あの人気商品はこうして開発された「飲料編」
「-196℃ストロングゼロ」「-196℃ストロングゼロ〈DRY〉」
缶チューハイや缶カクテルなどの低アルコール飲料(RTD)市場で、業界の常識にとらわれずに果敢に挑戦し、成長を遂げている缶チューハイブランドがある。サントリー酒類の「-196℃」だ。そのけん引役となっているのが「同 ストロングゼロ」と「同 ストロングゼロ〈DRY〉」。ストロングゼロは、2009年2月の発売以来4年連続で、前年を上回る販売数量を記録している。ビール類などを含む酒類市場が全体では前年を下回り縮小傾向にある中で躍進を遂げる裏には、常に消費者ニーズの一歩先を読む努力と、サントリー創業者・鳥井信治郎氏の「やってみはなれ」の精神があった。
居酒屋がヒントになった「-196℃製法」
缶チューハイブランド「-196℃」は、液体窒素の沸点である-196度Cで果実を凍らせパウダー状にして、果皮を含む果実をまるごと使用する点に特徴がある。この製法のヒントは、ある開発担当者が居酒屋で何気なくグレープフルーツサワーを飲んでいた時に訪れた。
「自分でグレープフルーツを搾って飲むとおいしく感じる。どうしてだろうと考えたことが原点だった」と、-196℃ブランドを担当するRTD部の井島隆信氏は振り返る。調べてみると、果実の香り成分は果肉よりも果皮に多く含まれていて、果実を搾った時に手についた香りがおいしさを引き立たせていることが分かった。
分析からサントリー酒類は、果実をまるごと凍結させてから粉砕することで果皮の香りを取り込む製法を思いついた。ただ、香り成分は水に溶けにくい性質を持っている。そのため、アルコールに溶かし込み、香り成分を抽出する製法を考案した。この「-196℃製法」(2011年12月に製法特許取得)を使った缶チューハイは、製法を商品名にして「-196℃」として2005年に発売された。
「経済性」と「機能性」備えた缶チューハイを
リーマン・ブラザーズの経営破たんに端を発した世界的金融危機の嵐が吹き荒れていた2008年秋。消費者の財布のひもが固くなる世相の流れを読んだサントリー酒類は、「経済性」と「機能性」をコンセプトにした缶チューハイの開発をスタートさせた。
同社は、08年4月から特定健診・特定保健指導(メダボ検診)が義務化されるのに合わせて、糖類ゼロの「-196℃ ゼロドライ」を2008年2月に発売していた。
糖類不使用という機能性を追加した缶チューハイ商品はすでにある。あとは、経済性をどのように表現するかだ。この課題にサントリー酒類が出した答えが、既存商品より高めの「アルコール8%」だった。
リーマン・ショックによるデフレ不況で、自宅で酒を飲む「家飲み」率が高まる中、「一本でしっかり酔える」をキャッチコピーにして、30-40代男性をターゲットに開発を進めた。アルコール度数を高めると、どうしてもアルコール臭が残ってしまうが、「-196℃製法はアルコールと親和性がある。そのため、度数を高めても果実感がありながら、しっかりしたお酒感も同時に出すことができた」(井島隆信氏)という。2009年2月、アルコール8%と糖類ゼロの商品特性を消費者にダイレクトに届けるために、商品名を「-196℃ ストロングゼロ」として発売した。
発売すると、「健康にも気を使いたいが、しっかりと酔いたい」と思う男性ターゲット層に支持を広げ、2010年の販売数量は発売初年(09年)比55%増の934万ケースに達した(250ミリリットル、1ケース24本換算)。
常識に埋もれないように
2010年ころ、ある現象が起きていた。「ストロングゼロを飲む女性のお客さまが増えている」(井島隆信氏)との感触を得た。
調査してみると、「グレープフルーツ味がしっかりした味わいそうで、買ってみると私でもアルコール8%の缶チューハイを飲むことができた」との声があがった。ただ、一方で「ストロングゼロには柑橘系の味しかなく男性向けの商品」との声もあったという。
缶チューハイのフレーバーは柑橘系が大半で、その中でもアルコール度数が強いストロング系は男性がターゲットというのが業界の常識。「高めのアルコール度数を好む人は辛口志向が強い。当時、ストロング系でフルーツフレーバーの展開をしている製品はなかった」(同)。
しかし、市場の声に耳を傾けると、女性もアルコール度数が高めの缶チューハイを飲むが、味わいが男性向けとの印象があるため飲用率が低いとの分析ができた。伸びているブランドだけに、現状維持も選択肢の一つではあった。だが、「やってみはなれ」の精神を企業理念にするサントリー酒類は挑戦することを選んだ。
11年に「フルーツの味もストロング」とのコンセプトを掲げ、ストロングセロから完熟梅とぶどうのフレーバーを発売。すると、予想通りストロング系を好む女性層が流入し、11年のストロングゼロの販売数量は前年比47%増の1369万ケースに、12年は同25%増の1706万ケースとなった。「常識にとらわれずにチャレンジしたことで、ストロングという言葉の価値を広げることができた」(同)と、顔をほころばせる。今では2カ月に1回程度の頻度で期間限定フレーバーを発売しているという。
ドライで甘くないチューハイをつくろう!
ユーザー層をRTD飲用者の男性・女性層にまで広げることに成功したストロングゼロだったが、まだ取りこぼしている層があった。食事中にビールを好んで飲む層だ。同層を調査すると「缶チューハイは甘く食事に合いそうにない」との声が散見された。ドライで甘くない商品をつくることができれば、需要創造ができるのはでないか—。開発チームはこう思った瞬間、ひざを叩いた。
食事に一番合う缶チューハイをコンセプトに、糖類ゼロ、甘味料ゼロという基本設計ができあがった。ただ、「レモン味であれば、味の強弱をつけるなど使う素材の範囲で考えることができる。しかし、フレーバーを強調しない商品設計では、この味にしようと決める明確な基準がない。いろいろな商品をつくってきたが、一番試作回数が多かったかもしれない」(井島隆信氏)と、商品開発のプロをうならせるほど開発には困難をともなった。
市場調査では、ビールを好む人は缶チューハイが少しでも甘いと飲用を敬遠する傾向があることが分かった。ただ、甘味料を使わない単純なチューハイをつくると、単なるアルコールの炭酸割りになってしまう。甘味料を使わずに味に深みを出す必要があった。「基準がない中で、毎日のように試作品を飲んでは素材の選定に追われた。果実感を出そうとすると、甘い方向に引っ張られる。甘さと食事に合うキレ味のバランスを取ることに一番苦労した」(同)と振り返る。
酒類メーカーの強みを発揮
試作を重ねた結果、ベースには-196℃製法でつくったライム浸漬酒を使うことに決めた。また、7種類の原料酒でうま味を追加。「サントリー酒類は洋酒メーカー。そのため、さまざまな原料酒を持っている。酒類会社の強みを発揮することができた」(同)と胸を張る。企画段階から2年の歳月を経た2013年4月、甘くなく食事に合う缶チューハイは「-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉」という商品名で発売された。
サントリー酒類は同商品を発売すると、甘くなく食事に合うことをアピールするためにTVCMを放映。同CMでは、編集長役の女優・天海祐希さんが食事をしながらストロングゼロ〈DRY〉を飲み、「食事にオッケー!」というワンフレーズを入れた。
同社の調査によると、CM後の飲用意向は大きく伸びたという。販売促進活動による商品特性の訴求が奏功し、2013年の「-196℃ ストロングゼロ」ブランドの販売数量は前年比22%増の2083万ケースまで伸長した。
受け継がれる「やってみなはれ」の精神
リーマン・ショック後の財布のひもが固くなる消費者心理を先読みし、糖類ゼロの機能性に加え、一本で酔える経済性のある缶チューハイ「-196℃ ストロングゼロ」を開発したサントリー酒類。2011年には業界の常識にとらわれることなく挑戦しフルーツフレーバーのストロングゼロを、13年4月には食事中にビールを好んで飲む層向けに甘くないストロングゼロ〈DRY〉を発売するなど矢継ぎ早に市場開拓を進めている。
今年の4月からは消費増税後の節約意識の高まりを予想し、現金が当たる生活応援型のキャンペーンを企画する。スピーディーな展開の裏には、消費者に寄り添い一歩先を読み、常に新しい変化を求めてきたことがある。そして、この迅速な対応を支えているのは、創業者・鳥井信治郎氏の「やってみなはれ」の精神だ。
「サントリーでは新しいことにチャレンジした結果、失敗しても叱責されることはない。されるのは、何もしなかったとき」(井島隆信氏)と語り笑顔を見せた。
企業データ
- 企業名
- サントリー酒類株式会社
- Webサイト
- 代表者
- 代表取締役社長:相場康則
- 所在地
- 東京都港区台場2-3-3
掲載日:2014年3月 5日