経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

「エール株式会社」新しい時代の働き方を実現するために

エール株式会社は、人材業界初となるクラウド型1on1サービス(サービス名:YeLL)を提供している新進気鋭のベンチャー企業である。近年は価値観の多様化に伴い、強固な組織形成が難しく、人材不足、退職リスクなどに頭を抱える企業が増加している。そのような状況を打破し、社会全体で人を育成する土台を作ろうとしている。エール株式会社は、人材育成という抽象的なビジネスをデータ化することで顧客から高い評価を受けている。本記事では、どのように事業を進めているのか、その核心に迫る。

この記事のポイント

  1. 儲けよりも社会的意義を優先した事業展開
  2. たった6時間で、働き方の価値観を変えてしまうサービス
  3. コミュニケーションの変化を定量的に分析
  4. 自社サービスを超えた人材支援プラットフォームを構築
YeLLでは「働くををおもしろくする」ビジョンを掲げている

時代のニーズにマッチした、人材支援サービスを提供する

現在、ひとえに「働き方」と言っても、非常に多様な価値観が存在するようになった。特に「やりがい」「副業」などのキーワードが無視できない存在になってきた。このような社会変化を受けて、エール株式会社(以下、YeLL)は「楽しくチームを強くする。そして、働くをおもしろくする」をビジョンに掲げ、立ち上げられた組織開発・人材育成コンサルティング企業である。

YeLLでは、「クラウドサポーター(以下、サポーター)」と呼ばれる社外の人材と業務委託契約を結び、顧客と1対1のコミュニケーションをとり、組織・チームのパフォーマンスを向上させるサービスを展開している。サポーターは主に紹介やYeLL主催のイベント参加で興味をもった人が多く、1回30分の電話セッション単位で、報酬が支払われる仕組みになっている。

サービス概要図(サポーターが担当者として継続的に1on1ミーティングを行う)

このサービスの最大の特徴は、サポーターの存在である。YeLLのサポーターは単なるコーチング集団ではなく、以下のような特徴がある。

  • YeLLのミッションに共感している人たち。
  • 人の役に立つことに生きがいを感じている人たち。
  • 60%をサラリーマンが占めている。

代表取締役の櫻井氏は社会の多様性を考えた際に、1つの企業内での人材育成には限界があり、企業の枠を越えた人材育成のプラットフォームが必須になると予測した。加えて、いま企業の中で、働く人のやりがいを高めていくためには、利害関係のない第三者の関わりが必要だと考えた。そして、第三者として関わる人に求められるのは、人の可能性や人生を心底信じることであり、通常ビジネスで重視されるスキル・知識はプラスαの要素。そんな考えから、YeLLの目指すビジョンに共感をしてくれているかを大切にしてサポーターを集めてきた。櫻井氏はサポーターを募る際に、スキル・知識といった「How」「What」ではなく、常に「Why」(なぜこのサービスをやるのか)を伝えるように意識をしている。結果、YeLLにはそのビジョンに共感したサポーターが集まっている。

現在、人手不足の深刻化によって人材採用は困難になりつつあり、企業は若手の早期育成がより重要になってきている。しかし、給与アップによる採用人数の増加やトップダウンによる人材育成のような短期的施策では限界がある。組織をもっと強くしていくためには、企業理念に共感を覚える人材の育成や自発性を重要視する企業文化の醸成などの長期的施策にも力を入れなければいけない。YeLLのサービスが高評価を受けている理由も、ビジョンに共感するサポーターを集めているためであると考えられる。

Yell・櫻井 将代表取締役

価値観や考え方を大きく変化させるサービス実績

では、YeLLが提供するサービスに対してのコメントを一部紹介する。

(1)入社6~7年の中堅社員は、大役を任されていた。しかし、その責任の大きさからメンタル面での不安も大きかった。

「忙しい上司には、相談できないような気持ちの面の不安や心配事をサポーターには相談できました。また、定期的に仕事の進捗を他人に説明することで、思考整理ができました。」

(2)50代のベテラン社員は、仕事でのパフォーマンスが低下していた。定年が見え始め、仕事への情熱が冷めていた。

「自社内では話せないようなナイーブな話を聞いてもらえた結果、自分の中で大事にしている価値観に気付くことができ、おかげで自信をもつことができました。会社を成長させるため、自分の人生をステップアップさせるための財産になりました。」

サポーターのサービス期間は、1週間に1回30分の電話セッションを実施し、3ヵ月を1クールとする、トータル6時間のやり取りだ。このたった6時間で、人の考え方や価値観を変えるほどの効果を発揮している。

また、ある企業ではYeLLのサービスを導入した部署と導入していない部署を「働きがいのある会社ランキング(GPTW※)」の指標で比較したところ、サービスを導入した部署において顕著にGPTWが高くなっていた。

※GPTW(Great Place To Work)とは、「働きがい」に関する調査・分析を行い、一定の水準に達している会社や組織をメディアで発表する活動を世界50カ国で実施している専門機関。

このような実績が出せているのは、上述した人の可能性を信じて関わることのできるサポーターの存在に加え、勘や経験則ではなく、YeLL独自のデータ分析に基づいた精度の高いマッチングを行っているためである。すなわち実施者とサポーターに独自のアセスメントを実施し、実施者に対し最も相性のよいサポーターを割り振っている。このマッチングにより、サポーターはありのままの自分でセッションを行うことができる。

顧客となる実施者とサポーターのデータに基づくマッチングを行うことにより、サポーターのトータルモチベーション指数は非常に高い数値を示している。

トータルモチベーション指数とは、仕事に対する総合的な動機づけを数値評価したもので、6つの項目(楽しさ、意義、成長可能性、心理的圧力、経済的圧力、惰性)から、数値を計算する。図のように、サポーターは「意義、楽しさ」の数値が高い。このことから、このサービスが実施者のみならずサポーター自身にも「働きがい」をプラスにするような影響を与えていることが分かる。

性格特性データに基づいたマッチングにて、サポーターを割り振っている
大企業では経済的な動機が多いのに比べ、サポーターは意義などの動機が高い傾向となっている

コミュニケーションの定量化に挑戦

YeLLの強みは、サポーターの特徴やマッチングのほかにもう1つある。それがコミュニケーションという定性的なものを定量化している点である。

上司部下の1対1の面談内容は、ブラックボックスとなることも多い。一方、YeLLでは、実施者へのアンケート調査(自身の変化具合やサービス満足度など)を行い、さらに音声データやテキストデータを解析することで、組織状況の可視化(プレゼンティーズムや会社満足度など)を行い、人事部門や組織長に対してのフィードバックを行っている。

1on1ミーティングの重要性を認知している企業は多いが、実際に記録を残し、分析している企業は少ない。専門的な分析は難しくとも、継続的なミーティングの実施や、簡単な数値化(タスクの進捗具合、自身のやる気、達成感などを10段階評価にするなど)を実施することで、チーム内の状況を客観的に分析することが可能となる。

クラウドサポーターを超えたサービス展開に挑戦

直近ではサポーターのいない新しいサービス展開も始まっている。これは企業側からも人材育成の観点から副業を容認し始めたニーズに合わせたサービス展開となる。企業の人事公認でYeLLのサポーターを副業認定していく取り組みだ。各企業のミドルマネジメント層がサポーターとなり、ほかの企業に対してサポーター活動を行う。このモデルが広がると、より迅速なサービス提供が可能となる。そして、関わった企業がこのサービスを通して成長すると、最終的に日本全体の人材育成に貢献できると、櫻井氏は考えている。

サポーターの存在が絶対的な強みとなる一方で、共感してくれる人を集めるためには時間と手間が必要となってしまう。より短期間でYeLLの価値を広げるためにも、この新しい取り組みが、次の成長への重要なステップとなると櫻井氏は期待する。強い組織を作っていくためには、組織のビジョンに共感する人を集め、組織の見える化を継続的に実施することが重要性であることYeLLの事例は示唆している。

企業データ

企業名
エール株式会社
Webサイト
設立
2013年6月
資本金
2,542万円
従業員数
6名
代表者
吉沢 康弘(CEO)、櫻井 将
所在地
東京都品川区大崎1-20-8

中小企業診断士からのコメント

昨今の「副業ニーズの高まり」には、収入減の確保だけではなく、自己研鑽ツールとしての側面にも期待が寄せられている。自社では経験できない働き方や稼ぎ方は、会社にとっても大きな資産となる。サポーターとして参画することで、傾聴スキルや他業界の悩みといった情報やノウハウを手に入れることができる。

YeLLの事業拡大の裏には、上記のようなニーズに合った事業展開に加えて、人材育成という抽象的なものをデータ化することで、顧客にもわかりやすいフィードバックができているためであると考えられる。

人材育成に悩む企業は多い。高度なデータ活用でなくとも、日常のコミュニケーションを記録することで、新しい打開策が見えてくる可能性がある。

坂本 敦史