経営支援の現場から

JR東日本との「金鉄連携」で地域活性化 事業者への支援スキル向上につなげる(上):茨城県信用組合(水戸市)

2025年 12月 22日

「販路開拓・伴走支援プロジェクト」の茨城県信用組合関係者

茨城県の地域金融機関、茨城県信用組合(通称「けんしん」)が、JR東日本水戸支社と地域活性化に向けた連携協定を締結して取り組んでいる「販路開拓・伴走支援プロジェクト」が大きな成果を上げている。金融機関と鉄道事業者それぞれの強みを生かした「金鉄連携」で、地域の隠れた名産品を広く県外にも発信している。地元事業者に効果的な支援を提供するため、茨城県信組はさらに中小機構の支援事業を活用し、事業者への伴走支援を通じて、職員の支援スキルの向上につなげている。

全国的にも初の協定

地域支援室の鈴木知里理事室長
地域支援室の鈴木知里理事室長

「当組合は事業活動が茨城県という地域性のため、メガバンクや地方銀行のように首都圏の市場とのつながりがほとんどない。お客様から『東京で売りたい』と相談されても、なかなか良い答えを出せないでいた。忸怩(じくじ)たる思いをずっと持っていたが、この連携でお客様に販路拡大の絶好の機会を提供できるようになった」と、茨城県信組理事で地域支援室長の鈴木知里氏は語る。

茨城県信組は、茨城県に77の営業店を県全域に展開している。預金残高は1兆2886億円(2025年9月現在)。全国に143組合ある信組の中でもトップクラスの預金量を誇っている。1950年の設立から2025年で75周年を迎えた。信用組合ならではの地域に密着した事業を展開し、地域の中小企業や小規模事業者の金融面での支えとなっている。

2022年3月に「地域活性化連携協定」を締結した茨城県信用組合の渡邉武理事長(左)とJR東日本水戸支社の小川一路支社長
2022年3月に「地域活性化連携協定」を締結した茨城県信用組合の渡邉武理事長(左)とJR東日本水戸支社の小川一路支社長

JR東日本との連携が動き出したのは2021年6月。信用組合の上部組織である全国信用協同組合連合会(全信組連)から各地の信組に対して働きかけがあったことがきっかけとなった。そこで鈴木氏がJR東日本水戸支社を訪問。すると、JR東日本の担当者と意気投合。具体的な話が進み、2022年3月、連携協定を締結した。

「お互いの強みを合体させることで何かが生まれる。『とりあえず、やってみましょう』とスタートした」と、鈴木氏の部下で、地域支援室次席調査役の菊池淳氏。信組とJRとの連携は全国的にも初の取り組みとなった。

ちょうどそのタイミングで、JR東日本は、茨城県を舞台にデスティネーションキャンペーンを2023年秋に開催することを決定した。デスティネーションキャンペーンは、2022年秋がプレキャンペーン、2024年秋がアフターキャンペーンと、メインである2023年の前後で3年間行われる。県・市町村・観光事業者など地域とJRグループ6社が一体となって行う国内最大規模の観光キャンペーンで、およそ20年ぶりに茨城県に白羽の矢がたった。

JR東日本は、傘下にスーパーやコンビニエンスストア、ホテル、駅弁などの食品製造業者など全国に展開する事業者を持っている。茨城県信組は、JR東日本傘下の事業会社を通じて、懸案となっていた首都圏への販路を開拓できる可能性が出てきた。一方、JR東日本にとっては、県内の多くの事業者と密着した茨城県信組との連携によって、県の新たな魅力を発信することが期待できる。地域の活性化に貢献できれば、キャンペーンの成功だけでなく、事業全体の成長にもつながる。相乗効果を期待した両者の取り組みが始まった。

高級スーパーと初の商談 課題も浮き彫りに

営業推進部・農林水産部の沼田幸一理事部長
営業推進部・農林水産部の沼田幸一理事部長

連携協定締結に向けた準備が進む中、JR東日本は、傘下の高級スーパーである紀ノ国屋との商談会を試行的に設定してくれた。

地域支援室は、取引のある農家や食品関係の事業者との接点がある営業推進部・農林水産部と連携し、商談会に参加する事業者を選定した。「茨城県ならではの商品を製造している事業者や、今まで知られていない隠れた逸材の食品を提案している事業者を厳選した」と、理事で営業推進部・農林水産部部長の沼田幸一氏は語る。

茨城県は、全国的にもトップクラスの農産物の生産量を誇り、漁業も盛んな地域。地元でとれた新鮮な食材を使い、さまざまな食料品を製造・販売する中小・小規模事業者とも数多く取引している。地元でしか知られていないが、全国で通用するような商品は県内各地に埋もれている。茨城県信組では、4事業者を選定し、都内で開かれた商談会に臨んだ。

一方、紀ノ国屋側は、商談会に当時の副社長が自らバイヤーとして参加した。「社内でトップクラスの権限を持っている方が対応してくれて、こちらも身が引き締まった」と沼田氏は当時のことを振り返った。

商談はまさに真剣勝負。不採用となった商品に対しては問題点を直球で指摘された。ただ、「単に商品をダメ出しするのではなく、『この商品はパッケージを見直した方がいい』『商品の味付けをこう変えたら、もっと良くなる』といったように改善点をアドバイスしてくれた」と沼田氏。商談に参加した事業者からは「的確なアドバイスをいただき、改善点が見えてきた」とかなりの好評で、感謝されたそうだ。

商談成約に向け事業者と職員がタッグ、プロジェクト始動

スーパー紀ノ国屋で行われた商談会のようす
スーパー紀ノ国屋で行われた商談会のようす

この商談会は、茨城県信組にとっても大きな学びとなった。

「バイヤーから受けた指摘をどう改善したらいいのか。それに対して、事業者にどういったサポートをしたらいいのか、お客さまに提案できる力を持たないといけないと感じた」と鈴木氏は語る。そこで立ち上げたのが「販路開拓・伴走支援プロジェクト」だ。

販路を開拓するためには、バイヤーの眼鏡にかなうよう、取引先事業者が売り込みたい商品をブラッシュアップしないといけない。そのスキルを職員に身に着けてもらうため、中小企業への支援実績が豊富な専門家による中小機構の支援事業を活用した、職員の研修制度を実施することにした。

中小機構では、商工会議所や商工会、金融機関など中小企業の支援に取り組む機関を対象に、事業者支援にかかわる職員スキル向上をサポートする「地域支援機関等サポート事業」を展開している。この事業では、販路開拓支援につながる施策・事例などの情報提供や、事業者との対話を通じて伴走支援につなげる支援のポイントをはじめ、DX・カーボンニュートラルの導入支援の進め方など、支援者の課題に合わせた幅広い支援ノウハウを習得することができる。

茨城県信組では、全営業店を含め信組全体から研修に参加する職員を募集した。ただ、販路開拓に向けては事業者にもがんばってもらわないと良い結果が生まれない。職員の意欲だけでなく、支援を受ける事業者の販路開拓に向けた「やる気」「本気度」も選考の重要な要件に設定し、8人の職員を選定した。

研修では1カ月に1回程度、研修センターに集まり、中小機構のアドバイザーから定期的に支援のノウハウを学んだ。多角的に会社の経営状況などを把握するためのツールである「ローカルベンチマーク」の活用法や、バイヤーに商品の魅力を説明する際に使用する営業資料の作成などのスキルを積みながら、同時並行で事業者を伴走支援する。

経営者から課題や問題点などを聞き取ると、研修でアドバイザーから意見を聞いた。アドバイザーから学んだ対処法は経営者にフィードバックし、改善に取り組んだ。考えながら走り、走りながら考える。職員と事業者の二人三脚で課題解決につなげていった。

事業者の支援では、本部の地域支援室や営業推進部・農林水産部の職員もフォロー。組織全体を巻き込んだ支援となった。

事業者に寄り添った伴走支援、取引先獲得にも貢献

JR水戸駅構内で催された「けんしんエキナカマルシェ」のようす
JR水戸駅構内で催された「けんしんエキナカマルシェ」のようす

JR東日本の関係会社との商談で売り込みをかける商品については、中小機構の「虎ノ門オンラインアドバイス」というインターネットを通じて専門家が実践的なアドバイスを行う支援ツールも活用し、商品開発や商品の磨き上げを行った。磨き上げた商品をJR東日本グループ各社との商談会に提案し、多くの商品の販路拡大につなげている。

「金融機関だけに、取引先の支援というと、どうしても財務面の数字ばかりに目がいってしまっていた。しかし、研修を受けたことで着眼点が変わった。経営者のアドバイスがもっと心のこもったものになった」と、沼田氏は目を細めた。

JRとの連携では、水戸駅や都心駅構内の店舗を利用した地域産品の販売イベントも行われ、信組の職員も事業者の販売の手伝いに加わっている。開発した商品を試食して評価するなど、開発や販売の苦労や努力に間近に接している。商談会に向けて営業資料を事業者と一緒になって作成した職員もいたそうだ。ものづくりや販売の苦労を実地で学び、経験を積んでいった。事業者に寄り添った親身な支援を受けて、茨城県信組をメインの取引先にする事業者も増えており、信組の経営面にも明るい効果を与えている。

新たな連携協定がスタート 地域活性化の歩み止めず

地域支援室の菊池淳次席調査役。プロジェクト研修の1期生でもある
地域支援室の菊池淳次席調査役。プロジェクト研修の1期生でもある

2023年からスタートしたプロジェクトは3年目を迎えている。8人の1期生に続き、2期目は12人が研修を修了。3期目の2025年は5人が研修中だ。研修を受けた職員は、入組して2年目の若手から40代の課長クラスもいる。

研修1期生で、その後の研修生たちのサポートにあたっている菊池氏は、「『同じ釜の飯』ではないが、研修を通じて、職員同士の横のつながりも生まれてきた。研修生同士でアドバイスし合うこともあり、取引先をマッチングするケースも出ている」と話す。研修の最後には経営陣に研修の成果をプレゼンテーションする機会も設けられ、職員たちの成長ぶりに経営陣もプロジェクトの成果を高く評価しているという。

水戸市にある茨城県信用組合本店
水戸市にある茨城県信用組合本店

2025年3月までに実施された商談会は25回に上り、25件の成約を得た。また、販促の催事も15回開催され、商談や催事への参加事業者数は129者に上っている。事業者の中には、これまで県外や東京への販路開拓に初めからあきらめていたり、チャレンジして門前払いされたりするケースも少なくなかったそうだ。茨城県信組のプロジェクトによる支援が、事業者たちに販路開拓への自信やチャレンジ精神を与えている。

デスティネーションキャンペーンが大きく牽引した連携協定だったが、JR東日本とは、「(プレキャンペーン、アフターキャンペーンを含めたデスティネーションキャンペーン期間中の)3年で終わりにならないようにしよう」とスタート当初から話していたという。「花火を上げて終わりでは何もならない。継続していこうという考えは一致していた」と鈴木氏は語る。その言葉通り、2025年3月には、新たに「地域活性化連携協定2.0」を締結。地域活性化に向けて、新たな一歩を踏み出している。

事例紹介

自然薯ベースの加工食品を相次ぎ開発 プロジェクト参加で地元の特産品に成長 株式会社新関フードサービス・新関勉代表取締役(茨城県つくば市)

新関フードサービスの新関勉代表取締役
新関フードサービスの新関勉代表取締役

茨城県の常磐自動車道谷田部インターからつくば市の筑波研究学園都市を結ぶ県道は、片側3車線の広い道路が整備され、「サイエンス大通り」という愛称が名付けられている。その沿道にある「自然薯料理 福々亭」はコロナ禍の最中にあった2021年3月に開店した。その名の通り、自然薯料理をメインにした店舗で、新鮮な魚料理なども味わうことができる。

続きは、「JR東日本との「金鉄連携」で地域活性化 事業者への支援スキル向上につなげる(下):茨城県信用組合(水戸市)」へ。
<2026年1月5日公開>予定

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