農業ビジネスに挑む(事例)

「農研堂」販売価格は自ら決めてビジネスする

  • 塩味野菜の栽培技術を確立
  • 価格と生産量を計算したうえでの経営を貫く

葉の表面がキラキラ輝き、生で食べても塩味のする不思議な野菜がある。南アフリカ原産の「アイスプラント」だ。

アイスプラントは元来植物であり、野菜ではない。それが日本へもたらされた経緯は以下のようだ。

1985年、佐賀大学の野瀬教授が現地を調査した際、アイスプラントを見出し、それが土壌の塩分を吸収する性質をもつことを発見した。そこで野瀬教授は塩分吸収特性を土壌改良に活用できないかと思い、1999年に栽培法を開発した。

その後、アイスプラントは欧州で食材にも利用されていることを知り、佐賀特産の野菜とすることで地域農業の活性化に役立てたいと、2001年に野菜としての栽培技術の開発を始めた。

食用としての栽培技術を開発

塩味の野菜「バラフ」

欧州で食用とされるアイスプラントは、葉や茎の表面に水滴のような細胞がついており、その細胞を噛むと酸味と塩味がする。なぜなら、アイスプラントは塩分などのさまざまな物質を吸収して細胞内に蓄積する性質があるからだ。そのため、リンゴ酸やクエン酸、ミネラルを豊富に含んでいる。また、噛むとサクッとした食感がする。

佐賀大では、アイスプラントの表面が宝石のようにキラキラ光って見えることから、アフリカの言語・スワヒリ語で「水晶、氷」を意味する「バラフ」という名を命名した。

このバラフを野菜として栽培する技術を開発したのが2006年。バラフは塩分以外にもさまざまな物質を吸収・蓄積するため、「養液栽培」という水と肥料による管理栽培で生産する。土壌での栽培だと、カドミウムなどの重金属を吸収・蓄積してしまう可能性があるからだ。肥料のミネラル分を吸収することで塩味を蓄積することから、佐賀大では食用に好適となるよう塩分濃度を0.7~0.9%に制御する栽培ノウハウを確立した。

なくてはならない野菜とする

その技術開発の翌年(2007年)、生産・販売のために佐賀大発のベンチャー企業として「農研堂」が設立された。

農研堂は創業時にバラフ栽培で6軒の農業生産者と契約し、同社の技術指導により契約生産者で生産(委託生産)するという態勢を整えた。そして生産したバラフは同社が流通業者に委託して販売した。

翌年には生産・販売を委託から農研堂が一貫して担う体制に改め、それと同時に現在の社長の永原辰哉さんを農研堂に迎えた。酒造会社で商品企画・開発・営業を経験した永原さんは、農研堂に赴くと経営方針を一新させた。それまでは市場での需給を勘案せずにバラフを生産していたが、綿密に市場を調査し、それに基づいてバラフの販売方法、さらにはブランド化するための方策を思案した。

「実際にスーパーの店頭でバラフを販売させていただきましたが、その時に実感したのが、当社からの販売価格を固定したうえで契約を結び、販売数量を計画して生産しなければ、農業という事業は成立しないということでした」(永原さん)

トマトやキャベツ、大根など定番の野菜は生産を気候に左右され、それによる生産量の多少によって市場の価格が上下してしまう。つまり生産者の収入も市場の価格の上下に影響され安定しない。

ところが、野菜の中でも三つ葉や各種のハーブなどは販売量が少ないにも関わらず常に一定の需要がある。だから店頭では量は少なくとも常時棚に置かれる。そんな「なくてはならない」野菜とすれば、価格を固定させながら一定量の販売を確保できる。

毎年100種ほど新商品としての野菜が店頭に並ぶが、翌年も売場に残るのは皆無に等しい。それほど新商品としての野菜は市場への認知・定着が難しく、当然、売場も需要の続く野菜でなければ陳列しないからだ。

「商品価値は生産者がつくり、価格も自ら決めるべき」(永原さん)の信念から自ら販売価格を決め、塩味野菜というユニークな特徴をもつバラフを売り続けた。

そして2009年に地元の洋菓子協会と共同でバラフを用いたスイーツを開発し、粉末原料として出荷を始め、2010年にはバラフを原料とした麺を地元の協同組合と共同開発し、翌2011年に商品化した。さらに同年、東洋新薬との共同事業としてバラフを原料とした化粧品の開発を始め、1年後の2012年に商品化(美容液)した。このように他業種と共同でバラフの加工品を開発し、市場にリリースしていった。

バラフを原料にしたスイーツ(左)と化粧品

規模拡大ではなく堅実な企業成長を目指す

同社は2011年にバラフの生産を自社と1社のパートナー企業(農業生産法人)に集約した。販売は東京・築地市場と京都の市場を主体に業務向け、小売店向けに出荷し、さらに卸業を介して北海道から九州まで全国にバラフを出荷している。

「市場および取引先の需要を見込み、価格も固定させてバラフを販売する。このビジネススタイルを追求し続けています」(永原さん)

そのためバラフの供給先を戦略的に絞ることも辞さない。あくまでも規模拡大ではなく、堅実に成長し続ける経営を貫くためだ。直近の決算でも高い純利益を上げている。

現在、農研堂ではバラフに次ぐ新しい野菜の試験栽培を終わらせ、商品化の機をうかがっている。

「あくまでも消費側の視点から考えたビジネスを展開します」 新しい野菜をリリースしようとも、農研堂のビジネススタイルは堅固でぶれることはない。

企業データ

企業名
株式会社農研堂
Webサイト
代表者
永原辰哉
所在地
佐賀県神埼市神埼町枝ケ里54-1