農業ビジネスに挑む(事例)
「渡辺商店」生産者・消費者・販売者の3者がよろこぶビジネスを追求する
- 無農薬、無添加の商品にこだわる
- 仕入は、生産者の言い値で全量買い取る
商いとは単に品物を左から右に流して益を得るものではない。新しい価値を売ることこそ商いだ。しかも、商人自ら価値をプロデュースすることに意義がある。熊本県菊池市で代々酒店を営む渡辺義文さんの信念だ。
渡辺さんは老舗酒店の3代目として1997年に家業を継いだ。25歳の時だった。すでに当時の酒の小売店を巡る環境は厳しいものだった。というのも、8年前(1989年)から酒類の小売規制緩和が始まったことで新規参入者が著しく増え、さらに酒ディスカウンターや大手スーパーによる低価格販売競争に晒されていたからだ。
当時、規制緩和という荒波に飲まれて酒小売店は淘汰の危機に瀕していた。そんな状況の中でただ単に家業を引き継いだだけでは生き残れない。そう渡辺さんは危機感をつのらせた。
商人としての信念を確立した
2001年、渡辺さんに転期が訪れる。環境専門家から聞いた講話をきっかけに食料問題や環境問題へ関心を深めていき、さらにそれを商売に活かそうと考え、自然志向の食品を販売してみることにした。
そこでまず、米の販売から始めてみた。無農薬の米だ。農家から無農薬米を仕入れ、店頭に並べてみた。が、1年経っても売れなかった。なぜか。それは自分が米のことを知らないから。そう判断し、渡辺さんは自分でつくってみることにした。
2003年、渡辺さんは地元の篤農家の指導を得て無農薬・無化学肥料の米栽培に挑戦した。そして、まったくの素人にもかかわらず17俵の米を収穫でき、しかもそれを九州米サミットに出品してみると、なんと無農薬部門で最優秀賞まで獲得してしまった。渡辺さんは改めて指導してくれた篤農家の栽培技術に感嘆した。
ただ、自作米を店頭で販売してはみたものの、収穫量の1/4ほどしか売れなかった。そこで残りの無農薬米を焼酎の醸造所に持ち込み、オリジナル焼酎をつくってもらった。そしてこれを店頭に並べると、あっという間に完売してしまった。
このとき渡辺さんは実感した。商売とは仕入れた商品をただ売ることではない。自ら商品に新しい価値を生み出して売ること。それが自分の目指す商売だ。その渡辺さんの商人としての信念を導き出してくれたのが、いまも人気のオリジナル焼酎「蔵六庵」だった。
無農薬の米・青果を言い値で買い入れる
自ら米づくりを経験した渡辺さんは、地元の菊池環境保全農業技術研究会に属する20人の農家の無農薬米を売りたいと各人と直接交渉した。仕入れ値はすべて相手の言い値。そこに自らの利益を載せて売る。無農薬という価値を売るのだから、価格は生産者の思いに添えばいい。
この無農薬米を皮切りに、無農薬の野菜や果物、無添加食品(加工品)と販売アイテムを増やしていった。
「仕入は常に相手の言い値で買い上げます。そしてそこに利益を載せて売るだけです」(渡辺さん)
仕入はすべて農家から直接する。その際、野菜、果物などはすべて農家が希望する金額で買い取った。しかも、全量、現金で。こんな好条件なら農家も拒否する理由がない。
また、渡辺さんにもそうするだけの信念があった。無農薬の米や青果だけ、つまり安全・安心な食材だけを売る。それは消費者の健康にも寄与し、自然環境を守ることにもつながる。これこそ生産者、消費者、販売者の3者がwin-winとなる商売だと。
エリアを超えて自然食材を提供する
渡辺さんは店舗販売のみならず、エリアを超えて商売しようと2005(平成17)年、ネットショップ「自然派きくち村」をオープンした。地元の埋もれた食材(農産物)やオーガニック食品(無農薬・有機肥料、無肥料栽培)など品揃えにはこだわった。
そんなこだわりの地元名産品の1つに「水田ごぼう」があり、それを用いて開発した「ごぼう茶」(2007年)は3年後の2010年に全国的大ヒットとなり、渡辺商店飛躍の原動力ともなった。
現在、自然派きくち村の利用者は2万人、20代後半から40代が大半を占める。米、野菜から肉・卵、海産物、果ては日用雑貨まで多種多様な商品を揃えている。
特に米の販売には力を入れ、生産者それぞれのブランドを冠して販売する。ブランド化するのは、生産者の思いやこだわりを消費者に伝えるためだ。
それらの米は店頭に置かず、保冷庫で保存して注文が入るたびに精米・真空パックして消費者に送る。
販売から生産へとビジネスのテリトリーを広げる
現在、渡辺さんが取引する農家は100軒。すべて自ら足を運び、生産物の全量買い上げを前提に交渉し、仕入れ先としてきた。
いまは仕入先の農家を増やすことはない。ただ、取引の打診をしてきた農家とは交渉に応じ、渡辺さんが売れると見込んだ量だけ買い取っている。
ただ、今後を考えると仕入先の農家が目減りすることは否めない。
「取引先の農家が高齢化していますので、10年後の商売を考えると不安が募ります」(渡辺さん)
そこで今年(2015年)の春、渡辺さんは農業生産法人「株式会社菊池未来農場」を設立した。菊地市内に10haの休耕地を借り、アワ、キビ、ヒエ、エゴマなど雑穀を主体に栽培を始める。栽培は取引先でもあるプロ農家に委託し、将来的には新規就農者の支援も視野に入れていく。
「限界集落で農業を継続するための新しいモデルを追求していきます」(渡辺さん)
老舗酒店で無農薬の農産品を販売してきた渡辺さんの農業ビジネスは、販売から生産へとそのテリトリーを広げようとしている。
企業データ
- 企業名
- 有限会社渡辺商店
- Webサイト
- 代表者
- 渡辺義文
- 所在地
- 熊本県菊池市隈府58-3