経営支援の現場から

経験豊かな外部人材を登用、厚みある広域指導を実現:上田商工会議所(長野県上田市)

経営環境の変化が非常に激しい中「本質的な経営課題は何か?」を見極めて解決につなげる「課題設定型」の支援が注目されている。多くの中小・小規模事業者にとって最も身近な存在である商工会議所・商工会では、この課題設定型支援の取り組みが広がりつつある。経営支援の現場における新たな挑戦をレポートする。(関東経済産業局・J-Net21連携企画)

2023年 5月 8日

上田商工会議所

(一社)長野県商工会議所連合会は、全国でもいち早く広域専門指導員制度を導入した“先進県”だ。県内をいくつかのブロックに分けて広域専門指導員を配置し、課題を抱える事業者を支援している。広域専門指導員には元経営者や金融機関出身者などを登用。経験や知見を活かしたサポートは各地域に常駐する経営指導員のスキルアップにも成果を上げている。今回は県内でも特に注目を集めている上田商工会議所の取り組みを紹介する。(※この取材は令和5年3月に行ったものです)

上田・小諸・佐久の3商工会議所が連携

戦国武将、真田幸村ゆかりの地にある上田商工会議所は1896年(明治29年)に長野県で最初に設立された商工会議所だ。幕末の横浜開港と同時に日本で初めて生糸を輸出したのがこの地域で、日本の近代化とともに歩んだ歴史を持っている。

上田商工会議所が広域専門指導員制度を始めたのは2013年。小諸・佐久の両商工会議所と合わせた三商工会議所が連携し、現在は企業経営の経験を持つ赤羽博氏と地元の金融機関出身の丸山孝氏の2人の広域専門指導員が地域の事業者の支援に当たっている。

3つの会議所の会員数は約6700事業者(上田約3100、小諸約1300、佐久約2300)。各商工会議所には、地域の事業者の経営指導に当たる経営指導員がそれぞれ常駐しており、各地域の事業者の経営相談を受けている。「さまざまな相談の中でも、事業承継や事業再生といった地域の経営指導員だけでは対応が難しい高度でセンシティブな案件をサポートするのが広域専門指導員の大きな役割」と、2人の上司である上田商工会議所中小企業相談所長の唐澤信広氏は話す。

各商工会議所に配置されている経営指導員はそれぞれ上田が8人、小諸・佐久が各4人。きめ細かい経営指導を行うのに十分な人員を確保するのが難しいのが実情で、広域専門指導員が外部での経験とスキルを生かし、経営指導員をサポートしている。

経営者目線と金融機関目線の両面からアプローチ

経営経験を生かし、事業者をサポートする広域専門指導員の赤羽博氏
経営経験を生かし、事業者をサポートする広域専門指導員の赤羽博氏

長野県内を5つのエリアに分け、県商工会議所連合会の2人と合わせた計12人が広域指導を実施する中で、上田商工会議所のエリアが特に注目されているのは、2人の広域専門指導員のサポート力だ。「経営者目線」「金融機関目線」の両面から事業者にアプローチし、スピーディーで的確な経営支援を実現している。

赤羽氏は元上田市の職員。その後、民間企業に身を転じて、数十人から数百人規模の会社数社の役員も経験した。「経営者は何でもやらないといけない」と赤羽氏。経営者時代は営業、総務、経理、調達など幅広い業務の責任者を担当しており、そのノウハウを経営指導に役立てている。

一方、丸山氏は、地元の地方銀行で長く取引先の融資の相談を受ける仕事に携わった。中小企業再生支援協議会(現・中小企業活性化協議会)に在籍し、中小企業の再生にも取り組んだ。財務に課題を抱える企業の経営改善のノウハウを持っている。

起業や創業、新規事業の展開、マーケティングや労務人事、経営改善、事業承継…。商工会議所に寄せられる事業者からの相談は実に幅広い。2人とも幅広い課題をサポートする能力を備えているが、それぞれの得意分野を活かして臨機応変に対応している。

金融機関目線で事業者の経営支援に当たる広域専門指導員の丸山孝氏
金融機関目線で事業者の経営支援に当たる広域専門指導員の丸山孝氏

「補助金の活用に向けて、前向きな経営計画や事業計画を策定するはずだったが、事業者の財務内容を見ていると、『経営計画よりも経営改善が先』といった案件も少なくない」と赤羽氏は語る。すると、赤羽氏は丸山氏に気兼ねなくサポートを依頼し、財務改善に向けた支援に舵を切る。

サポートを受ける現地の経営指導員たちも2人の専門性を考えながら相談を入れている。「補助金の関係で計画書の作成支援に悩んでおりサポートしてほしい」。そんな相談は赤羽氏に直接連絡する。「マル経融資(小規模事業者経営改善資金)の相談がきたが、財務の状況が厳しい」。そんな場合は丸山氏に電話を入れる。「こうした対応が、迅速で専門性の高いサポートにつながっている」と赤羽氏は指摘した。

基本は「ほうれんそう」、組織運営もスムーズに

左から唐澤信広中小企業相談所長、赤羽氏、丸山氏、西澤研人経営指導員
左から唐澤信広中小企業相談所長、赤羽氏、丸山氏、西澤研人経営指導員

もちろん外部人材を活用するだけで広域支援は円滑には進まない。丸山氏は、「上田エリア」が注目されている背景について、こんな話をしてくれた。

「人生の中で、これほど濃密にコミュニケーションをとったことはない。そう思うくらい『ほうれんそう(報告・連絡・相談)』を大切にしている。情報を共有する。その風土が醸成されてきた」

以前の活動では、コミュニケーションが不十分な時期もあったそうだ。上田エリアで制度がスタートした時点では、広域専門指導員は1人態勢。その後、2人に増員された。広域指導の歯車がスムーズに回り始めたのは、2018年に2人がタッグを組み始めてからだった。

困ったことがあれば、携帯やメールで遠慮なく連絡を取り合い相談する。それは、広域専門指導員同士の横の連携だけでなく、相談所長—広域専門指導員—経営指導員という縦の連携も密にしている。「そういう組織風土を作ろうとした唐澤所長の尽力も大きかった」と丸山氏。風通しのいい組織づくりが、厚みのある経営指導につながっている。

若手指導員のスキルアップにも貢献

広域専門相談員の拠点となっている上田商工会議所
広域専門相談員の拠点となっている上田商工会議所

広域専門指導員のもう一つの大きな役割は、経験の浅い経営指導員のスキルアップだ。

「各会議所にいる経営指導員は、商工会議所が新卒で採用した生え抜きの職員が多い。商工会議所内の狭い世界の中にとどまりがちだが、経験豊かな外部から風が入ることで商工会議所の中では得られない知見や経験を吸収できる」と唐澤氏は指摘する。

上田商工会議所の入所5年目・経営指導員になって2年目の若手、西澤研人氏は「申請書の内容を読み取る経験値が圧倒的に足りないので、『ここから何が読み取れるのか』と赤羽さんや丸山さんによく相談している」という。

若手の経営指導員が事業者を訪問する際、広域専門指導員が同行することが多い。広域専門指導員と事業者とのやり取りの中で、経営指導で重要な「対話」や「傾聴」のノウハウを実地で学ぶ。赤羽氏は「われわれは、どちらかというとサポーター役。われわれが『どこまで何をすればいいか』という点は永遠のテーマ」と話す。

「事業者との雑談から相手の考えや人柄、スキルを読み取って、どの角度から本題に入るか。事業者からどう情報を収集するかポイント」と赤羽氏。「まずは『習うより慣れろ』。知識は、慣れていく中で備わるもの。それが交渉力や人間力につながる」と丸山氏。経験に裏付けされたアドバイスが若手に刺激を与えている。

唐澤氏は「若手が特に見習ってほしいのは、2人には『ひきだし』が多いところ。聞き出す力もそうだが、専門家や同業者といった人とのつながりも重要な『ひきだし』になる。そこはぜひ学んでほしい」と話していた。

支援企業を訪問

「会社のこれから」を考えるきっかけに 有限会社北沢農蚕機製作所 (きたざわ のうさんき せいさくじょ)

有限会社北沢農蚕機製作所

「息子たちに事業を継がせたいと考えているのだが、どうやって話を進めたらいいのか…」

造園業者向けにプロ仕様の業務用アルミ三脚を製造・販売する北沢農蚕機製作所の北沢政幸代表が上田商工会議所の経営指導員にそんな相談を持ち掛けたのは2021年5月ごろのことだった。商工会議所の活動などを紹介するために会社を訪れた経営指導員と親しくなったことがきっかけとなり、商工会議所のサポートを受けることになった。

左から、北沢政幸代表、三男の康幸専務、長男の武幸氏
左から、北沢政幸代表、三男の康幸専務、長男の武幸氏

北沢農蚕機製作所は、その名が表す通りもともとは養蚕農家向けに蚕が繭(まゆ)を作るために使用する「まぶし」の羽毛を取る機械を製造・販売していた会社だ。養蚕業の衰退とともに果樹農家向けに三脚を製造する事業に転換。頑丈で安定感抜群の「キタザワ」の三脚は、全国の造園業者の間で評判となり、知る人ぞ知るトップクラスのブランドとなっている。

北沢農蚕機製作所の従業員は北沢代表を含め7人。三男の康幸氏が大学を卒業後に入社、専務として北沢代表を支える一方、ゲームクリエーターの仕事をしていた長男の武幸氏は将来の起業に向けて22年1月から父の会社で働き始めていた。三脚は主に会社のHPからメールを通して注文を受けている。SNSのマーケティングに詳しい武幸氏のサポートは販路拡大の大きな後押しとなっていた。そんな姿を見て、政幸代表は「康幸が事業を引き継ぐうえで、武幸が経営のサポートをする形をとれないか」と考えていた。

事業承継は、経営の根幹に触れることも多く、高度なサポートが求められる案件。上田商工会議所では経営指導員とともに広域専門指導員の丸山氏を派遣し、北沢代表の支援にあたった。

「親子の関係はなかなか難しい」と政幸代表はこぼす。なかなか息子たちと会社や家族の将来について腹を割った話ができなかったそうだ。丸山氏は相談を受け、事業承継のコンサルタントと連携し、事業承継に向けた下地づくりに動き出した。

「親子だからこそ難しい意思の疎通を図るため、第三者として自身の将来、会社の今後をどう考えているのか、それぞれにボールを投げた」と丸山氏。経営の現状やそれぞれの考え方などをまとめ、三者会談を開催した。

アルミ三脚の製造現場
アルミ三脚の製造現場

自分の目標に向けて、将来の起業を考えていた武幸氏は、お互いの考えや会社の現状を共有する中で、「最初は会社のことをよく知らないまま自由に意見を言っていた。だが、話し合いの中で、会社のブランド価値が高いことが分かってきた。このブランドを生かしながら自分を高めることができれば、会社のためにも自分のためにもなる」と考え方が変わってきた。

一方、会社で働きながら、映像関係の仕事につきたいという夢を持っていた康幸氏も「会社の存在意義の大きさ、事業を継続することの大切さを再認識した」と語る。今まであまり考えていなかった会社の価値の大きさに触れ、事業承継を真剣に取り組むようになった。

父から経営のノウハウを学び、現在の事業を盛り立てていき、さらに会社の新たな事業として2人の夢の実現を目指す—。丸山氏のサポートを受けながら、そんな方向性が固まってきた。将来の事業承継に向けて、必要な取り組み・課題などをまとめ、タイムスケジュールに落とし込んだアクションプランを策定。現在は、事業承継に向けた取り組みが進んでいる。

「まずは共通認識を持つことができたことが大きな進展。目標に向けて、やるべきことをやっておかないと計画通りには進まない。これからが大事」と丸山氏は話している。本格的な事業承継までには、長いスパンを要する。1年1年、アクションプランの進捗状況を確かめながら、継続的な伴走支援が今後も続けられる。

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