あの人気商品はこうして開発された「食品編」
「甘熟トマト鍋」社内から酷評だった味の本当の狙い
それは常識の壁をぶち破る鍋つゆだった。よせ鍋、ちゃんこ鍋、水炊き—日本で人気の鍋料理はすべて和風味だ。鍋料理は和のもの、それが常識だった。が、その既成概念を一変させる鍋つゆが発売された。カゴメの「甘熟トマト鍋」。
周囲の誰もが示した疑心暗鬼をみごと覆し、ヒット商品を世に送り出した。その開発ストーリーとは…。
かつて味わった苦い経験
家庭で手軽にトマト鍋を楽しめる商品として「甘熟トマト鍋」(315円)が発売されたのは2009年7月末。そのきっかけは1年前の08年春のことだった。
当時、鍋つゆ市場は好調だった。しょう油味、みそ味など伝統的な味に加え、キムチ、カレー、豆乳、ゴマなど新しい味も市場で注目を浴びていた。それを傍目にカゴメの商品開発部隊も、鍋つゆ商品でなにか仕掛けられないかと考えていた。
商品企画部食品グループの石岡大輔さんは振り返る。
「当時の鍋つゆ市場を調べてみると、さまざまな味のつゆがひしめいていました。従来なら考えられないカレー味の鍋つゆも売れていた。ならばトマト鍋だってチャンスがあるのではないか。もう一度、市場を冷静に分析してみよう。それが商品開発のキッカケでした」
「トマト鍋だってチャンスがある」
「もう一度、市場を冷静に分析してみよう」
その言葉の裏にはかつての苦い経験が隠されていた。それは03年、カゴメが世に問うたトマトテイストの鍋つゆ「海鮮イタリアン鍋スープ」が、全国発売後わずか1年で市場から撤収せざるを得なかった苦い経験だ。海鮮イタリアン鍋スープは30~40歳代の主婦をターゲットとし、休日の夕食などパーティ・イベントで食すという華やかさを売りとしていた。
「しかし、いまの市場をよく見てみると、料理をするお母さんにとって便利な食品だから鍋つゆがよく売れている。つまり、鍋料理はなにか特別な日のためのものではなく、ごく普通の日常の料理ということ。しかも、鍋なら家族が野菜をたくさん取れる。栄養のバランスからみてもお母さんにとって好都合な料理なのです。さらには食前の準備と食後の洗いものも簡単にできますからね」
それに比して海鮮イタリアン鍋スープは商品自体の価格が高く、レシピ提案した具材もエビやハマグリなど高価なものだった。また、食べるシーンとして掲げた「ワインを飲みながら」というコンセプトもいま考えれば非日常的だった。
鍋つゆ3つの条件とは
08年に鍋つゆ市場を分析した結果、石岡さんは商品に求められる3つの条件を導き出した。
●1つの鍋を前に、家族そろって食べられる
●野菜をたくさん食べられる
●簡単でおカネがかからない
この3つの条件を満たす商品がよく売れている。
また、鍋料理は家族で食べるのが前提。そして多くの場合、家族には子どもがいる。さらに子どもに好まれる鍋はよく売れる。そんな三段論法が成り立つ。その典型が08年に市場にリリースされたカレー味の鍋つゆ。カレー鍋つゆがよく売れるのは、子どもに受けていたからだった。
さらに仔細に分析すると、子どもは基本的に鍋料理があまり好きではない。特に野菜の香りや味が強く残る水炊きは好まれない。つまり子どもにとって、よせ鍋や水炊きは大人に合わせて我慢して食べているにすぎないということだ。
「鍋料理は、大人が好きだから子どもも仕方なく食べるというものと、子どもが好きなので大人もそれに合わせて食べるというものに二分されます」(石岡さん)
そして市場には圧倒的に前者の商品が多かった。
しかし、果たして市場はそのままでよいのだろうか?子どもが好む味の商品で鍋つゆ市場に参入できないだろうか。しかも、カゴメが得意とするトマトの味覚を活かして。ただし、海鮮イタリアン鍋スープと同じ轍は踏まない。まったく新しい味のトマト鍋をもってして商機を見出せないか。08年、そう考えた開発部隊は鍋つゆ商品の新たな切り口を探し始めた。
いっそトマトケチャップで…
トマトの味覚を活かした商品。目標は定めたものの試行錯誤が続く。トマト味をしっかりと訴える商品とするため、濃いトマト味のつゆに仕上げる。また、そのつゆが滲み込んで野菜もおいしくなる。そのためにはトマトソースの味づくりからアプローチしなければならないが、それがどうにも難しい。どうやっても味が薄すぎてしまうのだ。いくら煮込んでも、ソースがしっかりした濃さにならない。市場に出回っている鍋つゆは、いずれも濃い味に仕上がっており、それによって具材をおいしく煮込んでいる。
ヒントを求めて市中のレストランにトマト鍋を食べに行く。トマトやニンニクがしっかり煮込まれているのでつゆが濃厚でおいしい。なんとかしてこのような味を家庭用の商品でも提供できないか。しかし、原価は限られる。濃厚な味をつくるためにふんだんにダシを使ってしまえばコスト高になってしまう。でも妥協するわけにはいかない...。
それまで何度も何度も試作品にダメ出しを続けてきた石岡さんに、商品開発の責任者は業を煮やしたようにある断を伝えた。
「コストバランスからみて、トマトソースをベースにした鍋つゆづくりをこれ以上やるのは難しい。いっそカゴメが得意とする洋風トマト調味料を応用してみたらどうか」
さまざまな食材やダシを使ったトマトソースづくりではなく、トマトケチャップをベースにつゆをつくろうというのだ。日本のトマトケチャップのパイオニアでありながら、さすがにこの発想にはだれも気づかなかった。
そしてやってみる。と、「これだ! 美味い、これならいける」と目から鱗が落ちるような結果が生まれた。
こんなもの売れるわけがない
トマトソースづくりで2~3カ月間悩みっぱなしだった石岡さんは、これでようやく愁眉を開き、あとは一気呵成に試作品づくりを進めた。コク甘味の強い南欧産完熟トマトを5個、それにチキンブイヨン、パルメザンチーズなどを加え、半月もしないうちに試作品を完成させた。洋食の象徴であるトマトケチャップの味覚をもって表現した鍋つゆだ。
ところが、商品化の検討会議における役員や社内の試食会での営業部門の評価はさんざん。
「なんだ、この味は。甘過ぎる。こんなもの売れるわけがない」
激しい拒絶反応。荒々しい酷評が石岡さんたちを容赦なく襲いかかる。しかし、コンセプトは子どもによろこんで食べてもらう鍋つゆだ。しかも、試食で評価しているのはすべて大人だ。そこで石岡さんは提案する。
「まずはご自宅に持ち帰って、お子さんやお孫さんに食べてもらってください。そして、その反応を確かめてから、商品化の断をお下しください」
日をおかずして結果が返ってくる。
「子どもたちは、美味いというんだ」「うちの孫も、喜んで食べるんだよ」
自身の子や孫の反応をみて役員や社員の考えも変わり出したようだった。が、それでも新商品に対する不安が完全に払しょくされたわけではなく、半信半疑ながらも経営陣から商品化のゴーサインが出された。
予想以上にユーザー層が拡大
ところが、発売後間もなくで品薄状態に陥るほど「甘熟トマト鍋」はヒットした。しかも、発売前から流通業界の評価は上々だった。というのも甘熟トマト鍋は洋風鍋のため、既存の和風鍋とは違ってウインナー、タマネギ、ニンジン、キャベツなど、これまでの鍋料理とは異なった具材が使われる。それによって鍋料理の具材の幅が広がり、売行きのアップにつながるからだ。
発売直後に各種メディアが取り上げると、それが口コミでさらに広がり、ついには生産が追いつかなくなり、1カ月ほどの品薄状態に陥った。その要因は、ターゲットユーザー以外から得た支持が大きい。というのも、パッケージでも強調しているように、甘熟トマト鍋はウインナーが大好きな子どもへの訴求を図っており、当初のメインターゲットは4~5歳くらいの幼児だった。そして、その狙いはピタリと当たったのだが、それ以上にユーザー層が広かったのだ。実際、幼児や児童のみならず、中学生、高校生のいる家庭もヘビーユーザーになっていた。
09年7月に発売した甘熟トマト鍋の初年度の売上げは11億円。当初予想した2億円の5倍超を売り上げた。調味料単品の新商品の売上で10億円を超えるケースはまずないといわれる。
また、ヒット商品の通例として話題性が去った翌年度の売上は反動減が大きいが、甘熟トマト鍋は予想以上にそれが小さく、初年度の2~3割減で売上をキープしている。
市場に数多ある鍋つゆ商品の中で甘熟トマト鍋はいまや上位ランク。さらに幅広いユーザー層を掘り起こすべく新たな仕掛けを模索している。
企業データ
- 企業名
- カゴメ株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 代表取締役社長 西 秀訓
- 所在地
- 名古屋市中区錦3-14-15
- Tel
- 052-951-3571
掲載日:2011年5月25日