人手不足を乗り越える

バングラデシュの就職難と宮崎のIT人材不足 課題解決に向けて産学官連携【株式会社ビーアンドエム(宮崎県宮崎市)】

2024年 11月 5日

「外国人材の雇用に一歩踏み出してみてほしい」と話すB&M取締役の荻野紗由理氏
「外国人材の雇用に一歩踏み出してみてほしい」と話すB&M取締役の荻野紗由理氏

バングラデシュのIT人材の日本就職に向けた教育提供と、宮崎市内のIT企業などとのマッチングプロジェクト「宮崎-バングラデシュ・スタイル」が展開されている。バングラデシュの就職難と宮崎の人手不足を解決しようと宮崎大学や宮崎市など産学官連携で立ち上がったもので、外国人材と地元企業とのコーディネートを行っているのが株式会社ビーアンドエム(B&M)だ。同社取締役の荻野紗由理氏は「外国人材を雇用することで人手不足の解消だけでなく、事業に広がりも出てくる」として、中小企業の経営者に対し、外国人材活用に向けて一歩踏み出すことを呼び掛けている。

2017年スタートのJICA事業、宮崎大学とNSUが承継

「宮崎-バングラデシュ・スタイル」のスキーム
「宮崎-バングラデシュ・スタイル」のスキーム

プロジェクトは当初、「宮崎-バングラデシュ・モデル」との呼称で2017年にスタート。国際協力機構(JICA)とバングラデシュ政府が協力し、首都ダッカで高度IT人材の育成と日本企業への就職支援を目的としたプログラム「B-JET」を実施していた。B-JET受講生のうち宮崎市をはじめ宮崎県内の企業への就職内定者はその後、来日して宮崎大学で日本語とITインターンシップを受講し、入社に向けて準備を進める。また、宮崎市内のIT企業に就職した場合には受け入れ企業に対して同市から補助金が交付される。

2020年にJICA事業としてのB-JETが終了すると、宮崎大学と現地のノースサウス大学(NSU)が承継し、翌年からはプロジェクト名を「宮崎-バングラデシュ・スタイル」に変更。NSUで5カ月、続いて宮崎大学で3カ月、B-JETを受講したバングラデシュ人の就職支援を引き続き行っている。こうした産学官連携のプロジェクトにJICA事業当時から関わっていたB&Mは、受講生と企業をマッチングさせる人材紹介事業を手掛けている。「バングラデシュではIT人材が豊富で、しかも英語のレベルも高いが、受け皿となるIT企業が少なく就職難。IT人材不足に悩む宮崎の企業に就職させることで、バングラデシュと宮崎双方の課題解決につながる」と荻野氏は話す。

東京からUターン、父親の事業立ち上げに参画

バングラデシュでの面接に備えるB-JET受講生
バングラデシュでの面接に備えるB-JET受講生

この国際的なプロジェクトが宮崎を舞台に展開されているのにはワケがあった。荻野氏の父で、ITを活用した教育事業を行う教育情報サービス(宮崎市)の代表取締役だった次信氏が親日国であるバングラデシュでのIT人材育成に関わる事業を立ち上げたのが、そもそもの始まりだった。次信氏の幅広い人脈から話は広がり、留学生を受け入れたいとする宮崎大学、IT企業の誘致に力を入れる宮崎市役所、さらにJICAも巻き込む形になった。それまで東京都内のIT企業で働いていた荻野氏は、プロジェクトに加わるため、出身地である宮崎市へUターンし、父親の会社に転職。人材紹介という新たな事業を始めることなどから、教育情報サービスとは別会社のB&Mが2016年に設立された。2018年に同社代表取締役に就任した荻野氏は、産学官連携のスキームにおいてコーディネーターの役割を果たしてきた。

この宮崎独自のプロジェクトには国内各地から関心が寄せられ、多くの自治体や学校関係者らが視察に訪れている。しかし、それぞれの地域で産学官の足並みがそろうことは珍しく、同様のプロジェクトがスタートした事例はほとんどない。ようやく今年度から長崎県が宮崎のスキームを活用する形で、NSUのB-JET受講生を長崎大学で受け入れることにした。「プロジェクト立ち上げに向けて話し合っていた当時、大学にも市役所にも熱量を持った人たちがたまたま顔をそろえていた。そのタイミング、その顔ぶれだったからこそ宮崎で実現できたと思う」と荻野氏は振り返る。

なお、荻野氏は今年6月、次信氏の後任として教育情報サービスの代表取締役に就任し、B&Mでは取締役としてプロジェクトへの関与を続けている。今後は、まだ漠然とではあるが、IT以外の分野での人材育成やバングラデシュ以外の国々での展開なども考えているという。

市内のIT企業など26社へ78人をマッチング 9割が外国籍社員を初採用

宮崎空港での出迎え(写真上)と宮崎大学でのオリエンテーションの様子
宮崎空港での出迎え(写真上)と宮崎大学でのオリエンテーションの様子

2017年にプロジェクトが始動して以降、これまでに26社へ78人のバングラデシュ人のマッチングを支援した(今年7月現在)。採用した企業の多くは宮崎市内に本社か研究拠点を置くIT企業だが、宮崎市以外の企業に雇用されたり異業種の企業でIT担当を任されたりするケースもある。そして、9割ほどの企業は過去に外国籍社員の採用実績がなかった。

雇用した企業のうち、宮崎市内に研究開発拠点「R&Dセンター宮崎」を構えるIT企業、スカイコム(東京都千代田区)では、バングラデシュ社員に対し、企業側の負担で日本語能力のレベルアップをサポートしている。また、彼らが関わった案件について特許を取得し、在留資格を通常よりも優遇される高度専門職へ変更しやすくなるよう配慮している。現在8人のバングラデシュ人が働いており、なかには、バングラデシュで行うB-JET受講生の採用面接の際に同席するバングラデシュ社員もいる。

また宮崎県延岡市の電気工事会社、岸田電業では、資材などの管理システムの構築を2021年4月入社のバングラデシュ社員に担当させている。「社長自らが日本語を教えたり、たびたび声をかけたりして、温かく受け入れている雰囲気を醸し出している」と荻野氏。本人も地元でバドミントンや空手を習うなど日本の生活になじんでいる様子だという。このほか、宮崎県内のIT企業の人事担当者からは「日本人にはないエネルギーをもらっている」との声が聞かれる。担当者はB-JET受講生の面接を行っており、「彼らはエネルギッシュで、その熱意が面接の際に伝わってくる。こんなにワクワクすることはない」と話しているという。

4割が転職・帰国 成功のポイントは「経営者の姿勢」

日本、バングラデシュの民族衣装を身にまとって交流
日本、バングラデシュの民族衣装を身にまとって交流

もちろん、うまくいっているケースばかりではない。「入社した企業が使用している技術が古く、このままでは新しい技術についていけなくなるのではと不安になる」「日本語で書かれた書類ベースの仕事が多く、自分の日本語能力では思うように仕事ができない」などといった不安や不満が聞かれ、これまでに就職したバングラデシュ人の4割ほどが最初に入った企業を辞めている。「4分の3ほどは高い報酬が得られる東京の企業など国内で転職し、残りが帰国している」(荻野氏)という。

こうしたケースを踏まえ、荻野氏は成功のポイントについて「まずは経営者の姿勢。現場や担当者任せにせず、経営者自らがコミットすることが大事」という。実際、社長が主体となって日本語を教えたり、常日頃からコミュニケーションを取ったりする企業で定着率が高い傾向にある。また、先進国である日本と途上国という違いから“上から目線”が起こりがちだが、「相手や国に興味を持ち、対等の立場で接することが大事」とも。

さらに日本語能力については企業側の姿勢や取り組みで工夫できることがあるという。「彼らの日本語学習をサポートしたり、逆に日本人社員が英語など外国語を使用したりする企業で活躍する傾向がある。高い日本語能力を求めるのであれば、そのレベルに達している人を採用するか、企業としてしっかり支援することが必要」。その一方で、IT関係では英語で書かれた情報が圧倒的に多い。「英語能力が高いバングラデシュ社員が最新の情報を得て企業の業務に役立ったという例もある。日本人の代わりになる人材ではなく、英語や技術力の高い外国人材を採用する、という考えに立ってもらいたい」と荻野氏は話している。

外国人材雇用で海外展開など事業の広がりの可能性も

社名はバングラデシュ(B)と宮崎(M)のイニシャル
社名はバングラデシュ(B)と宮崎(M)のイニシャル

宮崎に限らず日本国内ではIT人材不足がさらに深刻化するとみられる。人手不足の解決策を見出せないでいる中小企業の経営者に対し、荻野氏は「ぜひ外国人材の雇用に一歩踏み出してみてほしい」と呼び掛ける。とくに中小企業の場合、経営者の判断を間近で目にすることができる。「外国人材にとっては自身のキャリアアップや成長につなげていくうえでいい環境であり、中小企業の強みともいえる」。

さらに、「外国人材からは日本人とは異なるエネルギーがもらえるし、海外展開を考えるきっかけにもなる」とメリットを強調する。「外国人材を雇用することで事業の広がりが全然違ってくる。ボヤっとした不安で雇用を躊躇するのではもったいない。とりあえずやってみよう、というチャレンジ精神を持つといいのでは」と話す。

企業データ

企業名
株式会社ビーアンドエム
Webサイト
設立
2016年7月
資本金
500万円
従業員数
2人
代表者
荻野なおみ 氏
所在地
宮崎県宮崎市橘通西3-10-36 ニシムラビル6F
事業内容
有料職業紹介