あすのユニコーンたち

コーヒーの直取引で世界の生産者に安定した利潤を【TYPICA Holdings株式会社(大阪市中央区)】

2024年 5月 23日

後藤将社長
後藤将社長

世界のコーヒー市場は年率5~6%で成長しており、2030年には7,000億ドルに達するという予想もある。その一方で、コーヒー豆の生産者には零細事業者が多く、貧困状態に置かれている生産者・従事者も多い。エネルギー価格の高騰や地球温暖化で生産の適地が減少するなど、構造的に厳しい状況に置かれている。産地ごとに多彩な風味が楽しめるコーヒーは、人の生活を豊かにする役割を担っている。このまま産地が衰退していく姿を見過ごすことはできないと立ち上がったのが、後藤将氏や山田彩音氏らTYPICA Holdingsの創業メンバーだった。同社は、コーヒー産地と各地のコーヒーショップや焙煎所(ロースター)が直接取引できるダイレクトトレードの仕組みを構築し、何段階もの流通過程を省くことで、産地・購入者双方にとって適正な価格での取引を実現させた。一連の取り組みが評価され、後藤社長は中小機構主催の「第23回Japan Venture Awards」で中小企業庁長官賞を受賞した。

コーヒー豆生産者が報われない産業構造

生産地の気候風土、生産者一人ひとりの手によって育まれたコーヒーには多彩な個性がある
生産地の気候風土、生産者一人ひとりの手によって育まれたコーヒーには多彩な個性がある

後藤社長は起業家として複数の企業の創業に関わり、シリアルアントレプレナーとして実績を重ねていた。ある時、ロースター経営にもかかわるようになった。そこでロースターにはコーヒー豆を産地から直接買い付けたいというニーズがあることが分かった。スペシャリティコーヒーと言われる世界の多種多様な産地の特色のあるコーヒーを楽しみたいという消費者が日本にも増えているタイミングだったのだ。しかし、当時は取引の最低単位はコンテナ1台から。さらに全額前払いでないと売ってくれないなど、一つのロースターだけではリスクが高くて手を出せない。一方でコーヒー豆生産は、もともと奴隷制とともに拡大した負の産業という側面もあった。売り手と買い手の力には大きな隔たりがあることが多く、今もそこから脱却できず、生産者の7割が中小零細でそのうちの約半数は貧困下にあることが分かってきた。後藤社長は「調べれば調べるほど課題があった。しかし、サプライチェーンをシンプルにすれば、生産者の収入を拡大できる方策を見いだせるのではないかという考えが浮かんだ。それが、TYPICAの事業立ち上げにつながった」と当時を振り返る。

生産者とロースターによる直接取引

2024年6月公開予定の新オンラインプラットフォーム「New model」の開発を進めている
2024年6月公開予定の新オンラインプラットフォーム「New model」の開発を進めている

同社の事業モデルは、インターネット上にコーヒー豆の取引プラットフォームを開設し、生産者とロースターをマッチングするというもの。取引の単位は麻袋1つからと、大幅に小型化した。販売価格は生産者自身が決める。生産者が努力していい豆を生産すれば、その価値を評価する買い手に直接販売できるというものだ。

もちろん、最初から事業が順調に進んだわけではない。同社は創業時から登記上の本社は大阪だったが、事業としての拠点はオランダ・アムステルダムに置いた。欧州はコーヒー豆市場の約4割を占めており、そのなかでもオランダはヨーロッパ最大の貿易量であるロッテルダム港があり、コーヒー豆物流の中核拠点として相応しい。さらに産地であるアフリカや中南米にもダイレクトに行ける地の利もあった。最初に取引相手の産地として目指したのは、エチオピアだった。エチオピアはコーヒー発祥の地と呼ばれるところ。手始めに後藤社長ら創業メンバーは、現地の生産者に手当たりしだいに連絡した。しかし、最初は全く何の反応もなかった。実績もない日本人が突然やってきて、コーヒー豆のダイレクトトレードをやると言われても、すぐに信用されないのも無理はなかった。それでも、あきらめずに一軒一軒説得していくと、思いに共感する人が一人また一人と増えていった。他方、買い手の開拓は、もともと日本全国のロースターに、ユニークなコーヒー豆を買いたいというニーズがあるのは分かっていた。買い手が最も気にしたのは、求める品質の豆がきちんと供給されるのかということだった。そこで、同社は万一品質不良の品だった時は100%返金することを明言し、買い手を安心させた。同社自らがリスクをとり、小さなビジネスとして始めた。

39カ国に流通市場を拡大

ボリビアで自然環境にやさしいコーヒー生産を行っているナシアさん。TYPICAのプラットフォームで販売量が増加し生産も拡大した
ボリビアで自然環境にやさしいコーヒー生産を行っているナシアさん。TYPICAのプラットフォームで販売量が増加し生産も拡大した

生産規模が小さくて、これまでコーヒー取引の市場に登場しなかった希少な豆も、同社のプラットフォームであれば販売することができる。通常のコーヒー豆の取引は先物市場の変動に影響を受ける不安定さがある。同社のプラットフォームでは、販売価格を生産者が決められるのも、コーヒー取引の世界では画期的なことだった。生産者は頑張れば頑張っただけの成果を得ることができる。取引は国を超え、アフリカのケニア、タンザニア、中南米のボリビア、グアテマラなどへ着実に拡大し、プラットフォームは成長を続けている。これまでに32カ国のコーヒーを39カ国に流通可能なネットワークを構築し、実績として28カ国の生産者のコーヒー豆を27カ国のロースターに販売してきた。生産者の収入は平均で約2.2倍以上に拡大し、中には35倍になった例もあるという。最初は半信半疑だった生産者も近隣の同業者の成功を見て、続々と参加するようになっていった。

後藤社長は「生産者の努力でコーヒー豆の品質を高くできたこと、品質の保証制度を作ったこと、麻袋単位という小口化をしたことが成功の要因としてあげられるが、それと同時に生産者を取り巻く状況や、おいしいコーヒー豆づくりにどれだけ努力しているかといった顔の見える情報をきちんと提供し、それをロースターが理解して、長期的に取引される関係性の構築を応援したことも大きい」と指摘する。同社のウェブサイトには、生産者一人ひとりが、コーヒー豆づくりにかける思いがつづられており、その豆を購入できるロースターがどこにあるかも細かく紹介されている。エシカル消費やナラティブ消費を実践している。

規模と質両方で世界1に

エチオピアで収穫されたアラビカ種のコーヒーチェリー。アフリカンベッドと呼ばれる乾燥台で天日干しされる
エチオピアで収穫されたアラビカ種のコーヒーチェリー。アフリカンベッドと呼ばれる乾燥台で天日干しされる

同社の今後の目標について後藤社長は「コーヒーの主流品目であるアラビカ種の約3分の1をダイレクトトレードにしたい。それによって中小規模の生産者の収入向上を実現し、貧困や人権問題の解決に貢献する。そして、当社はコーヒーのダイレクトトレードにおいて、規模でも質においても世界1になる」としている。同社は2030年に目標を達成させるために、バックキャスト方式で毎年の事業に取り組んでおり、困難なことは多いが達成の道筋は具体化されてきているという。さらに、後藤社長は「当社と競合する企業が出てくることを望んでいる。それによって切磋琢磨すれば、さらに業界全体の品質が高まっていくから」と、今後の市場の競争激化も覚悟している。

後に続く起業家へ

TYPICAは現在、オランダ、日本、韓国、台湾、米国の5カ国に拠点を持ち、グローバルな事業展開をすることで、自社がもたらすソーシャルインパクトの最大化を追求している
TYPICAは現在、オランダ、日本、韓国、台湾、米国の5カ国に拠点を持ち、グローバルな事業展開をすることで、自社がもたらすソーシャルインパクトの最大化を追求している

後藤社長はさまざまな企業の経営に関わってきた経験から、起業を目指す人たちにもアドバイスを送る。「何のために起業をするのかを良く考えてほしい。もし、社長になりたいとか、金持ちになりたいといった自分のためだったら、きっと途中でがんばれずにさぼってしまうだろう。起業には多くの困難が待ち受けている。自分の事業が困っている人のためになる、もっと人を喜ばせることができるという目的になっていれば、大変だけれども続けていける原動力になる」と起業の志を説く。さらに、「投資家を選択することも重要」と指摘する。「一過性の利益を求める投資家をパートナーにしてはいけない。自分たちの志に共感して、いかに実現させていくかを一緒に考えてくれるような相手を探してもらいたい。幸い自分はそういう理想的な投資家たちと巡り合えた。日本は国をあげて多くの起業家を創出しようとしているが、そのためには、志をともにし、企業の成長を長い目で応援していく投資家が欠かせない。そうした投資家を評価して育成していくことこそ、政府の役割だと思う」。

企業データ

企業名
TYPICA Holdings株式会社
Webサイト
設立
創業2019年11月 、設立2020年8月
資本金
3,059,602,207円(資本準備金含む)
代表者
後藤将 氏
所在地
〒 542-0081 大阪市中央区南船場4-12-8 関西心斎橋ビル8F
事業内容
世界のコーヒー生産者とロースターが、ダイレクトトレードできるオンラインプラットフォームの運営
問い合わせ
https://typica.jp/contact/