農業ビジネスに挑む(事例)

「サラダボウル」農業の新しいカタチを創る

  • 徹底した生産管理を実行
  • 自ら栽培した野菜のブランド化を図る

甲府盆地の南端に拠を構える農業生産法人サラダボウル。創業者の田中進さんは、地元・山梨県中央市の農業生産者の次男に生まれ、大学卒業後は大手邦銀、外資系生命保険会社の営業の最前線で活躍した。それが一転して農業に就く。しかも実家を継ぐのではなく独立独歩で起業した。金融マン時代にベンチャーをサポートした経験から、農業でなにか新しいカタチを創りたい、そんな熱い思いからの創業だった。

「笑顔が広がり、会話がはずむ」がサラダボウルの野菜づくりへの思い

2004年、田中さんは就農とともにサラダボウルを設立。総勢8人(社員3人、パート4人)、60aの耕作放棄地を借りてのスタートだった。

栽培品目は施設栽培のトマト、きゅうり、なす、および露地栽培の野菜(ほうれん草、小松菜など)だ。科学的分析に基づいて有機質堆肥をつくり、害虫対策には100%海藻エキスの液体を使うなど栽培にはこだわりを持つ。販売先は地元の大手スーパー「オギノ」と有機・低農薬野菜の会員制宅配サービス「らでぃしゅぼーや」が主体だ。

田中さんは創業翌年(2005年)には新規就農者の育成も始めている。希望者には1週間農作業を体験してもらい、それを踏まえて本気で農業を希望する人を対象に1年間の研修を施す。

カイゼン、5Sで生産効率を上げる

田中さんの野菜づくりへの思いはいたってシンプルだ。

「減農薬に取り組んではいますが、安心・安全な野菜づくりは食べるものを提供する者として当たり前のことです。私たちが本当に創りたいのは、その先にある風景です。おいしいものを食べた時に広がる笑顔や会話に満ちた食卓や家族の風景なのです」

そのためにも最も重要なのが生産技術だという。それがあれば計画的に生産・納品ができる。それを痛感したきっかけが、創業から数年間、段取りが悪く、連日夜遅くまで作業に追われたことだった。その苦い経験以降、改善活動を徹底し、製造現場で取り組まれる5S(整理・整頓、清掃、清潔、しつけ)活動も導入した。

現在、サラダボウルは19haの農地を4人のリーダーで管理する。各リーダーのもとには総勢14人の若いスタッフが働くが、彼らのほとんどは農業未経験者のため、生産現場では徹底した生産管理が重要になる。そのため栽培品目ごとに作業項目を整理し、各項目に対してどれほどの経験や技術が必要なのかを一目瞭然でわかるように一覧化した。 また、生産効率を上げるためのカイゼン(改善)も随所に施される。例えば、重い資材を置く棚の高さは軽トラックの荷台とほぼ同じ高さに揃え、さらに棚の表面をスチールもしくは化粧板にすることで、重い資材を持ち上げずとも滑らせることでトラックの荷台に積めるようにした。

また、若いスタッフから提案されるカイゼンは自身で完遂できるように仕向ける。例えば、「パクチーのトリミング後の洗浄(工程)をなくしたい」と考えたスタッフがその方法を提案すると、それに対して上司であるリーダーが問題点を指摘し、それを受けたスタッフがさらに見直すことを繰り返してカイゼン提案をブラッシュアップし、その過程を通してスタッフ自身の知識とスキル(技能、技術)の向上につなげ、同時にその情報を全員で共有することで全体の底上げも図る。

作業の道具は整理・整頓。5Sやカイゼンに積極的に取り組む

サラダボウルが管理する19haの農地は100カ所に点在しているため、各農地の生産進捗状況は全員がスマホなどでリアルタイムに確認できるようにしている。例えば、リーダーやスタッフが自らの作業状況をスマホで管理システムに入力すれば、その情報は全員がチェックできる。もし、作物に異変を感じたらすぐにスマホで写真を撮り、それに基づいてリーダーの指示を受ける。このように作業情報はすべて「みえる化」されている。

「サラダボウルの野菜」というブランドを育てていく

サラダボウルは徹底した生産管理とそのシステム化によって創業から黒字経営を続けているが、いまのマーケットは消費者も自らの需要がわからないほど混沌としていると田中さんは判断する。

「だからこそプロジェクトアウトが重要になります」(田中さん)

プロジェクトアウトとは、生産者と事業パートナーとの取組みそのものが価値として消費者に受け入れられることを指す。つまり、なぜつくるのか、こだわりはなにかといったコンセプト、また、どのように伝え、届けるのかという生産者自らの創意工夫が「価値」として消費者に支持される。だからサラダボウルは「笑顔が広がり、会話がはずむ」ほどのおいしい野菜づくりに専心し、そこでの創意工夫を消費者に提供する。それがサラダボウルの野菜であり、それをもってしてブランド野菜に育て上げることを目指している。

ブランドづくりの途上に田中さんは野菜レストラン「サラダボウルキッチン」も開業した(2009年)。スーパーで売られるサラダボウルの野菜をレストランで食べてもらう。それを介して消費者に向けてブランド構築を図っている。最大の顧客はこれから農業をしたい人、または意識してなくとも将来農業をやるかもしれない人であり、そうした農業への思いを共有する人たちにレストランを介してサラダボウルのメッセージを送り続けている。

サラダボウルという産地を全国へ広げたい

農業への思いを共有する人のうち実際に農業に就きたい人には、既述のように2005年から育成もしている。田中さんは金融マンの時代にベンチャーの創業などに関わった経験から、企業経営にとって人材育成がなにより重要なことを認識し、2005年に人材育成機関として「NPO農業の学校」を設立した。1週間の体験研修を経て本気で農業を志す人は生産現場で1年間OJT(ON the Job Training)で実務を研修するシステムだ。

研修を終了した研修生には、就農に向けて農地の斡旋や販路の確保、機材のレンタルなどさまざまなサポートを提供する。人材育成とは、農業をやりたい人が農業をして幸せだと思えるように導くこと、田中さんはそう考え、農業の学校で未来の農業者を育てている。

創業から9年、サラダボウルを率いる田中さんが目指す先は「農業の新しいカタチを創る」ことにある。現在、農業も一昔前のように家族総出で営む時代ではなく、例えば世帯主だけが農業に就き、ほかの家族は個々に別の仕事をもつというように、農業も個人が自らの意思で選択できる職業になりつつある。また、農産物の生産だけでなく加工品づくりや飲食店経営などを並行するよう、農業生産者も自らの思いを形にできるようになってきた。

そんな時代になったからこそ、サラダボウルで育成したマネジメント力のある人材を独立させることで、サラダボウルという産地を全国へ広げていく。そんな事業展開を通して農業に新しいカタチを創っていきたいと田中さんは将来を見つめる。

企業データ

企業名
農業生産法人 株式会社サラダボウル
Webサイト
代表者
田中進
所在地
山梨県中央市西花輪3684-3