100億宣言 成長へのグランドデザイン
若き後継者が完全クロムフリー技術で成長を目指す【豊実精工株式会社(岐阜県加茂郡富加町)】
2026年 1月 26日
メッキは産業に不可欠な技術で、耐食性・耐摩耗性の向上、電気伝導性の確保、装飾性や機能性付与など多様な目的で自動車、電子機器、医療、航空宇宙など幅広い分野で利用されている。特にクロムメッキは高光沢と耐摩耗性で重宝されてきたが、クロムメッキの一種である六価クロムは発がん性などの健康リスクがあるため、世界的に規制が強化されている。豊実精工株式会社は完全クロムフリーによるコーティング技術「ERIN(エリン)」を開発、環境にやさしい技術として普及に力を注いでいる。先頭に立つのは、2025年4月に社長に就任した今泉亮太郎氏。前社長で父の今泉由紀雄会長の思いを受け、若き後継者が既存事業とERIN事業・燃料電池事業などの新規事業で100億企業への成長に挑戦している。
精密加工、組み立て、表面処理で機械産業を支える

豊実精工は1985年に今泉由紀雄氏が岐阜県加茂郡富加町で創業した。産業機械の精密部品加工や組み立て事業を手がけ、工作機械メーカーを主な取引先としていた。1996年にレイデント工業とライセンス契約を結び、高機能表面処理技術「レイデント処理」事業に参画。2005年に中国・大連、2017年にベトナムに製造拠点を設けるなど、海外展開にも踏み出した。部品加工から組み立て、表面処理まで一貫で行える企業は珍しく、日本の機械産業を支える存在として、着実に事業を拡大。現在は国内に6工場・2事業所、海外に3つの現地法人を構える規模となっている。また、スキー場や温泉旅館の経営などの新規事業にも取り組んでいる。
俳優、メーカー、アトツギ? 進路に悩んだ大学生時代
亮太郎氏は子どもの頃、父が立ち上げた会社が小さな町工場だった時代を見て育った。会社が成長するにつれ、周囲から後継者と期待され、学校や塾の先生からも「家の仕事を継ぐなら進路は経営を学べるところだろう」などと言われてきた。実際に大学は経営学科を選んだ。しかし、内心は「継ぎたくない」という思いを抱いていた。周囲からの決めつけに反発したい気持ちや、工場の作業に面白さを感じられなかったからだ。大学4年生の就職活動で、機械メーカーや自動車販売会社などの内定を獲得したが、夏前にすべて辞退した。そして、前から興味があった俳優への道を探るために、芸能事務所の面接オーディションを受け、2社から合格の連絡をもらった。しかし、いざ俳優になる道が開けたときには、「本当に自分にやれるのか」と、ここでも迷いが出てきた。「結局、自分のやりたいことが何かが明確でなく、ふらふらしていたのだと思う。進路を決めかねているうちに、リーマン・ショックが起こり、世の中は激変した。あてにしていた就職先もなくなり、最終的に豊実精工に入社することになった」。今泉社長は、当時の自分をそう振り返る。
ベトナム工場で人生観が激変 アトツギへの決意固める
同社に入社後、米国に行き、大学で英語を習得するとともに、表面処理技術を学んだ。経営者としての覚悟が固まったのは、米国から帰国し、ベトナム工場の立ち上げを任されたことからだった。同社は当時、中国・大連に海外拠点を持ち、国内から中国に生産を移管していた。しかし、中国一辺倒の事業では、国際情勢の変化に対応できない可能性があると考え、チャイナプラスワン戦略として、ベトナムへの進出を考えていた。亮太郎氏は自ら志願して立ち上げの責任者として現地に赴いた。
当初は苦難の連続だった。本社は立ち上げ資金を一部しか貸してくれず、資金調達から始めなくてはならなかった。「父親である社長からの『愛ある指導』だったのだと思う。入社したばかりで経験も乏しかったが、ベトナムで自分の力で頑張ってみろと言いたかったのだろう」と当時を振り返る。不足する資金をシンガポールから高利で借り、何とか表面処理事業を立ち上げた。同時に取引先の開拓にも取り組んだ。現地で採用したベトナム人社員と一緒になって収益が上げられる企業体質にまで育成し、事業を軌道に乗せるのに4年をかけた。この経験が経営者としての自信をもたらした。ようやくアトツギとしての覚悟が固まった。
機械加工事業部長として生産性改革に着手

亮太郎氏はベトナムでの事業立ち上げを終え、2022年に帰国して機械加工部長に就任した。そこで驚いたのは、本社の空気が暗くよどんでいることだった。同社の祖業である精密部品加工は赤字に転落していた。緻密な加工を得意とし、技術力に自信のあった同社の加工事業がなぜこんな事態に陥ってしまったのか。亮太郎専務は加工事業部長に就き、対策に乗り出した。当時同社の加工事業は、取引先からの安値受注に対応するため、中国に事業を移管していた。国内の拠点は、中国で加工した部品の不具合を修正するのが主な仕事となっていた。クレーム処理が仕事の中心では、現場のモチベーションが上がらないのも無理のないことだった。
「国内で利益が出る事業にするには、今まで以上に生産性を上げるしかない」。亮太郎専務はベトナム人を積極的に採用し、現場に投入した。ベトナムでの経験から彼らの優秀さは分かっていた。実際、日本人の社員が4~5人かけてやっていた仕事を、ベトナム人社員は2人でやってみせた。亮太郎部長は日本人の社員に「今のままの仕事のやり方ではだめだ。このままなら、私は今後ベトナム人を採用する。日本人でなければできない仕事を作ってほしい」と訴えた。荒療治とも言えるやり方だった。反発するベテラン社員が退職する事態も発生した。「生きるか死ぬかの改革だった。それでも若い社員はついてきてくれた」。工場長に30代、40代の若手を登用し、改革のけん引役を担ってもらった。取引先との関係も再検討し、赤字受注になっていたところは、頭を下げて取引を断った。一方で新規客の開拓に奔走した。
亮太郎部長の改革で社内が混乱する様子を見て、社長が心配して声をかけてくることもあったが、「とにかく自分に任せてほしい。1年後に絶対やってよかったと思ってもらえるから」と説得した。仕事のやり方を変えるとともに、事業所の環境改善にも取り組んだ。3S(整理、整頓、清掃)活動を徹底し、社員が居心地の良さを感じ、お客が来ても見学してもらえるレベルに改善した。実際、取引先から「会社が変わりましたね」とほめられるようになると、社員の士気も向上し、自発的にやろうという雰囲気が生まれるようになった。結果として機械加工事業部の売上高は拡大し、利益も計上できるようになった。亮太郎部長は2024年に専務に昇格し、本格的に会社経営の中枢を担うようになった。
クロムフリーメッキへの挑戦
機械加工事業とともに、同社を支える主力事業であるレイデント処理などの表面処理事業は堅調に事業を行っていた。しかし、将来には大きな暗雲が立ちはだかっていた。クロムメッキとして国内で広く普及していた六価クロムに規制がかかったのだ。六価クロムは発がん性・土壌や水質汚染への懸念から、各国で飲料水・排水・職場大気中濃度の厳格化が進んでいる。日本では使用自体は完全禁止ではないものの、水質汚濁防止法で排水基準、労働安全衛生法で作業環境濃度など、厳しい管理が義務付けられており、事実上使用が困難になっている。また、欧州では使用そのものが禁止になることから、国内で製造するものでも、欧州輸出品は六価クロムが使えなくなる。同社の大きな事業の柱であるレイデント処理も、六価クロムを用いたクロムメッキであり、代替技術の確立が急務となっていた。
代替技術探しは由紀雄氏が社長時代から取り組んでいた。一般的には六価クロムの代替として三価クロムが候補とされていたが、欧州では将来三価クロムにも何らかの規制強化がされる可能性が指摘されていた。何とかクロム系を使用しないクロムフリーの技術を探さなければ、と目を付けたのが、産業技術総合研究所(産総研)が開発したエアロゾルデポジション法(AD法)だった。AD法はクロムフリーで微粒子材料を基板に高速噴射して被膜を形成するというもの。高い防錆性や耐摩耗性が期待でき、代替技術の候補となりそうだった。しかし、当時は量産化に耐えられる製造技術はなく、被膜性能にばらつきが生じていた。そこで、同社の技術者が産総研に通い、さまざまな条件で被膜をつくり、それを本社に送って性能を検証するという作業を繰り返した。そのなかから、ようやく防錆性や耐摩耗性に優れた条件を見出した。この成果は、2021年6月に産総研が豊実精工との共同開発として「六価クロムを使用しない低環境負荷の機能めっき代替技術を開発-エアロゾルデポジション法で実用レベルの3次元セラミックコーティングを実現-」というタイトルでプレスリリースを行うなど、新規性のあるものだった。国の研究機関と中小企業が連携して生み出した成果という点でも意義のあるものだった。
ERIN事業を将来の成長の柱に

同社は産総研と共同開発したクロムフリー技術を「ERIN」と名付け、事業化に乗り出した。
名前の由来はエリン・ブロコビッチという米国の環境活動家からとった。エリン・ブロコビッチは主婦だったが、地下水の六価クロム汚染が原因で、地元住民にがんなど健康被害が続出したことから、大企業を相手取って集団訴訟をし、巨額の和解金を勝ち取ったことで知られる。後に映画化されたことでその名も世界で知られるようになった。
ERIN事業の拠点として、馬瀬事業所(岐阜県下呂市)、米沢事業所(山形県米沢市)、福井大野工場(福井県大野市)にERINコーティングセンターを設け、被膜加工の受託体制を整えた。最初に関心を示したのは、欧州に進出している日系企業だった。ERIN加工は、通常のクロムメッキと比べて加工単価は2倍以上と高い。しかし、六価クロムの使用が禁止されている地域向けの事業には、クロムフリー技術が求められていた。同社は現状、さまざまな企業からの評価試験の依頼を受け、対応をしている。一方、日本国内で事業を行う企業のERINへの評価は、関心はあるものの加工コスト増大への懸念から、様子見という状況となっていた。ただ六価クロムはひとたび外部に漏洩すると、多大な処理費用が発生する。ある企業は、漏洩した六価クロムが地下水に流入したことから、周辺住民の水道代を全額負担する事態ともなっているという。今後は受託加工に加え、ERIN加工装置を顧客の工場に設置する装置販売・レンタル事業も行っていく。ERIN事業を成長の柱に据え、販路開拓や加工装置のコスト低減など、普及への施策に全力をあげて取り組んでいく。
アトツギ甲子園で中小企業長官賞を受賞

亮太郎専務は、2024年度に中小企業庁が開催した全国各地の中小企業・小規模事業者の後継予定者が、既存の経営資源を活かした新規事業アイデアを競うピッチイベント「アトツギ甲子園」に出場し、中小企業長官賞を受賞した。「ERINでメッキの産業革命を起こす」という訴えが、審査委員に高く評価された。ERIN技術のすばらしさを世の中に伝え、普及をはかるために、自ら動かなければという思いから応募し、見事に栄誉を勝ち取った。「もともと俳優を目指したこともあるので、プレゼンテーションは得意な方かも。でも、実際受賞をすると、自分以上に社員が大変喜んでくれ、仕事への意欲も上がったことが嬉しかった」と言う。受賞後の2025年4月に、38歳で社長に就任し、アトツギから経営者へと歩みを進めた。
ERIN事業・燃料電池事業で100億円企業へ成長
同社は中小企業庁と中小機構が運営する、100億企業成長ポータルサイトで、企業自らが売上高100億円を目指すことを宣言する取り組み「100億宣言」に名乗りをあげた。同社の売上高は2024年3月期時点で34億円。2030年の目標達成に向けて、既存事業の堅実な成長とともに、ERIN事業と燃料電池事業で拡大させる考えだ。燃料電池事業は、太陽光発電パネルや小水力発電といったグリーン電力から水素を製造・供給するというもの。由紀雄会長が中心になって取り組んでいるホテル・観光サービス事業と連携させ、温浴施設へのエネルギー供給などを計画している。
同社は2025年8月に工場内で製品や部品搬送などに使うAMR(自律走行搬送ロボット)の販売にも乗り出した。中小企業にとって最大の経営課題である人手不足対策として、工場の省力化需要が拡大すると見越してのことだ。ただ、そのAMRは中国製だ。自社工場に導入して、実際の使い勝手を確認したうえで、販売提携を結んだ。当初AMRは、自社開発や日本製の活用を検討したが、コスト面や導入後の取り扱いのしやすさから中国製を選択した。中国の技術力は着実に向上していることを実感している。同社が長年付き合っている工作機械業界も、世界最高水準の技術力を誇ってきたものの、AIを採り入れるなど先進的な取り組みで業界をリードする企業がある一方で、このままでは中国に追いつかれ、敗れてしまう企業が出てくるおそれも現実となっている。今泉社長は「日本のものづくりが問われている時代だ。ただ、決して悲観しているわけではない。日本でなければできないものは何なのかを考え、それを実践すれば未来は拓ける」と考えている。100億宣言はものづくりで成長し、世界市場に打って出る同社の決意の表れ。着実に歩みを進めてほしい。
企業データ
- 企業名
- 豊実精工株式会社
- Webサイト
- 設立
- 1985年11月
- 資本金
- 1000万円
- 従業員数
- 260名(2025年4月現在)
- 代表者
- 今泉亮太郎 氏
- 所在地
- 岐阜県加茂郡富加町羽生2146-2
- Tel
- 0574-55-0180
- 事業内容
- 各種産業機械の精密部品加工、各種産業機器の機械設計・組立、薄膜で防錆能力に優れた「レイデント」処理、 耐摩耗性、耐食性、耐熱性、絶縁性を有する常温セラミック表面処理「ERIN」、ホテル・観光事業・飲食店業・輸入雑貨の販売など