あすのユニコーンたち
新鮮な国産サーモンを食卓に 日本での陸上養殖を事業化【株式会社FRDジャパン(さいたま市岩槻区)】
2024年 12月 2日
刺身やすしのネタとして高い人気を誇るサーモン。その大半はノルウェーやチリから輸入されている。海外に依存するサーモンを国内で供給しようと、2013年に創業した株式会社FRDジャパン(さいたま市岩槻区)は陸上養殖事業にチャレンジしている。水処理技術と微生物研究のプロフェショナル2人が立ち上げたビジネスに魚好きの商社マンが出会い、将来の日本の「食」を支える大きなプロジェクトに進化した。世界の食料問題の解決にもつながるビジネスで、次世代のロールモデルとなる新事業を創出した企業を表彰する日本スタートアップ大賞2024で農林水産大臣賞を受賞した。
千葉に商業プラントを建設、年3500トンの生産目指す
「大消費地に近い千葉で育った新鮮で獲れたてのサーモンをすぐに市場に届けることができる。一度も冷凍していない新鮮な生のサーモンを食卓に提供する。これは何物にも代えがたい価値だと考えている」。代表取締役CEOの十河哲朗氏はこう語った。
FRDジャパンは、独自に開発した閉鎖循環式陸上養殖システムでのサーモントラウト(大型ニジマス)の養殖に取り組んでいる。現在、さいたま市と千葉県木更津市に実証実験用のプラントを設け、年間約30トンのサーモントラウトを生産。スーパーや飲食店などへの出荷も始まっている。
千葉県富津市に年間3500トンの生産が可能となる商業プラントを建設中で、2026年に操業を開始し、2027年に出荷をスタートさせる計画だ。「この施設が軌道に乗れば、サーモンの陸上養殖の初の収益事例をつくることができる。陸上養殖でおいしい魚が育ち、しかもリーズナブルな価格で売れる。その初めての事例をつくることができる」と十河氏は胸を張った。
閉鎖循環式陸上養殖では、海洋に生息する魚介類を陸上で養殖する。水槽の水を循環させ、ろ過装置で排せつ物やえさの残りかすなどの不要物を取り除き、サーモンの養殖に適した水質を維持しながら魚を育てる。FRDジャパンは、これまでの陸上養殖で取り除くことが難しかった水中の硝酸などの成分をバクテリアで除去する脱窒技術を確立したことで換水率を大幅に下げ、大幅なコスト削減を実現した。
十河氏によると、硝酸は濃度が高まると魚の食が細るなど成長に影響を及ぼすため、一般的な陸上養殖では水槽全体の3割もの水を毎日交換する必要があるのだという。FRDジャパンのシステムでは独自の脱窒技術により水の入れ換えを最小限に抑えることができ、水の使用量を節約できるうえ、サーモントラウトの飼育環境に適した水温まで冷やすための電力消費も削減できる。
陸上養殖への挑戦、“運命の出会い”が新たな展開生む
FRDジャパンを創業したのは、代表取締役COOの辻洋一氏と執行役員CTOの小泉嘉一氏。辻氏は1996年に自身が創業した水処理関連装置の販売や設計施工などを手掛ける会社を経営。一方、小泉氏は水分析を手掛ける会社の代表を務めていた。辻氏が前職の仕事で水処理の効果を知るための分析パートナーを探す中、小泉氏と出会い意気投合したという。
脱窒装置開発のきっかけについて、辻氏は「よく立ち寄っていた料理店の店主から『いけすの清掃が大変』という話を聞いていた。水処理の会社を経営していたので、その悩みを解消する装置を作ってみようと思い立った」と語る。小泉氏は微生物研究のプロ。辻氏と小泉氏は、水中の硝酸をバクテリアが分解するシステムの実用化に成功。水族館などへのセールスを展開していた。
ちょうど陸上養殖が大きな注目を集めていた時期。辻氏は「この技術をアワビの陸上養殖にも生かせるのではいか」と考え、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の研究開発助成に応募。みごとに採択された。さいたま市の施設で5年間研究開発を続ける中で、二人が出資し合って陸上養殖を専業で行うFRDジャパンを起業した。
一方、十河氏は当時、三井物産に勤務していた。幼少時代から無類の魚好き。大学では農学を学び、魚類学者になることを夢見ていたという。当初は金属資源関連の部署に所属していたが、社内の制度に応募し、希望する水産系の子会社に出向。魚のビジネスを手掛けることになった。
出向先の会社では、ノルウェーやチリからサーモンの買い付けをしていた十河氏。ある日、アワビの産地となっている自治体から陸上養殖に関する問い合わせを受けた。海での収穫が少なくなり、陸上養殖に関心を持ったのだという。そのとき、十河氏に陸上養殖に関する知識がなく、業界の関係者に尋ねるなど調べていくうちにFRDジャパンに行きついた。
十河氏は辻氏と小泉氏に面会した。「自治体が興味を持っているので、一緒に自治体のところに行かないか」と話を持ち掛けたそうだ。「ビジネスというよりは勉強がてらにという感じだった。それがきっかけで2人と仲良くなった」。
そのころ、アワビの陸上養殖にチャレンジしていた辻氏たちは大きな壁にぶつかっていたという。採算ベースに乗せるには養殖の規模を追求する必要性を感じていた。十河氏は「養殖システムを活かすにはサーモンの養殖がベストなのではないか」と、辻氏と小泉氏にサーモンの養殖を提案した。サーモンの陸上養殖が動き出すきっかけとなった。
大手企業からの資金調達を実現、実証実験から新たなフェーズへ
十河氏は新規分野への参画を支援する社内制度を活用し、三井物産からFRDジャパンに対する9億円の出資を確保。その資金をもとに千葉県木更津市に建設したプラントで実証実験をスタートした。だが、その道のりは順風満帆ではなかった。
サーモントラウトは1尾の大きさが2500グラム以上まで育つと市場から高い評価を受ける。卵のふ化から1年で出荷できるサイズに養殖することが求められたが、当初は期待通りの成果が出なかった。「小規模な施設でうまくいったことが、大規模化するとうまくいかない。われわれが直面した大きな壁だった」と十河氏。課題や問題点を一つ一つつぶしていき、約3年が経過してようやく目標を達成することができたという。
2023年には三井物産や長谷工コーポレーション、エア・ウォーターなどから210億円の出資、金融機関からの融資を受け、富津市の商業プラント建設にこぎ着けた。実証実験から商用化へ。FRDジャパンのビジネスは新たなフェーズに入る。プラントが軌道に乗ると、生産量は今の100倍以上になる。今は、ごく一部の鮮魚売り場や回転すし店でしかお目にかかれないFRDジャパンのサーモントラウトだが、当たり前のように食卓を彩る日もそう遠くはないかもしれない。
日本は世界トップクラスのサーモン消費国。国内消費量は20万トンともいわれる。「富津のプラントが軌道に乗れば、さらに生産規模の拡大が視野に入る。国内には拡張の余地はたくさんある」と十河氏。「アジアを中心にノルウェー・チリから遠い場所でサーモン需要があるところはすべてターゲットになる。そういう場所に展開するのがわれわれの目標になる」と視線はすでに世界に向かっている。
スタートアップやベンチャー経営者にとって、M&AやIPO(新規株式公開)は事業を成長に導くための一つの資金調達方法の一つだ。例えば、M&Aでは、買い手企業の経営資源を生かして、事業の成長を加速させることができる—。FRDジャパンがこれまでに描いた軌跡は、スタートアップが思い描く成功シナリオを地でいくようでもあるのだが、十河氏は、「スタートラインにたったばかりだ」と気を引き締めている。
「フルコミット」が成長の原動力 新たな課題は人材の確保
FRDジャパンの経営に参画するにあたって十河氏は、辻氏と小泉氏にこんな言葉を投げかけたという。
「みんなでフルコミットしよう」
辻氏と小泉氏は本業のビジネスがあり、陸上養殖はある意味、副業のような形だった。十河氏は副業ではないが、三井物産からの出向という立場。どこか中途半端だった。「みんながフルコミットしないと成功しない事業だ」と3人で話し合い、辻氏と小泉氏は本業の役員を退任し、十河氏も三井物産を退社した。みなが覚悟を決めて、成功への思いを一つにしたことも直面する課題を乗り越えるパワーになった。
事業が成長軌道に向かう中で、課題となっているのが人材の確保だ。陸上養殖の事業では、大きなプラントを稼働させ、人が食べるサーモンを養殖する。プラントの管理・メンテナンスに加え、サーモンの品質管理も大切になる。養殖の技術、データの管理、生産したサーモンを販売するマーケティング…幅広い人材を必要としている。
「どちらかというと重厚長大のビジネスで、大企業のような体制が求められる。スタートアップ大賞で農林水産大臣賞をいただいたが、スタートアップの気分でいてはいけないと思っている」と十河氏は気を引き締めていた。
日本の水産業を取り巻く環境は大きく変化している。魚食は日本以外にも広がりをみせ、十河氏が商社マン時代、チリやノルウェーにサーモンを買い付けに行くと、取引先から「あなたのところよりも高額を提示しているところがある」と海外のライバル社に競り負けることが少なくなかったそうだ。食料の安定供給や自給率向上という食料安全保障の観点からもFRDジャパンの挑戦は大きな意義を持っている。
企業データ
- 企業名
- 株式会社FRDジャパン
- Webサイト
- 設立
- 2013年12月
- 従業員数
- 28人(2024年10月末時点)
- 代表者
- 十河哲朗 氏
- 所在地
- 埼玉県さいたま市岩槻区古ヶ場1-7-13(本社)
千葉県木更津市かずさ鎌足3-9-13(木更津プラント) - Tel
- 0438-53-7858(木更津プラント)
- 事業内容
- 閉鎖循環式陸上養殖事業