

この記事のポイント

  1. 業界を熟知している強みを活かして、業界の中で見逃されていた新しい顧客価値を発見した
  2. スタートアップの登竜門であるビジネスコンテストで受賞。プレゼン力で信用を得て、資金調達に成功した
  3. ITで徹底して顧客対応を効率化し、顧客100社を3名でサポートする体制を築いた
ナレッジシェアアプリ「TANREN」の画面イメージ

業界を知り尽くしているからこそ「逆張り」で勝負

TANRENは、東京・九段下のシェアオフィスに本拠地を構える企業である。2014年にスタートアップとして創業し、翌年には接客教育を効率化するアプリ「TANREN」を開発。提供開始からたったの3年で、社員3名で顧客数を100社まで伸ばすことに成功した。その実績を評価され、いまでは国内最大のEdTechイベントの主幹事を務めるに至る。

2017年の中小企業白書では、「事業や経営に必要な知識・ノウハウの習得」「資金調達」「質の高い人材の確保」を創業期の課題としてあげているが、TANRENはこれらの課題に実に適切に対処したことで、短期間に成果を出し、地位を確立することができた。では、どう対応したのか。

代表の佐藤勝彦さんの前職は、企業向けにセールス研修を提供する企業の講師。全国に展開する携帯電話販売会社などを顧客とし、全国を飛び回っていた。その中で、集合研修では多くの接客担当者を一度に教育でき、効率がよいが、個別指導ほど効果がないことを強く実感する。その一方、個別指導では育成できる人数に限界がある。そこで佐藤さんは、相反する命題を解決するためにいろいろと思考した。そして、店舗の接客担当者がロールプレイングする様子を動画で共有するクラウドサービスの着想に至る。場所にとらわれず、教育担当者による個別指導が可能になると同時に、手本となる優秀な接客事例が即時に全国の店舗に共有されるのである。

これは高成長型のスタートアップに求められる「逆張り」と言われる発想である。一般のeラーニングが、本部の集合研修などのインプット学習を効率化する一方、TANRENは各店舗の個別指導でのアウトプット学習を支援する。逆の発想は、世の中に受け入れられないリスクも高い。その点、佐藤さんは初期の標的顧客を自身が熟知する携帯電話販売業界に定めたことで不確実性を排除した。

アウトプット学習の重要性

佐藤さんは、アプリの開発やサポートにおいても、顧客と人対人のコミュニケーションを大切にする。これが接客教育に携わる顧客の心を捉えた。会社を設立すると、他の携帯電話販売会社や元取引先が顧客、出資者、パートナーになってくれた。「事業や経営に必要な知識・ノウハウの習得」の課題は、自身の経験を生かして克服した。

圧倒的なプレゼン力で複数回の資金調達

資金調達は、創業時の最大の課題と言えよう。売上げが安定しない中でも事業を維持拡大させねばならない。佐藤さんは圧倒的なプレゼン力で、元取引先、事業会社、銀行などから次々に資金を調達した。

佐藤さんは元研修担当者である。他のIT畑出身の企業とはプレゼンの表現力に一線を画す。現場経験を交えた語りで「このツールは何か、何に役立つのか、いかに新しいか」を端的に伝えることができる。

スタートアップの登竜門と称されるコンテストで数々の賞を受賞。東京都の世界発信コンペティションでは特別賞を獲得した。この結果、賞金を得るだけでなく、顧客企業からも信頼を得て出資を受け、追加の資金調達も達成した。

創業期の「資金調達」とは、すなわち信用を得ることだ。プレゼン力が資金調達に有効であることを同社は教えてくれる。

プレゼンをするTANRENの佐藤勝彦代表取締役

少数精鋭だから3人で100社の顧客に対応できる

同社はIT企業だが、社員に技術者はいない。営業2名、事務1名の体制、いずれも創業メンバーである。代表の佐藤さんは、携帯電話販売会社をはじめとする中小企業の営業を得意とする。佐藤さんと共に創業した目野健一取締役兼営業本部長は、元東証一部上場企業のトップセールス。たった2名でも、中小から大手企業まで対応できる。

かつて、事業を急拡大させるため、営業担当者を採用したことがある。しかし、接客を指導する立場の顧客はトップセールス2人のきめ細やかな対応でないと満足しなかった。経営者として佐藤さんは、事業を急拡大できないジレンマを抱えながらも少数精鋭の体制を決意する。

事務の喜田めぐみさんは、佐藤さんが前職から信頼を置く部下。リモートワークでも阿吽の呼吸で同社の事務処理を一手に引き受ける。高い接客水準を求める顧客100社に、3名でなぜ対応できるのか。

その成功要因の一つは、ITの活用である。同社の強みであるきめ細やかなサポートは、裏で各種クラウドサービスを巧みに連携させ、徹底した業務効率化を図ることで、初めて実現するものである。

顧客とはチャットツールでやりとりし、共有文書も、電話の着信も、音声通話も顧客ごとに自動で区分され、一元的に管理される。リモートワークする3者間でリアルタイムに共有されるため、顧客と迅速に的確な内容のコンタクトが取れるのである。

ITの効果を実感する佐藤さんだからこそ、創業時から技術者がいれば開発にスピード感が出たのではと思うこともある。年々「質の高い人材の確保」は困難になりつつある。しかし、近年、専門知識がなくても活用できるようになったITのおかげで、少数でも事業は拡大できるのである。

いま教育分野のトレンドは、個人間のスキルシェアだ。スキルや知識は、教育機関や企業からだけでなく、一個人から教わる選択肢も出てきた。個別指導を強みとする同社はこれを機会と捉え、サービス化の検討を開始した。AIへの取り組みももちろん始めている。創業期から成長期に移行した同社は、新たな課題に挑み始めている。

企業データ

企業名
TANREN株式会社
Webサイト
設立
2014年10月15日
資本金
3,576万円
従業員数
2名
代表者
佐藤 勝彦
所在地
東京都千代田区九段南1-5-6りそな九段ビル 5F

中小企業診断士からのコメント

創業期の重要課題の一つは、資金調達であろう。実績のない中で信用を得て、出資・融資してもらう必要がある。TANRENの佐藤さんは起業にあたり、徹底してプレゼン力を磨いた。その結果、スタートアップの登竜門と言われるコンテストをはじめ、多くのビジネスコンテストで受賞。資金調達を有利に進めることができた。

近年、海外の高成長型起業のモデルを日本でも展開する形で、官民問わず、ビジネスコンテストや投資家へのプレゼンテーション機会であるピッチイベントが増えている。商品・サービスの独自性、市場性を整理し、積極的に参加を検討したい。

渡邊 一弘