3Dレーザースキャナーの導入にもいち早く取り組んだ。「私たちは3次元の世界に暮らしている。2次元の図面に記録している建設・土木の分野でもデジタル技術を生かして3Dデータとして記録したい」と1998年に国内で初めて3Dレーザースキャナーを導入。当時は重量40kgだった機器の軽量化が進んでいき、最新のスキャナーは重量が4kg。軽量化にあたって同社は、フランスのメーカーなどからの依頼を受け、研究・開発を手掛けたこともあった。持ち運びできるハンディ型のスキャナーもあり、手に持ちながら歩き回るだけで周辺の街並みをデジタルデータ化できる。計測中に人や車などが入り込むことも多いが、AI技術を駆使して不要なデータを除去することで、対象物だけをきれいに再現できる。
同社の技術は各方面で活用されている。とくに特徴的なのが大規模地震の被災地での活動である。2004年の新潟県中越地震で崩壊した魚沼トンネル内部の被害状況を計測。2011年の東日本大震災に伴う原発事故では発電所内の事故状況を正確に3Dで再現した。さらに2016年の熊本地震で多くの石垣が崩落した熊本城の修復工事に多大な貢献を果たした。今年1月の能登半島地震でも地元企業にレーザースキャナーを無償で提供している。復旧・復興への貢献は海外にも及び、2015年のネパール地震では、世界遺産に登録されている歴史的建造物の復興に同社の技術が活用された。
こうした姿勢は、1995年の阪神大震災を機に同社が誕生したことに由来する。その10年前に大阪市内で創業した別の測量会社を家庭の事情などから1994年末に退職した中庭氏は「しばらくはゆっくりしよう」と考えていた。ところが大震災発生直後から「復旧のため測量を手伝ってほしい」との依頼が次々に寄せられ、「発生翌日からほぼ不眠不休」(中庭氏)。そして箕面市内に関西工事測量(当時)を設立した。「地震が起きたら真っ先に駆けつける、というのが創業時からのポリシーだ」と中庭氏は話す。