中小企業のイノベーション
顧客目線のサービス提供でダイナミックプライシングに成功! ゆくゆくはJapan Technologyを世界に【Y'S Agri合同会社(千葉県千葉市)】
2025年 4月 21日

開発コンサルタントとして、ODA事業において農業指導員として海外に派遣されていた芳澤 和哉氏に、何度となく寄せられる質問——What is Japanese technology? 考えた末にたどり着いたのが、いちごの観光農園。大学院時代の悪友・澁谷 陽平氏とともにY'S Agri(ワイズアグリ)合同会社を立ち上げ、新規就農業者として事業を開始した。周囲の農園に比べ値段が高いにもかかわらず、いまや自社サイト経由での集客リピート率5割という人気農園となっている。
What is Japanese technology?

都心からもアクセスのよい千葉県千葉市。観光農園が20数か所も点在し、その多くがいちご農園だ。そんな環境の中、2020年のコロナ禍に誕生したいちご観光農園『Y’S Agri』。近隣を抑え、設立から5年も経たぬうちにリピーターを中心とする人気農園となっている。特徴的なのは、「一棟貸し」というスタイルと、時間帯によって入場料金が変わる「ダイナミックプライシング」(*1)を導入していること。大人二人で訪れると地域の平均入場料と比べ高くなるというが、ワンシーズンに何度も訪れるリピーターも多く、お客は「ほとんど顔見知り」の状態だという。
(*1) ダイナミックプライシング(dynamic pricing)……商品・サービスの価格を、需要と供給のバランスに応じて変動させる価格戦略のこと。動的価格設定。
そんなワイズアグリ。運営するのは東京農業大学大学院にて農芸化学を修めた若き農学修士の芳澤 和哉氏と、澁谷 陽平氏。ふたりは大学院卒業後、海外で農業技術指導、農業系メーカーの営業社員とそれぞれ違う道を歩みつつも、芳澤氏が帰国するたびに仲間同士で誘い合わせて飲みに行くといった“悪友”の間柄。あるときの飲み会で、芳澤氏がいちご観光農園の事業計画を話題にしたのがきっかけだ。

「海外でコンサルティングをしていると、どの国でも“What is Japanese technology?”と聞かれるんですよ。それを突き詰めたくて自分で農家を立ち上げようと」と芳澤氏。栽培技術にとどまらず、農業経営全般に関わる幅広い知見と経験を有し、国内外の地域営農計画作成などを手掛けており、プロが納得する事業計画を立てるのはお手の物だ。「このプラン、どう思う?」と飲み会で仲間に話したとき、身を乗り出したのが澁谷氏。仕事柄、園芸の知識もあり、ハウスや施設の設営といったハード面で役立てるという。澁谷氏もまた、自分なりの農業を、と考えていたのだ。さすが悪友。とんとん拍子に計画は進み、イチゴの観光農園をやることに落ち着いた。
芳澤氏が考えるジャパニーズテクノロジーとは、栽培技術に関するテクノロジーに留まらず、日本固有の「おもてなし」の心で、お客に素晴らしい体験を提供すること。その実現のためには、イチゴに関する知識や一棟貸しの特別感、エンターテインメント性を重視した接客など、様々な工夫を凝らしたハートフルな運営を行う。と同時に、これらをバックヤードで支える高度な供給システムや、来園者の快適性を重視した予約コントロールシステムを導入、絶え間ない顧客エンゲージメント向上を目指す。つまり“ジャパニーズテクノロジー”とは、「農業者が自ら市場を創出する力」を持ち、成長させることで農業経営の持続可能性(ゴーイングコンサーン)(*2)を高めるための技術であるということだ。
(*2) ゴーイングコンサーン(a going concern)……会社が将来にわたって事業を継続させていくという前提(=順調な経営をしている会社)。
ゆくゆくは世界を目指し再現性を重視
なぜイチゴなのか。日本ならではの農業を考えていた芳澤氏は言う。「イチゴの品種って、日本はすごく多くて、300種類以上あるんです。こんなに多くの品種展開、そして甘くておいしいイチゴはほかにない」。そのうえ、イチゴは「多角化していくイメージがしやすかった」とも。たとえば、クレープやスムージー、イチゴを凍らせて削り、かき氷のようにして食べるなどというのも、大きな設備投資をすることなく提供できるサービスだ。また、統合環境制御は再現性の高い技術として普及しやすく、新規イチゴ農家のコンサルティングや自社の多店舗展開など、農業を一次産業から三次産業まで幅広くひろげられる事業として構築したいと考えていた。
養液栽培であることにも理由がある。土壌由来の農業ではその土地でしかできない、つまり再現性がないからだ。これはODA事業で海外でも指導していたことで、たとえばある作物の育成に気候が適していても、土壌の状態が悪ければうまくいかない。そのうえ、同じ土壌で延々と作物を作り続けていくと、持続可能性も低くなっていく。そうした事情を鑑みてのことだが、もうひとつ、芳澤氏には考えがあった。このビジネスモデルを「ジャパニーズテクノロジー」の一つとして普及させたい。どの地域でも均一の作物が作れるこの方式なら、フランチャイズ化も可能。そんな未来図を描いてのことだった。
徹底管理することで差別化を図る

こうしてできた事業計画だったが、コロナ禍であったこともあり金融機関の反応は鈍かったという。生産性の低さを指摘され、特にネックとなったのは“一棟貸し”というスタイル。一度にたくさんの顧客をハウスに入れてしまうほうが効率よく収入につながるが、「それ以上に、お客にとって”良い思い出づくり”を優先することこそ、『ジャパニーズテクノロジー』の一つでもあると考えている。そこはどうしても譲ることはできない。」
厳密にいえば、6連棟のひとつを顧客の組ごとに貸切り、時間制でいちご狩りが楽しめるというシステム。制限時間は45分と、周囲の平均時間と比べて長めに設けている。組ごとに貸し切りにするのは、収穫量の管理のためだ。制限時間内に食べられる量を、大人なら何グラム、子どもは何グラムと平均値を割り出しやすく、それに合わせて集客人数をコントロールすることで収穫量と品質の安定化を図っている。日々変化する需供バランスへの対応を巧みに行うのが環境制御技術であり、「ジャパニーズテクノロジー」を支える重要な技術だ。これを徹底することで「せっかくいちご狩りに来たのにぜんぜんイチゴがなかった」「熟していなくて酸っぱいイチゴばかりだった」といった事態を避けることができるのだ。
これは顧客満足度に直結しており、リピーターを生む理由となっている。なにしろ完熟の時期が異なるほかの品種をシーズン中に味わいたいと、ワンシーズンに何度も訪れる人がいるほどなのだ。価格が少々高くとも、その金額に納得しているからこそ再訪するのであって、口コミなどでも「価格が高い」と書かれたことは一度もないという。「むしろ安い」とさえ言われることもあるといい、値段以上の体験ができると評判なのだ。それこそがワイズアグリの特異性であり、強みである、と芳澤氏は言う。
マーケティングに基づいた徹底戦略

近隣のイチゴ観光農園と比べ若干高めの価格設定をしているワイズアグリだが、価格付けは前述のとおりダイナミックプライシングによる。人が集中する土日祝日は料金を上げ、集客数を見込みにくい平日に安くするのも運営上の道理だろう。特徴的なのは、午前と午後でも料金が異なること。人がまだ入っていない午前中のほうが採れるイチゴが多いので、どうしても午後に来た顧客はイチゴの数が少ない。料金を下げることで顧客も納得し、かつ常連ともなれば午後より料金が高くとも午前中を狙って予約してくれるのだ。
実は、ダイナミックプライシングに踏み切ったのは開業後3年経ってからのこと。当時は、お客様の予約数が激増し、収容者数のキャパシティが限界を迎えていた。一方で、資材や肥料など材料費が値上げしていくことはある程度織り込み済みだったが、ウクライナ戦争の影響もあり急激にすべてが高騰したのだ。原料や肥料が数パーセント値上がりしたほか、建築資材の高騰は想像を絶するものだった。対応するため値上げを余儀なくされたが、ただの値上げではいけない。顧客にとって納得のいくものならば、とダイナミックプライシングを導入。制限時間を長めにする、アフターサービスを充実させるなど、サービス面を強化したうえで料金を見直したのだった。
付加価値をつけることで顧客に納得してもらう、というポイントもさることながら、この戦略には徹底的なマーケティングがされている。たとえば、果物狩りでは平均して30分ほどでお腹がいっぱいになるが、そのまま帰すのではなく無料のドリンクやポップコーンをふるまう。人は滞在時間が長くなるほど消費活動が活発になるというデータ通り、ポップコーンを食べお腹が落ち着いてくるとお土産を手に取り買ってくれる人が増えた。この、ポップコーンを出すのにも理由があり、体内のイオンバランスを整える目的で提供している。イチゴはカリウムが多く、たくさんカリウムを摂取したあとはナトリウム(しょっぱいもの)が食べたくなるためだ。来場者から友人などに渡ったお土産はPR効果を発揮し、自社サイトから予約をしてくれる人も増えてきた。お出かけ情報サイトの利用料もなかなか高額なので、自社サイトからの予約はありがたいのだ。
こうした戦略が奏功し、値上げをしても客離れを起こすこともなく、むしろ順調にファンを増やしている。
農業をエンターテイメントに

経営者のふたりは声をそろえて言う。「農業を通じて、わくわくしてほしいんです」。いちご狩りの注意点を説明するのにも、かぶりものをして楽しめるよう工夫。「ハウスに入る際、靴を履き替えるのにどんな理由があるのか、そこから楽しみながら知ってほしい」といい、小難しいルールもまるごとエンターテイメントに仕立て上げる。ターゲットは子どもたちで、それゆえに入場料金も子どもは安く設定してある。つまり家族で訪れれば結果的に他所よりも安くなる計算なのだ。
「ここに来ると楽しい、というテーマパークのようにしたい」という考えから、農園に入る前にはゲートを設けている。何度でも来たくなるように、ふたりが心がけているのは、単なるイチゴの食べ放題ではなく、濃密なイチゴ体験を提供すること。しっかりと顧客と向き合い、話をすることで人間関係を築くこともできる。農家がこれほどまでにじっくりと顧客とかかわる観光農園もそうそうないはずだ。
広がる構想と発展する農業
このほど完成した完全な一棟貸しの棟では、いちご狩り料金に加え貸切の利用料金がかかるが、プライベート感があるため顧客が自らいろいろな楽しみかたを見つけてくれるという。たとえば、誕生日にケーキを持ち込んで、採れたてのイチゴを載せて食べるとか、結婚記念日に二人きりでいちご狩りを楽しむといった特別な時間を過ごしに来てくれるのだ。顧客のニーズに合わせたサービスも考えられそうだが、「あくまでも農業に関するものだけで展開したい」とのこと。とはいえ、前述したとおりフランチャイズ化が可能なビジネスモデルであり、農業を主体としたいろいろな事業に進出するつもりだ。
「イチゴ農園も、試算を重ねデータに裏打ちされたビジネスモデルです。これをもとに、農業のエンタープライズにしたい」と芳澤氏。農業コンサルタントが実践するビジネスモデル。澁谷氏のメーカー勤務時代の知識も動員して、農業器具の開発や設計までも手掛けていきたいという。「仲間をどんどん増やせば、ビッグデータができる。そうしたらまた新たなビジネスモデルが出来上がります」と、目を輝かせる。農業を通じて最もわくわくしているのが、このお二人。その熱が顧客に伝わっていくからこそ、人々を惹きつけるのにちがいない。
企業データ
- 企業名
- Y'S Agri合同会社
- Webサイト
- 設立
- 2020年
- 資本金
- 200万円
- 従業員数
- 20名
- 代表者
- 芳澤 和哉 氏
- 所在地
- 千葉県千葉市若葉区御殿町699-12
- 事業内容
- 農産物の生産、加工、販売、農業体験の農園の経営および農業コンサルティングほか