経営支援の現場から
「古民家・空き家再生+創業支援」まちづくりファンドで地域活性化:埼玉縣信用金庫(埼玉県熊谷市)
2025年 2月 3日

中心市街地での空き家や空き店舗の増加が全国的な社会問題になっている。かつて賑やかだった商店街にシャッターを閉ざした店舗が増え、「シャッター通り」と呼ばれるほど衰退してしまったケースが各地で数多くみられている。空き家や空き店舗が虫食いのように増えると、街並みの景観やイメージも悪化。さらに人の往来を遠ざける悪循環が生まれてしまう。街の衰退に歯止めをかけ、いかに賑わいを取り戻すか。地域の大きな課題となっている。
埼玉県熊谷市を拠点に県全域で営業を展開する埼玉縣信用金庫は2020年2月、一般財団法人民間都市開発推進機構と共同で「さいしんまちづくりファンド」を創設した。空き店舗や歴史的建造物の利活用支援と起業・創業支援を一体化させたファンドで、ファンドを活用した新規事業やまちづくりのチャレンジが県内各地に広がり、中心市街地や商店街の活性化に効果を上げている。
かつて賑やかだった街並みの再生が大きな課題に

「まちづくり支援とスタートアップ・創業支援はわれわれの強みとしているところ。これまでもさまざまな施策に取り組んできたが、ファンドを組成したことで、融資とは違う形で金融面での支援ができるようになった。ファンドを積極的に活用してもらい、地域が自主的に活性化するように創業者や新たにチャレンジする事業者を支援できればと考えている」。埼玉縣信金・地域創生部地域創生グループ副長の平原祐樹氏はこう語る。
埼玉縣信金は県全域に店舗を網羅。預金残高が3兆円を超え、全国に250余りある信金の中でトップクラスの営業規模を誇る。地域に密着したきめ細かいサービスを信条としており、地域を支える金融機関として1948年の設立以来、多くの地域住民や事業者の信頼を獲得している。
埼玉縣信金が拠点としている埼玉県は、東京都と隣接し、47都道府県の中でも全国5位の人口規模を誇る。交通アクセスに恵まれ、中心市街地の空洞化とは無縁の地域のようにも思えるが、逆に一部の市町では中心市街地や商店街の衰退が目立っているという。郊外に集客力の高い大規模商業施設が各地に立地したことも空洞化に拍車をかける原因となっている。地域に密着した営業を展開する埼玉縣信金にとっても衰退する中心市街地の再生は事業テーマの一つとなっていた。
そこで着目したのが、民間都市開発推進機構が展開する「マネジメント型まちづくりファンド支援業務」だった。地域金融機関と連携してファンドを組成し、リノベーションなどによる民間まちづくり事業を支援する事業で、埼玉縣信金と推進機構がそれぞれ9000万円を拠出して、「さいしんまちづくりファンド」を組成した。
社債取得で支援、長期的視点で事業をサポート

このファンドの大きな特徴は、まちづくりのプレーヤーとして新たなビジネスにチャレンジする事業者を対象にしているところだ。市街地や商店街などにある空き家や古民家を事業拠点として活用する起業家や創業者などを支援。空き家や古民家を活用して事業を展開してもらい、地域に新たな活力を生み出す。リノベーションによって景観の改善にもつなげることができる。人が集まるようなまちおこしの仕掛けができれば、再び賑わいを取り戻すことも期待される。
金融支援は基本的に社債取得という形で進められている。10年をめどに元本を一括償還する仕組みで、当面は利払いのみとなる。利子と元本を月々返済する融資よりも借り手の負担は軽減できる。「まちづくりや地域活性化の事業は収益化まで時間がかかる。元金の返済が当面ないところで、安定した資金繰りの手伝いが可能になる」と平原氏は強調する。
ファンドの活用については、地域が限定されており、県内9つのエリアが設定されている。小江戸として知られる川越市、古くから和紙づくりで栄えた小川町、日光街道の宿場町として栄えた杉戸町・宮代町…。歴史的建造物をはじめとした地域資源を持つ地域で、なおかつ、自治体がまちづくりに取り組んでいる地域だ。「まちづくりは民間だけではできないし、行政だけ力を入れていても進まない面がある。まちづくりの核となる民間のプレーヤーがいて、行政が力を入れて取り組んでいる地域を選ばせてもらった」と平原氏は語った。
カフェ、ベーグル店、民泊施設…ファンド活用で広がるビジネス

ファンド組成から1年後の2021年3月に第一号となる支援が実施された。川越市での取り組みで、明治期に建てられた市指定有形文化財の住宅や内蔵をリノベーションし、カフェのほか、伝統文化の体験教室、貸しスペースなどが運営されている。
続いて、さいたま市岩槻区で築50年の建物をリノベーションし、シェアオフィスやカフェを運営する事業を支援。さらに、この地区では、築100年超の古民家でベーグル店を開業する事業も始まった。そのほか、小川町では、築80年の古民家を利用した民泊事業が行われるなど、ファンドの組成から4年が経過した2024年までに11件の案件が動き出したという。
「当初は、なかなか案件を見つけ出すのに苦労をしたが、最近は営業店から提案がくるようになってきた。われわれがやろうとしていた考えが営業店にも浸透し、相談が飛躍的に増えてきた」と平原氏は目を細めている。各地域でまちづくりに取り組むプレーヤーたちにも口コミでファンドの存在が広がり、「こんなファンドがあるから使ってみたらどうか」と知人にアドバイスされ、営業店に活用の相談に訪れるケースもみられている。まちづくりプレーヤーたちの横のつながりでファンドの認知度も上がってきた。
街歩きしながら起業・創業を学ぶ 「循環」につなげる取り組みも

空き家や古民家を活用した起業・創業にチャレンジする人材をいかに広げていくか。中心市街地を活性化するうえで大きなカギを握るまちづくりプレーヤーを増やすため、埼玉縣信金では、今後の創業を考えている市民を対象にした実践的なセミナー「エリアコミュニティで起業しよう!」を2022年からスタートさせている。
経営の基礎を学ぶ講義と地域事業者の拠点見学を組み合わせたセミナーで、街歩きをしながら、空き家や古民家を活用した事業を見てもらう。事業に取り組む事業者から直接話を聞く機会も設けられている。2024年度は7~10月、全5回のセミナーを実施。川越市や小川町、嵐山町などを巡った。今年度で3回目の開催となるが、毎年20~30人ほどが参加しているという。
「ビジネスプランのつくり方やマーケティングの基礎などいろいろな角度から創業に役立つ講義を行い、いろいろな街をみてもらう。その中から、『この地域で創業しよう』と取り組んでくれる人が現れてくれることを期待している。まずは創業してもらうことが第一歩」と平原氏は話していた。
埼玉縣信金では、まちづくりファンドとエリアコミュニティセミナーの2つの柱を同時並行で進める形で創業・まちづくり支援を実施。セミナーの受講生が地域で起業した際は、セミナーの講師になってもらい、体験談やノウハウなどを講義してもらう。先輩の講義を聴いた受講生が同じように起業に挑戦。まちづくりファンドを利用して、空き店舗・古民家をリノベーションした事業を始める。事業が軌道に乗った際には、今度は講師としてセミナーに登壇してもらう。
「空き家・古民家を活用した起業に取り組む人が増え、その一つ一つの拠点が線でつながり、面として広がっていく。ファンドとセミナーが好循環をもたらし、地域の活性化につながるよう取り組んでいきたい」と意気込みをみせている。「地域金融機関が社債で支援する手法は優良企業でないと取りにくいが、民間都市開発推進機構と連携してファンドを組成することで取り組みやすくなる。空き家問題は多くの地域がかかえる課題でもあり、課題解決の方法としてぜひ参考にしてほしい」と平原氏は話している。
支援事例
築100年の古民家でベーグル店 地域の新しい「顔」に TDS株式会社 MIYATAYA BAGEL(さいたま市岩槻区、浅野高志代表取締役)

さいたま市岩槻区のTDS株式会社代表取締役の浅野高志氏は「さいしんまちづくりファンド」を活用し、築100年を超す古民家をリノベーションし、ベーグル専門店「MIYATAYA BAGEL」を2022年に開業した。店名は、この古民家でかつて営業していた乾物屋「宮田屋」から名付けられた。

「『大切な人にこそプレゼントをしたくなるベーグル』というのが店のコンセプト。北海道産の小麦粉を使い、酵母もこだわりのものを使っている。ベーグルの生地の色やフレーバーも150種類くらい提案できる。さまざまなバリエーションのベーグルを楽しんでもらえるところが当店の強み」と浅野氏はアピールする。ベーグルそのもののおいしさに加え、カラフルで色鮮やかなベーグルも数多く販売されており、SNS映えすると女性客の評判となっている。地域の固定客を獲得し、人気のベーグル店に成長した。
地域の食材も積極的に活用。区内の酒蔵の酒かすから作った甘酒を練り込んだベーグルを提案したり、さいたま市から紹介を受けて、地元の農家が生産した小松菜やイチゴなどの規格外の農産物を活用したベーグルを作ったりと、地域に密着し、SDGsにも配慮した商品を展開している。

開業のきっかけとなったのは、さいたま市が主催するイベント「リノベーションスクール」に参加したことだった。
リノベーションスクールは、参加者が6人程度のユニットをつくり、遊休不動産の活用を題材に地域課題の解決につながる事業計画を3日間かけて作成し、最終日に事業化を前提とした公開プレゼンテーションを行う。短期集中・実践型のスクールで、浅野氏は2021年に開催されたスクールに参加。その時のテーマが、空き店舗となっていた宮田屋の利活用だった。
当時、浅野氏は不動産会社に勤務し、商業系ビルの管理やマネジメント業務を担当していた。仕事柄、まちづくりにも関心を持ち、スクールに参加。初めて出会った他の6人の参加者とユニットを組み、宮田屋を利活用するためのビジネスモデルを練った。3日間という短期間でゼロからビジネスモデルを作り上げる。方向性が固まらないと、徹夜も覚悟しなくてはならないケースもあるそうだ。浅野氏は以前から事業化を考えていたベーグル店の開業をチームに提案。チームが一気にまとまり、ビジネスモデルをまとめ上げたという。

「ベーグルを提案したのは、ベーグルが好きだったから。ベーグルは冷凍保存ができること、宮田屋は駅に近く、近隣には住宅も多い。日常食であるパンの需要が高いと推測した」と、浅野氏は説明してくれた。スクールを終え、浅野氏は、チームでまとめたビジネスモデルそのままの起業に乗り出した。
浅野氏が埼玉縣信金のまちづくりファンドの存在を知ったのはスクールでのことだった。信金の支店職員と名刺交換した際、案内されたという。「支店を訪問して直接、説明を聞いたとき『それはいいな』と感じた。郊外での出店になるため、日々の売り上げの変動が起きる。元本の返済が10年後というのはありがたい。10年もたてば事業も安定化し、借りたお金をすぱっと返せると思う」と浅野氏は語った。
ファンドの活用をきっかけに埼玉縣信金からはさまざまなサポートも受けている。経営にかかわる相談に加え、県内にある人間総合科学大学への橋渡しにより大学と連携してSDGsに配慮したベーグルを開発したり、食材を提供する市内の農家を紹介してくれたりしているという。埼玉縣信金が開催する商談会「さいしんビジネスフェア」にも出店した。

今後の展開について、浅野氏はMIYATAYA BAGELで培った経験を生かしながら、まちづくりビジネスへの展開を進めている。「会社名のTDSは、タウン・デザイン・スタジオの頭文字。ベーグル店はハードのビジネスだが、ソフトのビジネスにも力を入れたい。将来的には古民家や空き店舗のような物件をサブリースして、スタートアップの事業拠点にしてもらったり、横丁のような店を作って、一緒に伴走しながらまちを賑やかにしたりするようなことを目指したい」。先輩事業者が新たな創業者を生むプラスのサイクルが生まれようとしている。