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出所者を雇用、“負のループ”断ち切ってリスタートを応援「株式会社栄進」

2024年 12月 9日

栄進の代表取締役・三井有紀氏は元受刑者の社会復帰と自立を支援する
栄進の代表取締役・三井有紀氏は元受刑者の社会復帰と自立を支援する

東京都東大和市で建設業を営む株式会社栄進は、刑務所を出所した元受刑者らの社会復帰と自立を支援する更生保護に取り組んでいる。強い個性を持つ三井有紀代表取締役のもと、出所者を雇用し、社員寮など生活支援にも力を入れている。出所しても安定した仕事に就けず、再び罪を犯してしまうケースが後を絶たないなか、そうした“負のループ”を断ち切りたいとして、三井氏は出所者の人生のリスタートを応援していく。

波乱万丈の10代を送った強烈個性の女性経営者

代表就任後にV字回復を果たした
代表就任後にV字回復を果たした

同社は屋根や外壁工事などの施工・工程管理を手掛ける。職人だった池田貴久常務が個人事業主から法人化した建設会社だ。三井氏は元々、代表だった池田氏の妻で、会社の事務を担当していた。ところが、「(池田氏は)職人としての腕はいいが、原価計算ができず、赤字にしかならない仕事を引き受けていた」(三井氏)。気づけば1億円もの借金を抱え、倒産の危機に陥った。そして2011年、三井氏は一大決心し、代表交代に踏み切った。経営者として経費と原価管理を徹底し、同社はV字回復を果たした。一方、池田氏はしばらくして会社を去ったが、同業他社で修業を積み、5年ほど経って復帰。以来、会社のナンバー2として元妻の三井氏を支えている。

経営者として手腕を発揮している三井氏は、髪を緑色に染め、ロック系のファッションを身にまとい、さらにはタトゥーも入れているという強烈な個性の持ち主でもある。その生い立ちは波乱万丈だった。東京都小平市出身の三井氏は、小学生の頃から両親からの虐待やネグレクトを受けていた。高校を中退後は地元の不良のたまり場に顔を出すようになり、金がなくて万引を繰り返した。警察に補導されて留置場に入れられたこともあり、「会社の近くにある東大和署をはじめ、このあたりの警察署はすべて“制覇”した」とあっけらかんと話す。

やがて、こうしたダラダラした日々に飽きがきた三井氏は、チェーン展開するすし店でアルバイトを始めた。「働いてお金を稼いだこと、お客さまから『ありがとう』と感謝されたこと、なにより、自分が必要とされていると感じられたことがうれしかった」と振り返る。こうした10代の経験が、現在の更生保護への取り組みの原点になったといえる。

協力雇用主に登録、職親プロジェクトにも参加

きっちりした確かな施工をモットーとする
きっちりした確かな施工をモットーとする

更生保護の直接のきっかけは反社会的勢力に所属していた男性を雇用したことだった。「15年近く前、『今のままではダメだ』と相談に来た。小さい頃から知っている地元の人でもあり、雇うことにした」と話す三井氏は、男性の働きぶりに目を見張った。指示された仕事に対して一途に取り組み、礼儀や周囲への気配りも心得ている。そこで業界全体を改めて見回してみると、あることに気づいた。「ウチのような小さな建設会社で働いている人の中には、若い頃に不良だったというのが多い。逆に、普通に過ごしてきた人は、乱暴な言葉がしょっちゅう飛び交うような荒っぽい現場にはなじめない」。そうした思いが出所者を採用しようという考えにつながっていった。「人はみな、良いところもあれば悪いところもある。大事なのはその人の性根(しょうね)だ。たとえ、なにかの事情で過ちを犯して服役したとしても、性根がしっかりしていれば、この業界ではやっていける」と三井氏は話す。

やがて出所者の雇用に向けて具体的に動き出した。出所者らを雇用する協力雇用主に登録したほか、日本財団の「職親(しょくしん)プロジェクト」にも参加した。このうち職親プロジェクトは、お好み焼き店を展開する千房(大阪市)の中井政嗣社長(現会長)が発起人となって日本財団と関西の企業7社で2013年にスタート。出所者らの“職の親”になって社会復帰を応援するもので、これまでに雇用者数は延べ806人、参加企業は422社(2024年6月現在)にのぼる。三井氏は現在、同プロジェクトの関東事務局幹事を務めている。

受刑者向け求人誌に広告掲載、面接では「誠実さ」を重視

社内には「誠実であれ!」とのメッセージを掲げる
社内には「誠実であれ!」とのメッセージを掲げる

また、ヒューマン・コメディ(横浜市)が2018年に創刊した受刑者向け求人誌「Chance!!」に求人広告を掲載しており、三井氏は月に2、3回、各地の刑務所を訪れ、出所が近づき、同社への入社を希望する受刑者との面接を行っている。その際に重視しているのが相手の誠実さである。「ウソをついたり、ごまかそうとしたりする人はダメ。更生保護といっても、社員を1人採用すれば給与など年間500万円ほどの投資になる。誠実さがない人は、受刑者であるかないかに関わらず、信頼できないし、採用できない」と三井氏は話す。

なお、応募の条件として性犯罪や覚醒剤の累犯といった常習性の高い犯罪は採用の対象外としているが、殺人などは除外していない。「夫から日常的に暴力を受け、やむにやまれず刺してしまい殺人未遂で服役した女性がいた。最終的には別の事情で入社に至らなかったが、罪状については『そうした事情なら仕方ない。採用しても構わない』というのが社内の一致した意見だった」と三井氏。たとえ凶悪犯罪であっても、それぞれの情状を酌量するという姿勢だ。

家具・家電付きの社員寮などで生活支援、高い定着率を実現

約1億5000万円をかけて完成した社員寮
約1億5000万円をかけて完成した社員寮

採用後は出所者の生活支援にも力を入れている。2024年3月には約1億5000万円をかけた社員寮が完成した。3階建ての落ち着きある外観で、バス・トイレ付きのワンルーム。家具や家電製品は備え付けで、入居した日から生活に困らない。家賃は月3万5000円と、周辺の相場に比べて破格の安さだ。「出所した際の所持金は数万円ほど。これでは部屋を借りられないし、そもそも出所者には貸さないというケースも多い。住所がなければ安定した仕事に就けず、結局は金に困って再び犯罪に手を染める。こうした“負のループ”を断ち切るために、会社で寮を用意した」と三井氏。

職場では、三井氏が持ち前の明るさとパワフルさで和気あいあいの雰囲気を醸し出すなか、他の社員と分け隔てなく接している。また、出所者の過去を隠すことはなく社員全員が承知している。更生保護では、雇用した出所者が短期間で離職するケースが多いが、栄進では定着率が高い。面接の際の見極めや社内の雰囲気、そして出所者の思いに寄り添ったサポートがその要因だろう。

社員旅行などイベントを積極的に開催。定着率は高い
社員旅行などイベントを積極的に開催。定着率は高い

同社では現在、20~40代の5人の出所者が働いている。そのうちの一人、佐藤忍さんは20代の時、勤務していた宮城県内のリフォーム会社で会社ぐるみの詐欺に加担し、懲役10年の判決を受け、7年間服役した。「過去を隠して生きるより、すべてオープンにして、それでも雇ってもらえるところを探した」という佐藤氏は出所後にハローワークで栄進の求人を知って応募し、3年ほど前に入社した。「こんな自分を受け入れてもらい、うれしい。20~30代の貴重な時期に長い年月を無駄にしてしまったが、(栄進は)人生をリスタートするのに最高の環境だ」と佐藤氏は話している。

「一度過ちを犯したら二度と普通に暮らしていけないのか」

三井氏には講演の依頼も寄せられている
三井氏には講演の依頼も寄せられている

日本の再犯率は50%近い。その要因の一つが就労の難しさだ。周囲の偏見などから仕事に就けず、経済的に困窮したり社会的に孤立したりする。再犯者の7割は犯行時に無職だったという。2016年には再犯防止推進法が施行され、国が自治体や民間企業などと連携して出所者の就労支援などに一段と力を入れることになったが、問題解決はたやすいことではない。

「一度でも過ちを犯したら、二度と普通に暮らしていくことはできないのか」と三井氏は力を込めた。「いつ自分が犯罪者になるかわからない。交通事故など、なにかのはずみで人を死なせてしまうかもしれない。その罪を償ったとしても人生をやり直す機会が十分に与えられなかったら、どういう思いを味わうのか。そうしたことを考えてほしい」と訴えた。

会社経営の傍ら、引き続き職親プロジェクトの活動など更生保護を進めていく。こうした取り組みは、三井氏の経歴や個性とも相まって注目度を増し、三井氏自身もSNSで積極的に発信している。最近では講演の依頼も寄せられるようになったという。一方で、一部の関係者からは「更生保護は表立ってやるものではない」といった批判も。これに対して三井氏は「そうした隠そうとする風潮が出所者の生きづらさ、働きづらさにつながっている」と反論。今後も情報発信を続けるとともに、「もし出所者の雇用に関心があるという経営者がいれば、喜んで相談に応じる」とも話している。

企業データ

企業名
株式会社栄進
Webサイト
設立
1992年12月
資本金
1,000万円
従業員数
14人
代表者
三井有紀 氏
所在地
東京都東大和市芋窪6-1022-8
Tel
042-563-6881
事業内容
屋根工事、板金工事、サイディング工事、コーキング工事 ほか