1989年、父親の死去に伴い社長に就任した。送客停止という苦い経験を経て、何とかサービス品質を高めようと、評価点80点を目指す「チャレンジ80」を掲げて取り組んだ。資金繰りは相変わらず厳しく、設備に大きな金はかけられない。一番改善できるのは、料理だと考えた。当時の宿泊料金は事実上旅行代理店に決定権があった。そこで「思い切って3000円単価を上げてもらったら、それをすべて料理の質向上に使います」と説得した。単に料理の質を上げるといっても納得されないため、通常のメニューに加えて三大蟹をメインにした別膳を追加するといった目に見える作戦に打って出た。これが奏功し、お客からも「あそこは建物は古いが料理はおいしい」と評判になるようになった。
次に取り組んだのが、接客の質向上だった。「コミュニケーションカメラ」と「アンケート評価システム」を導入した。コミュニケーションカメラは、館内に50台のテレビカメラを設置して、従業員の稼働状況をリアルタイムで把握し、指示役が多忙な部署に暇にしている別の部署の人員を即座に向かわせるという人員配置の最適化を実現させた。この仕組みは接客の質向上にも役立った。それまでは、例えば、経験の浅い従業員が担当のお客から「うちの子どもは肉料理が苦手、魚料理に代えてほしい」と言われても、調理部門に伝えると「今からそんなことは無理」と怒られていた。そういう経験をした従業員は、次に客から同じ要望があると、即座に断るようになっていた。そこで、従業員が客から要望を聞くと、それを各階にあるコミュニケーションカメラを通じて指示役に伝えるだけでいいことにした。指示役から調理部門など担当部署に要望を伝えることで、お客の要望に極力対応できるようにした。こうしてノーの接客からイエスの接客へと転換させた。
アンケート評価システムは、客が記入したアンケート結果をコンピューターで自動的に読み取り集計し、結果を全部署の従業員が共有する仕組み。全てのホテル・旅館について、従業員のサービス、部屋、夕食、朝食、大浴場など項目ごとに100点満点で評価された結果が毎日公表される。自分が提供したサービスが評価結果として即座に現れることで、従業員の意欲が高まった。さらにグループの他のホテルよりも1点でも高い評価にしたいと、競い合う気持ちが生まれ、よりよいサービスの提供が加速していったという。同社は2000年代初頭からこうしたシステムを導入していった。デジタル化を経営に積極的に採り入れた先鞭であり、評判を聞きつけた他のホテルや旅館からの見学依頼も殺到した。同社は隠すことなく、このシステムを紹介し、ソフトウエアも提供するなど協力を惜しまなかった。