シンガポールで1%の富裕層を狙う
リーマンショックを機に、順調だった銀座黒尊の経営が厳しくなった。そんな折、アジアで日本食マーケットが広がっているという話を聞き、シンガポールを含む東南アジア4カ国を視察した。
2度目の視察で出店を決め会社を設立したのはシンガポールだった。海外進出先国を決める際に、インフラや税制、金融面などを考慮する人は多い。江嶋社長はそれらに加え、その国の歴史的背景や民族なども考慮する。自分の足で全国の漁港を歩き、独自の鮮魚流通ネットワークを構築してきた江嶋社長は、エージェントを利用しない。各国の情報収集も、商社に勤める友人などに自分から話を聞きに行った。海外では飲食店にまつわる裁判も多いことから、どんな司法制度でどのような裁判が起きているのかについてもすべて自分で調べた。国の将来性や税制面のメリット、将来の事業展開を考え、東南アジアのハブ空港のあるシンガポールに決めた。
シンガポールは貧富の差が激しい。日本食を口にできるのは富裕層だけだった。銀座黒尊で培った強みを活かすべく、トップから1%の富裕層をターゲットにした。富裕層は本物の日本食を食べるために来日するほどであり、本物の味を知っている。だからこそ、食事もローカライズせず、すべてにおいて日本流を貫き通すと決めた。
店舗は、高級住宅街の一角にある川沿いにある。土地勘がないため、感覚的に川沿いを選んだという。文明の発祥は川沿いからだということを踏まえての決断だったそうだが、歴史好きな江嶋社長ならではの発想だ。市の中心部からは2kmほど上流にあり、交通の便がよいとはいえないが、美味しい店であれば絶対に人が来ると考えていた。
店づくりには大変苦労した。店舗デザインは、銀座黒尊と同じ著名なデザイナーに依頼したのだが、現地には納得できるような材料もない上に、職人には日本の繊細なイメージを忠実に再現するスキルが足りなかった。そこで、瓦は愛媛から取り寄せ、和紙は土佐和紙を取り寄せ、20坪のカフェテラスを含め80坪の大型店舗が完成した。
最初は日本人をターゲットとしていた。日本人がおいしいという日本食ならローカルの富裕層も食べたいというはずという狙いは当たり、オープン当時客数の9割が日本人だったが、その後日本人とローカルは半々になった。
日本人は接待で利用するが、ローカルは食を楽しむ人たちが訪れる。海外の美食家たちは、美味しい食事をするためにお金に糸目をつけない。銀座黒尊には13mのカウンターに日本から直送された新鮮な魚が並んでいる。自分たちは魚のプロであり、日本の漁港で獲れた新鮮な魚を自信を持って提供するというポリシーに基づく営業スタイルを打ち出している。
注文されない限り刺身の盛り合わせにサーモンは並べない。サーモンを食べるなら黒尊に来る必要はない、というくらいの強気の姿勢で臨んでいる。ローカルの美食家たちには名も知らない魚が刺身として提供されるわけだが、スタッフが英語で丁寧に魚の説明をすると喜んで食べるという。養殖と天然の真鯛の味の違いを理解している人も多く、日本人よりも舌が肥えているのではないかと思うこともあるという。日本の漁港から獲れたての魚を運ぶ流通システムを構築するには苦労もあったが、その甲斐はあった。
黒尊で働く4名の日本人スタッフも、プロとしてのサービスが高く評価されており、値段に関わらずおいしい料理を注文してくれるお客様への接客に非常にやりがいを感じている。
業績がよければ給与も上がるということもモチベーションアップにつながっているだろう。日本を発つ時には2年で帰国できるかどうかを尋ねてきたスタッフですら、今は日本には戻りたくないと言っているそうだ。中には、新たに海外展開店舗への赴任を希望する者もおり、日本の外食では得られないやりがいが彼らの夢を大きくした。
リーマンショックを機にシンガポールに進出した「銀座黒尊」は、日本の魚文化を海外に発信している(シンガポール「銀座黒尊」の店前)