あすのユニコーンたち

iPS由来の角膜内皮代替細胞を移植 治療法の確立に挑む【株式会社セルージョン(東京都中央区)】

2024年 5月 20日

セルージョンの羽藤晋社長
セルージョンの羽藤晋社長

角膜が混濁して視力が低下する水疱(すいほう)性角膜症。角膜内皮の機能不全によって起きる病気だ。抜本的な治療法は角膜移植しかなく、国内には約1万人の患者が待機している。

慶應義塾大学医学部発ベンチャーの株式会社セルージョンは、独自の技術でiPS細胞(人工多能性幹細胞)から角膜内皮代替細胞を作り出し、患者に移植する角膜再生医療の実用化を目指す。その取り組みが高く評価され、代表取締役社長で医学博士の羽藤晋氏が「第23回Japan Venture Awards」(中小機構主催)の最高賞である経済産業大臣賞を受賞した。

ドナー不足を解消 患者の負担も軽減

第23回JVA経済産業大臣賞を受賞した。右が羽藤氏
第23回JVA経済産業大臣賞を受賞した。右が羽藤氏

「角膜移植は100年の歴史がある治療法だが、世界的にドナー(角膜の提供者)が不足している。iPS細胞を用いて再生医療の道を拓き、角膜の病気に苦しむ全世界の患者の治療に貢献したい」。羽藤氏は起業の理由をこう話した。

慶應義塾大学医学部を卒業後、眼科医として臨床の現場で角膜移植手術を専門的に手掛ける一方、大学院に進学。iPS細胞を用いた角膜の再生医療の研究を続けてきた。積み重ねてきた研究成果を早期に実用化させるため、2015年、当時の上司だった同大医学部眼科学教室の坪田一男教授(現名誉教授)と榛村重人准教授(現特任教授)とともにセルージョンを設立した。

羽藤氏によると、角膜移植手術を必要とする疾患の半数以上が水疱性角膜症なのだという。角膜内皮は角膜内の水分量を調整する役割を持っているが、機能しなくなると角膜内に水がたまり、水ぶくれを起こす。たまった水が混濁し、症状が進行すると失明してしまう。

セルージョンが実用化を目指すのは、iPS細胞から作り出した角膜内皮代替細胞を注射で角膜に移植し、角膜内にたまった水を排出させる治療法だ。「機能を持った角膜内皮代替細胞を移植すると、角膜内にたまった水を排出するようになり、濁った角膜が再び透明になる」と羽藤氏は語る。

濁った角膜をすべて切り取り、ドナーから提供を受けた角膜を移植する手術に比べて、羽藤氏らが開発した角膜内皮代替細胞移植は治療が容易で患者の身体的な負担も大幅に軽減することができる。細胞は凍結保存によってストックでき、必要な時に病院に届けられる。ドナーの提供を待つこともなくなる。

大学では角膜内皮代替細胞をiPS細胞から作り出す先端的な研究を進めていたが、実用化に名乗りを挙げる企業がなかなか現れなかったそうだ。「ならば、われわれが実用化をリードしよう」と眼科学教室の3人で話し合い、起業を決めた。

NEDOの支援を獲得 研究開発が加速

東京・晴海にある本社の研究施設
東京・晴海にある本社の研究施設

会社設立当初は、大学の眼科学教室が獲得した公的な研究費を使いながら、羽藤氏が一人で地道に研究を積み重ねていた。その中で、より効率的に短期間で角膜内皮代替細胞を作り出す製法を編み出した。

従来の製法は、工程が複雑で角膜内皮代替細胞を作り出す数も少なかったが、新たに開発した製法によって大量に作ることも可能になった。しかも品質が安定しており、管理もしやすい。実用化に向けて大きな一歩を踏み出した。

医薬品や再生医療の製品の開発には莫大な費用が必要となる。2019年には新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究開発型スタートアップ(STS)支援を獲得。調達した資金で臨床研究の準備段階となる大型動物による実証研究をスタートさせた。

臨床研究の実施に向けた作業は膨大だ。大型動物での安全性や有効性を確認・証明するためのデータを一つ一つ積み重ねなくてはならない。さらに、細胞を製造加工するセルプロセッシングセンター(CPC)と呼ばれる専門施設で、高い品質の細胞を安定的に生産できるよう製造方法の堅牢性を高めるための確認作業をする必要があった。さらに、製造した細胞を手術室まで運ぶプロセスや患者が入院から退院、経過観察するための手順なども計画書としてまとめる作業も求められた。

スタッフを少しずつ増員しながら、それでも少ない人数で役割分担しながら課題をクリアしていった。「本当に大変だったが、大きなハードルを一つ乗り越えた」と羽藤氏は振り返った。

人への治験開始 実用化に「王道なし」

2027年の上市を目指し、地道な研究開発が続けられている
2027年の上市を目指し、地道な研究開発が続けられている

2022年には慶應義塾大学病院でファースト・イン・ヒューマン (FIH) と呼ばれる、人に対する初めての臨床試験を開始。人への安全性・有効性を確認する段階に入った。今後はセルージョンが主体となった企業治験が進められる。

実用化までには、第Ⅰ相、第Ⅱ相、第Ⅲ相と臨床試験をクリアする必要がある。「山登りに例えると、まだ3合目か、4合目くらい」と羽藤氏。「『学問に王道なし』ではないが、地道に積み上げていく」と気を引き締めていた。

羽藤氏は2027年に日本での上市(当局に承認された新薬を市場に供給すること)、2029年に米国での上市を目標に掲げている。中国を代表する製薬企業もセルージョンの技術を高く評価。中華圏での開発・商業化に関するライセンス契約を結んだ。中国では、角膜疾患を原因とする失明者数は数百万人にも上り、年10万人ほどのペースで増えているという。セルージョンにとっては大きな注力領域の一つであり、多くの患者を角膜疾患から救うことにつながる。

世界に目を向けると、角膜移植ができない国が数多く存在している。角膜移植ができる医師、角膜を提供するドナー、提供を受けた角膜を医師につなぐアイバンクの3つをそろえなくてはならないからだ。だが、セルージョンが取り組む治療法が確立すれば、こうした国々の患者を失明から救うことも可能になる。全世界の角膜患者への貢献を目指す羽藤氏の目標の達成が一歩一歩近づいている。

スタートアップ育成「エコシステム醸成が大切」

東京・晴海のオフィス。一人からのスタートだったが、今は30人の社員が羽藤氏を支えている
東京・晴海のオフィス。一人からのスタートだったが、今は30人の社員が羽藤氏を支えている

セルージョンのように成長が期待される革新的な技術を持ったスタートアップは、日本経済復活の大きなカギを握っている。政府は2022年に「スタートアップ育成5か年計画」を策定し、2027年までにスタートアップへの投資額を10倍に拡大し、将来的に10万社の成長企業を創出することを目指している。

羽藤氏は、「政府から支援をいただくのは非常にありがたい。だが、それだけではなく、民間企業や研究機関が自主的にスタートアップを後押しし、多くの成長企業が生まれていくようなエコシステムを醸成することも大切」と指摘する。スタートアップエコシステムは、民間企業や大学、研究機関、行政機関、ベンチャーキャピタルなどさまざまな組織がネットワークを作り、起業家の成長を後押しする“生態系”のようなシステムだ。日本でも各地にエコシステム構築の動きが出ているが、さらなる環境づくりが急がれる。

「再生医療やバイオの分野は生産性や効率性が高い。日本で生み出したバイオ関連の製品を海外市場に供給できるようになれば、日本経済の大きなプラスになる。革新的な技術で社会を変えるベンチャーがどんどん出てきてほしい」と羽藤氏。後進の活躍にも大きな期待を寄せていた。

企業データ

企業名
株式会社セルージョン
Webサイト
設立
2015年1月
資本金
9000万円
従業員数
30人
代表者
羽藤晋 氏
所在地
東京都中央区晴海2丁目5-24 晴海センタービル5階
事業内容
再生医療関連技術の研究開発および再生医療等製品の研究開発、製造販売