そんな正博氏が苦慮したのは長男に4代目を継がせようとしたときだ。4人の子供のうち、長男のほかは3姉妹。だが、銀行勤めを終え後継ぎとして帰ってきた長男は「本人は別にやりたいことがあって、スッとはいきませんでした。無理強いするわけにもいかないし」。結局、長男は違った道に進んでしまう。
どうしようと思案していたときに、目に留まったのが次女の純子さんだった。
堤純子さん(46歳)は96年に神戸の女子大を卒業した後、福岡市の広告代理店に入社した。そのころ福岡はバブルの最中で複合商業施設・キャナルシティ博多や演劇専用劇場・博多座などが相次いで建設され活気にあふれていた。入社後、ラジオやテレビなどの媒体担当に配属された純子さんは活き活きと働いた。
2002年に繊月酒造の福岡営業本部が立ち上がった。「社業が伸びている。すごいな」と思った。だから父から「浮き沈みの激しい広告業界にいるより家業を手伝っては」と勧められたときも「福岡は大事なマーケット。微力でも手伝いになれば」と繊月酒造に入社した。03年のことだ。
正博氏は福岡での純子さんの仕事ぶりをじっと見ていた。娘はがんばっていた。そして「長女も三女も結婚して家庭を持っている。4人の子供のうち頼れるのは次女だけだ。そういえば、子供のころからこの子が一番素直だった」と気がついた。様子を見ながら、取締役、専務と徐々に社内の役職を上げていって、16年1月に純子さんを4代目社長に抜擢した。