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榎本工業

産学官一体でハイブリッド3Dプリンターをスピード開発

「常に新しいことに挑戦し続けたい」。榎本工業の榎本晴康社長は、樹脂の立体積層と切削加工が1台でできる業界初のハイブリッド3Dプリンター開発の出発点を振り返る。

同社が本社を置く浜松市は輸送用機器や楽器などモノづくりの歴史が長く、高い技術力を持つ製造業が集積する。しかし、2008年のリーマン・ショック以降は「以前ほどの元気がない」(榎本社長)と感じていた。

また、同社は創立110年以上の歴史を誇る専用機メーカーだが、主力の専用機は受注の波が荒い。作りきれないほどの受注があったかと思えば、翌月はほぼゼロになることも。リーマン・ショック後の閉塞感を打破し、経営の安定化をはかるためには、「計画生産できる自社製品が必要」(同)と考えた。

  • 産学官が一枚岩になる地域の強み
  • 1年で開発したスピード感
  • 国産1号機として高まる期待

自社製品開発で閉塞感を打破

その頃、地元にも新産業創出の風が吹いていた。その1つが「3D勉強会」。浜松発の独創的な3Dプリンターの開発を目指す産学官連携プロジェクトだった。中心人物は静岡文化芸術大学大学院デザイン研究科の望月達也教授。同教授による同時5軸制御技術を応用した3Dプリンターを実用化するための呼びかけに、榎本社長は真っ先に手を挙げた。「5軸制御技術には蓄積したノウハウがある。3Dプリンターは初めてだが、将来性に期待した」(同)。迷いはなかった。

2014年6月、同社のほかソフトウエア開発のC&Gシステムズ、静岡文芸大と地域と産学官がタッグを組み、プロジェクトが動き出した。開発に当たり、国の開発補助金に期待したが、すでに2014年度分の受付は終了直前。これを逃すと翌年度の申請になってしまう。川村健広開発部長は「悠長なことを言ってないですぐやりましょう」とわずか1週間で膨大な申請資料を作り上げた。

自己資金でも開発する覚悟でダメ元の申請だったが、申請は無事採択され、いよいよ挑戦が始まった。当初の目標は5軸で制御する3Dプリンターの開発だった。しかし、榎本工業が5軸加工機を開発、製造してきた強みを生かし、他社にない製品を開発しようと、途中から積層と加工を1台でできるハイブリッド型に目標が進化した。「安いものを作っても意味がない。値段は高くても高付加価値な製品を開発したい」(榎本社長)と、メンバーの思いは一致していた。

3Dプリンターを前にした榎本社長

国内初の3Dプリンター、展示会で脚光

開発ではまず、従来の3Dプリンターの問題点を抽出した。従来品の多くは平面で積層するため、上に広がったオーバーハング形状や球体の造形では、重力による材料の垂れを防ぐサポート材を必要としていた。5軸制御にすれば最適な角度で積層するためサポート材が不要になる。さらに加工も同時に行うため、多面加工で工程集約や高精度加工につながる。従来の3Dプリンターでは難しかった中空の球体なども造形できる。

望月教授の理論をベースに、榎本工業が5軸制御加工技術、C&Gシステムズが積層・切削の各工程を自由に組み立てるコンピューター支援製造(CAM)を開発した。それぞれが高い志で得意技術を結集した結果、プロジェクト立ち上げからわずか1年で、試作機完成までこぎ着けた。

試作機「3D5X-α」はB、C軸を回転させることで、サポート材がなくてもオーバーハング形状や複雑な積層が可能。積層と加工を繰り返すことで、良好な精度、面粗度を得ることができる。用途は比較的、小型で精度が求められる義足用部品など医療分野や航空機部品など軽量構造体の製造や試作への応用が期待される。

3D5X-αは完成直後の6月に都内で開催された「3D&バーチャルリアリティ展」に出品した。その反響は大きく、「これまで自分たちで出た展示会で集まる名刺は80枚ぐらいだったが、1日でおよそその数に達した」(同)という。国内初のハイブリッド3Dプリンターの話題性は高く、人の流れは途切れることがなかった。

2016年6月の実用化を目指し現在、2号機を製作中だ。展示会での“生の声”も取り入れ、加工精度の向上やソフトウエア開発に磨きをかける。

開発には4人を専任とし、本業が忙しくても開発に集中できる環境を整えた。今後は海外の展示会にも積極的に足を運ぶ方針だ。「特に欧州で先行する3Dプリンターを勉強し、協力できる部分があれば連携もしていきたい」(同)と意欲を見せる。「ターゲットとする市場は決して大きくはないニッチ市場。そこで確実に存在感を発揮できる製品を完成させたい」(同)と、目を輝かせる。

One Point

現状維持は後退と同じ

「変わろうよ。時代は絶えず変化し、進化している。現状維持は後退と同じだ」。榎本社長は常に社員に呼びかけ続けている。今回、開発した国内初のハイブリッド3Dプリンター「3D5X-α」は、まさにその言葉を具現化したものだ。わずか1年での試作機完成は、提案した望月静岡文芸大教授も驚くスピード開発だった。

榎本社長は5代目社長で、創業者のひ孫に当たる。鋳物で創業し、先代の父が専用機メーカーとして経営の基礎を築いた。創業110年を超える歴史も「変化と進化を積み重ねた結果」(榎本社長)。次世代に向け、社員の意識改革のため、毎月の給与明細には社長や管理職がそれぞれ自分の言葉でつづったメッセージを同封している。

企業データ

榎本晴康社長
企業名
榎本工業株式会社
Webサイト
法人番号
1080401010564
代表者
榎本晴康社長
所在地
静岡県浜松市北区細江町中川7000-27
事業内容
専用機製造