農業ビジネスに挑む(事例)
「金沢大地」有機農家が直接消費者へ届けるオーガニック商品を開発
- 自ら栽培した有機穀物を原料に加工食品を展開
- 地域に愛される商品とする販売戦略
加賀百万石の金沢で有機穀物栽培にこだわり、それを原料に加工食品を製造・販売するのが「金沢大地」だ。
代表の井村辰二郎さんは1997年に脱サラして実家の農業を継いだ。金沢で5代続く農家で米、大麦、小麦、大豆、そば、野菜を栽培する。井村さんは就農するとすぐに有機栽培を目指した。また、栽培の規模拡大と耕作放棄地の再生にも取り組んだ。その動機は、有機農産物の安定供給と有機農業の底上げにあった。
独学で豆腐づくりのノウハウを確立する
元来、井村さんの実家では栽培した米、大麦、大豆のほとんどを農協への出荷していた。また、一部は工業用原料として醤油、味噌のメーカーに販売していた。
「ただ、これからの有機農業は直接消費者に農産物を届け、それにより産地を意識してもらうことが重要」と考えた井村さんは、就農直後に豆腐づくりに挑戦した。300万円で豆腐づくりの設備一式を購入し、自ら栽培した有機大豆と能登産の天然苦汁(にがり)を用いて半年間豆腐づくりに没頭した。
「豆腐づくりの要はどれだけ良い豆乳をつくれるかにあります」(井村さん)
そのためには、大豆を漬水する時間や煮る温度・時間など大豆を煮る技術、およびどれくらいの含有水分率で煮豆を絞るかといった技術が豆乳づくりでは重要になる。
「また、豆乳を固める技術も重要です」(井村さん)
井村さんは消泡剤や添加物などを使用せず、天然苦汁だけで豆乳を凝固させる。天然苦汁は、海水から塩をつくる過程で得られる副産物であり、同じ産地でも季節や年によって品質が異なる。それを勘案したうえで苦汁の投入量やタイミングなどを決めて豆乳を固めて豆腐にする。
井村さんは豆腐づくりにおけるこれだけのノウハウを独学で半年間かけて確立した。また、完成した豆腐は知人を介して生協で販売されるようになり、その後も味噌や納豆などオリジナル商品も開発・製造していった。
ビジネスの成長に伴い法人化
井村さんは豆腐の開発以降しばらく個人事業として加工品を製造・販売していたが、2002年に法人化して株式会社金沢大地を設立し、以降の商品は「金沢大地」というブランドに統一した。そのきっかけとなったのが六条大麦茶の商品化とそれ以降の商品ラインナップの拡充だった。
六条大麦茶は、奈良県の共同購入組合から誘われ、現地の製造者に委託して商品化したものであり、同社にとって初めてのアウトソーシング事業となった。それを機にOEM供給による新商品開発が増え、売上が伸びるとともに受発注や請求書の発行など事務作業が煩雑になった。これだけ事業が拡大すると個人事業のまま取引先(法人)とビジネスするには限界があると感じ、自らも法人化する必要があると判断した。
直営店の開設と共にブランドを拡充
現在、金沢大地の年商は2億5000万円。その販路の内訳はネット通販、直営店での販売、卸・量販店などへの販売に大別できる。また、売上比率はネット通販12%、直営店9%、卸・量販店79%。特にネット通販は2007年に自社サイトに買い物カゴを設けて本格展開し、さらに消費者への直接販売を強化したいと2011年に直営店「たなつや」を金沢市内の近江町市場に出店した。
「6、7年前から地産地消が世の中に広がり始め、当社の商品を地元でも直接買えるようにとの思いから直営店を開店しました」(井村さん)
それまでは東名阪を主体とする営業だったが、地域に愛される商品にしたいと地元スーパーへの営業を強化するとともに直営店を設けて消費者と直接コミュニケーションできる場をつくった。
直営店の開設により商品アイテム・品数をさらに拡充する必要があり、「金沢大地」のブランド以外に「たなつや」という新しいブランドを立ち上げた。「金沢大地」の商品はすべの原料を自前の有機穀物で賄い、一方、「たなつや」は自社原料だけにこだわらず、国産原料および海外の有機原料を使用した商品でもある。現在、両ブランドで260品目・商品を揃え、常時100品目を販売している。
海外にもオーガニック商品を展開する
金沢大地は海外へも目を向けている。2009年、EUと米国のオーガニック認証を取得し、米国には日本酒を輸出している。これは、生産調整を強いられる農家の矜持にかけても米関連製品を海外に出したいと考え、金沢の老舗酒蔵の中村酒造に委託して「AKIRA」という銘柄の有機純米酒を開発したものだ。
欧州でも展示会を通して金沢大地のオーガニック商品をピーアールしている。2010年と2011年にドイツの「ビオファ」(有機製品の専門展示会)に出展。それら展示会をきっかけにスペインの3つ星レストラン「El buli」へ生大豆を輸出し、さらに米国、欧州、中東、中国などへ有機農産物を輸出した。
なお、2011年の東日本大震災以降、残留放射線への懸念から欧州市場への輸出は止まっているが、今年の「ミラノ国際博覧会」(イタリア)とドイツの「ANUGA2015」に出展し、再び欧州へ攻勢をかける。
また、国内販路でも最近は金沢大地のオーガニック商品に新しい展開がみられる。雑貨店など従来にない取引先が増えており、直接食品とは関係のないような店舗でも「金沢大地」や「たなつや」のブランド商品が陳列されるようになってきた。それだけオーガニック商品に対する消費者の興味と関心が広がり始めているのだろう。
それに対して井村さんは、有機栽培の穀物からつくられた安全・安心なオーガニック商品に引き続き、将来的には健康に資する商品も開発してみたいと意欲をにじませている。
企業データ
- 企業名
- 株式会社金沢大地
- Webサイト
- 代表者
- 井村辰二郎
- 所在地
- 石川県金沢市八田町東9番地