代表取締役の三重野計滋(けいじ)氏がワークスを創業したのは1991年。大学卒業後、サラリーマン生活を始めて10年が経過したころだった。以前、勤めていた会社は大手の精密金型メーカー。生活に欠かせない製品を大量生産し、世界の人々を豊かにする「精密金型」に大きな魅力を感じ、この業界で生きていこうと決めた。
もともと営業マンだった三重野氏。独立後、中小の精密金型企業向けに研削加工技術の改善提案を主体にした工作機械の販売コンサルタント業をしていた。営業先を回るうち、その会社が作った製品を見て「もっとこうすれば良くなる」と思うことがよくあったという。経営者にその話をすると、「今のままでも現状の製品で売れている」「コストがかさむ」「これで買ってくれるからいい」という返事。「今の製品を超えるものを作れば競合に必ず勝てるのに…」。そんな思いとは裏腹に提案を受け入れてもらえない現実にぶつかった。
「市場は必ず変化していく。取引先を頼りに事業を考えるのではなく、自らの思いを自らの責任で実現するビジネスを行わなくては」。そう思い込んだのが、モノづくりに足を踏み入れるきっかけだった。中古の工作機械を入手し、独学で金型づくりを始めた。寝る間を惜しんで技術を高め、九州の半導体関連メーカーから受注を獲得できるようになった。1997年のことだ。
当時は、半導体産業が全盛のころ。九州一帯には、半導体の製造工場が集積し、「九州シリコンアイランド」と呼ばれていた。独自に磨き上げた技術を武器に受注を増やし、順調に業績を伸ばしていた。
ところが、再び大きな壁に突き当たった。2000年以降のITバブルの崩壊で半導体大手各社が九州から相次いで撤退する事態になった。主要な取引先が水を引くように消えていく。大きな岐路に立たされた。
「もう九州に仕事はない。これからどうしたらいいか」