2026年 3月 12日

角谷倫之氏(中央)は木村祐利氏(右)、海老名亮氏とともに東北大学発のがん放射線治療AIスタートアップ、アイラトを創業
角谷倫之氏(中央)は木村祐利氏(右)、海老名亮氏とともに東北大学発のがん放射線治療AIスタートアップ、アイラトを創業

日本では2人に1人ががんになる時代を迎えた。一方で、治療効果が高いとされる放射線治療は、計画作成に長時間を要するほか医師の経験値による差もあるのが実情だ。こうした課題をAIの活用で解決しようと挑んでいるのがアイラト株式会社(宮城県仙台市)だ。「放射線治療ですべてのがん患者を救う」とのミッションを掲げる同社の取り組みは高く評価され、創業者の角谷倫之氏は「第25回Japan Venture Awards(JVA)」(中小機構主催)で科学技術政策担当大臣賞を受賞した。

治療計画の作成を6時間から20分に短縮

角谷氏(右)は第25回JVAで科学技術政策担当大臣賞に輝いた
角谷氏(右)は第25回JVAで科学技術政策担当大臣賞に輝いた

「“人間の価値”と“時間の価値”を高めるビジネスが受賞した。(二つの価値が)これからのより良い社会をつくっていく」。2025年12月、東京・虎ノ門で開催されたJVA表彰式で審査委員長を務めた東出浩教氏はこう総括した。とくに科学技術政策担当大臣賞に輝いたアイラトの放射線治療計画AI支援ソフトウェアは、6時間ほどを要する放射線治療計画の作成をわずか20分程度に短縮、まさしく“時間の価値”を高める画期的な技術となっている。

表彰式にプレゼンターとして参加した若山慎司・内閣府大臣政務官も「治療の成功を左右する治療計画をAIで自動化し、時間を大幅に短縮する大変有意義な取り組み。速やかな社会実装を願ってやまない」と称賛した。こうした高い評価を受け、志の高いベンチャー起業家として表彰された角谷氏は「これからも、国内のみならず世界のがん患者を救えるような革新的な技術を開発し、社会に貢献していきたい」と強い意欲を見せた。

放射線治療が抱える現場の課題

放射線治療計画AI支援ソフトウェアについてプレゼンを行う角谷氏
放射線治療計画AI支援ソフトウェアについてプレゼンを行う角谷氏

手術、化学(薬物)療法と並んでがんの三大治療となっている放射線治療は、患部を切除せず、臓器などを温存しやすく体への負担も小さい。なかでも、放射線の強度をリアルタイムに調整してがんの形状に合わせて照射できる強度変調放射線治療(IMRT)は、手術と同等の治療効果が期待できるという。一方で、治療計画の策定に長い時間がかかることや、医師の経験値によって治療精度に差が生じるといった課題もある。

こうした課題を解決しようと開発されているのがアイラトの放射線治療計画AI支援ソフトウェアだ。CT検査で撮影した数百枚の画像をAIが解析し、自動で腫瘍や正常組織の輪郭抽出を行い、さらに照射プラン立案と安全性検証を合わせて20分程度で完了。所要時間を従来より劇的に短縮できる。また、AIが過去の良好な治療データを学習してプランを策定するため、医師の経験や技量によるバラつきも是正できるとしている。

「放射線治療は欧米では普及しているが、日本では手術優先の考え方が根強く、新規患者への適用率は25%程度にとどまっている。開発を進めている放射線治療計画AI支援ソフトウェアをリリースすることで、日本でも放射線治療を普及させていきたい」と角谷氏は話す。

物理と医学を結ぶ研究者の原点

アイラトが入居する東北大学の青葉山ガレージ
アイラトが入居する東北大学の青葉山ガレージ

アイラト創業者の角谷氏は石川県出身。実家は地元でも有数の温泉旅館を営んでいたが、経営難から売却。「幼少期に浮き沈みの大きい経験をしたせいか、強い信念を持っていこうという人格が形成された」と振り返る。

勉強では数学や物理のように「ハッキリと答えが出てくるものが好き」(角谷氏)で、大学でも物理学を学びたいと考えていたが、親からの勧めで医学の道へ。すると、進学した名古屋大学医学部で物理学とも関係がある放射線治療に出合った。医学と物理学でがんを治すことに興味を抱いた角谷氏はその後、同大学大学院や米国の大学を経て2011年、放射線腫瘍学を研究する東北大学に移った。

その頃、AIはディープラーニング(深層学習)の登場で第三次ブームを迎えており、日本国内でも将棋でAIがプロ棋士に勝利するなど話題となっていた。「放射線治療にAIを活用できないか」と思い立った角谷氏は2014年頃から研究に着手。研究室の学生とともに研究開発を進め、その間、特許も取得していった。

研究成果を社会実装するための起業

アイラトはこれまでに数々の賞を獲得
アイラトはこれまでに数々の賞を獲得

起業の意思を固めたのは2020年秋だった。「コロナ禍で学会などの行事がなくなり、じっくりと考える時間が持てた」という角谷氏は、長年にわたる研究の成果を世に出し、社会に役立てたいとの思いを強く抱くようになり、「社会実装のために自分たちが起業するぞ」と決意。折しも東北大学が大学の研究成果を活用した事業アイデアの検証を支援するビジネスインキュベーションプログラム(BIP)の募集を行っており、応募したところ、翌年に採択されて500万円の資金を得た。

そして2022年3月、アイラト(AiRato)を設立。社名はAiに放射線治療(Radiotherapy)と東北(tohoku)のそれぞれ最初の2文字を合わせたもの。東北大学発のがん放射線治療AIスタートアップが誕生した。起業前後には新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援事業に相次いで採択され、合わせて3000万円を獲得。滑り出しは順調だった。

しかし、1年ほど経過すると資金調達が難航するように。この危機を救ったのは2023年10月に福岡市で開催されたスタートアップ対象のピッチイベント「StartupGo!Go!」だった。周囲からの勧めで出場したところ、見事に優勝。これを機にベンチャーキャピタル(VC)から出資の申し出があり、合計1億2000万円の調達につながった。スタートアップが直面する「資金調達の壁」を乗り越えた。

医療現場で「使える」AI技術へブラッシュアップ

社内でミーティングを行う角谷氏ら
社内でミーティングを行う角谷氏ら

乗り越えた壁は資金面に限らない。「最大の苦労は、製品化において研究段階のAI技術を臨床現場で本当に使えるレベルに磨き上げることだった」と角谷氏。AIの精度が高くても、現場で働く医師や医学物理士が直感的に使えなければ導入は進まない。また、AIエンジニアと放射線治療医がお互いの専門言語を理解し合う必要もあった。

こうした課題に対し、角谷氏らは臨床ユーザーの操作性や結果の見やすさを重視。プロトタイプ(試作品)段階から医療者に繰り返し試用してもらい、そこからフィードバックを得てUI(ユーザーインターフェース=見た目・操作部分)とUX(ユーザーエクスペリエンス=体験・使い心地)を改善した。プロトタイプを導入している医療機関の医師からは「これはすごい」といった絶賛の声が聞かれるという。

一方、専門用語については、ともに医療者である角谷氏と共同代表の木村祐利氏が医療と技術の“翻訳者”として両者をつなぐことで解決した。医療現場のリアルな課題を理解しながら、それを技術的に解決するアプローチを即座に形にできたことで「0→1(ゼロイチ)フェーズ」を乗り越えた。

放射線治療ですべてのがん患者を救う

「放射線治療ですべてのがん患者を救う」とのミッションを掲げる
「放射線治療ですべてのがん患者を救う」とのミッションを掲げる

放射線治療計画AI支援ソフトウェアの1号機は医療機器としての承認を経てローンチ(市場投入)される。その後も2号機、3号機の開発・ローンチを進め、治療計画の作成時間をさらに短縮するほか、大腸がんなど1号機では対応できていない部位のがんもカバーしたり、ステージ3(がんの進行度で上から2番目)でも効果を上げたりできるよう改善したいとしている。さらに、海外展開も計画しており、まずはアジア諸国で販売していく考えだ。

放射線治療計画AI支援ソフトウェアは、医療の質を高めるだけでなく、医療現場の生産性という観点からも大きな可能性を秘めている。国内での普及に加え、アジアを中心とした海外展開も視野に入れるアイラト。東北大学発スタートアップとして培った研究力と現場理解を武器に、「放射線治療ですべてのがん患者を救う」というミッションの実現に向け、事業は新たなフェーズへと進みつつある。

企業名
アイラト株式会社
Webサイト
設立
2022年3月
資本金
7億5799万8320円(資本準備金含む)
従業員数
22人
代表者
木村祐利 氏、角谷倫之 氏、海老名亮 氏
所在地
宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1 東北大学マテリアル・イノベーション・センター青葉山ガレージ内
事業内容
医療機器プログラムの企画、開発