近藤社長の父で現会長の典彦氏が、不要になった自動車を解体し、部品を再生・販売する事業を始めたのは1969年。日本の中古車部品は高品質であるため、特に海外で人気が高く、これまでに約90カ国への輸出実績を持つ。ただ創業当時は〝解体屋〟などと呼ばれ、職場環境は「きつい、汚い、ヤンチャ」といったイメージが強かったという。
地球環境への関心が高まった90年頃にリサイクル業として認知され、2005年に完全施行された自動車リサイクル法により、環境に優しく安全な解体方法が仕組み化された。しかしアジアやアフリカなどの途上国では、使用済み自動車が放置され、廃油や鉛による土壌汚染や廃プラスチック・ガラス・タイヤの不法投棄が社会問題になっていた。
このため、環境に配慮した自動車リサイクルの海外展開に着手。国際協力機構(JICA)の委託を受け、07年に本社工場隣に国際リサイクル教育センターを開設し、国内外の研修生に対して技術・知識を授ける。ブラジルやインドなどにリサイクル工場を建設し、解体ノウハウを提供するほか、マレーシア政府の自動車リサイクル政策立案をサポートしている。
また中古エンジンなど中古部品の規格基準「JRS」(国際規格PAS777)を策定。アラブ首長国連邦(UAE)に設立した子会社で日本製中古部品のオークションを開くほか、タイ、ケニア、ナイジェリアなどの合弁会社を通して規格に適合した部品を販売する。
一方、世界の市況に応じた部品販売価格と解体にかかる工数をもとに、解体した車両1台あたりの収益性を分析できる「KRAシステム」を開発。同業他社にも使用を開放した。提携する同業他社は59社に上り、仕入れ価格の適正評価や相場作りに取り組んでいる。
これらが評価され、17年に国連開発計画(UNDP)が主導する「ビジネス行動要請(BCtA)」に、日本の中小企業・静脈産業として初めて加盟が承認された。BCtAは長期的な視点で商業目的と開発目的を同時に達成するビジネスモデルを構築し、SDGsの達成を促すことを目的とした世界的な取り組み。顧問に迎えた金沢工業大学の平本督太郎SDGs推進センター長の助言を得て、事業活動全般をSDGsの各目標と関連付けて整理した。