人手不足を乗り越える

働きやすさとやりがいを実現する“笑顔カンパニー”【山梨ユニフォーム株式会社(山梨県南アルプス市)】

2025年 5月 15日

山梨ユニフォーム創業者の田中昇氏は山梨県中小企業家同友会代表理事も務める
山梨ユニフォーム創業者の田中昇氏は山梨県中小企業家同友会代表理事も務める

法人向けユニフォームの提案・販売などを手掛ける山梨ユニフォーム株式会社は“笑顔カンパニー”を標榜する。社員の笑顔があふれる同社では、説明会やインターンに多くの高校生が集まる。意外にも10年ほど前まで“超ブラック企業”だった同社は、度重なる転機と危機を経て、社員の働きやすさとやりがいを実現する企業へと変貌を遂げた。

長時間労働は当たり前 社員は疲弊して退職

社長室から富士山を望む
社長室から富士山を望む

県庁所在地の甲府市から南アルプス市へ伸びる通称・アルプス通りに面したWORK-S南アルプス店。建設現場で働く職人などプロ向けの作業服や安全靴、道具を取り扱う同店の2階に山梨ユニフォームの本社がある。「天気のいい日には富士山に南アルプス、八ヶ岳を眺められる」と、創業者の田中昇代表取締役は笑顔を見せた。

同社のルーツは1983年に兄・良(まこと)氏が設立した田中洋装だ。1996年に同社に入った田中氏は、前職での営業経験を生かして翌年にユニフォーム事業を立ち上げ、企業・団体向けにユニフォーム販売を開始。そして2012年に独立して山梨ユニフォームを創業した。その後、WORK-Sの南アルプス店(2019年に現在地へ移転)と笛吹店がオープンした。

売上高が伸びていた一方で社員の退職は多かった。「会社をつぶしてはいけないという気持ちが強すぎて、数字だけを追い求めていた」と田中氏は当時を振り返る。長時間労働は当たり前で、ワンマン社長にこき使われて疲弊した社員は次々と辞めていった。「退職したら募集して補充すればいい。来る者は拒まず、去る者は追わず、という考えだった」と“超ブラック企業”だったことを認める。

「社員の定着なくして将来はない」と10年ビジョン作成

WORK-Sの3店舗。(左から)南アルプス店、笛吹店、富士山店
WORK-Sの3店舗。(左から)南アルプス店、笛吹店、富士山店

社員の出入りが激しいなか、2016年から翌年にかけて最初の転機が訪れた。幹部社員による使い込みが発覚したのに続き、リーダー職の社員が相次いで退職した。そこで田中氏はようやく自身を見つめ直した。経営指針や理念を創業時に作成していたが、実際にはお題目にすぎなかった。山梨県中小企業家同友会では南支部長などを務めていたが、同友会が目指す「人を生かす経営」も学んだふりだった。そして一つの結論にたどり着いた。「社員が定着しなければ会社の将来はない」。そこから誕生したのが2017年作成の「10年ビジョン」だ。

社員と一緒に練り上げた10年ビジョンで高々と掲げたのは「笑顔カンパニー」。顧客や取引先など関わる人すべてを笑顔にする会社を目指すというものだ。「そのためにはまず社員が笑顔になる必要がある」。田中氏は社員の定着に向け、働きやすい職場環境づくりに乗り出した。たとえば、それまでは田中氏が一方的に話していた社員面談では相手の話を聞くように改めたという。そして、3年後に新社屋完成、4年後に3店舗目のWORK-Sオープン、最終年度の2026年に年商10億円達成など、10年ビジョンに盛り込んだ目標を笑顔あふれる社員と共に実現していこうと決意した。

元大手メーカー部長を迎え入れ社内の組織づくりに着手

今年2月開催の運動会。社内イベントを盛んに実施している
今年2月開催の運動会。社内イベントを盛んに実施している

次なる転機は2020年。2年前に始めた新卒採用活動が奏功し、2019年4月に高卒者2人が入社。新社屋は目標より1年前倒しの同年9月に完成した。ところが、その直後に2人の社員が相次いで退職した。原因は職場環境。働き方改革を始めたものの、有給休暇は取得しづらく、残業も依然として多かった。「新社屋もでき、これからという矢先だっただけに、相当落ち込んだ」と田中氏。

そこにキーパーソンが登場した。兄・良氏の元同級生で当時は大手メーカーの部長職に就いていた岩下純一氏だ。田中氏がアドバイスを求めると、岩下氏は10年ビジョンにいたく共感。「ビジョンの実現を自分の使命にしたい」と、2020年に管理部長として同社に転職した(現在は専務)。

年2回発行の広報誌「SMiLE delivery」
年2回発行の広報誌「SMiLE delivery」

「株式会社とは名ばかりで、実態は家族経営の個人商店だった」と話す田中氏は、大企業の幹部として豊富な経験を持つ岩下氏の力を借り、会社としての組織づくりに着手。2021年には、労使が一体となって労働者の危険防止と健康管理を図る安全衛生委員会を設置し、とくに有給休暇の取得と残業規制に力を入れた。社員一人ひとりの状況をデータ化して把握。有休の消化率が低い社員に対しては取得を促すなど、真に働きやすい職場づくりを進めた。また、様々な仕事ができる多能工も増やした。その結果、「有休消化率は100%、残業は全社員平均で月3時間ほど。大部分の社員は残業ゼロ」(田中氏)という状況に改善された。

物流改善委員会と広報室も設置された。このうち広報室ではデザイナーの社員をリーダーに起用。2022年から年2回、広報誌を発行している。誌面に掲載されたQRコードから動画を視聴することもでき、アナログ(紙媒体)とデジタルの融合で情報発信する。また、田中氏が山梨同友会の代表理事に就任したり、働き方改革について県から表彰・認定を受けたりしたことから、知名度が向上。地元紙などメディアの取材が増え、広報室としても活躍の場が広がった。「安全衛生委員会や広報室は間接部門だが、社員のやりがいにつながっている」と田中氏は話す。

創業以来最大のピンチ 面談で「聞くことに専念」

昨年9月の第13期経営指針発表会で行われた社員研修
昨年9月の第13期経営指針発表会で行われた社員研修

2022年6月には3店舗目となるWORK-S富士山店(富士吉田市)がオープン。コロナ禍で2年遅れたものの、目標をまた一つ達成した。ところが、これを契機にして翌年に「創業以来最大のピンチ」(田中氏)を迎えることに。事前の市場調査が不十分だったことなどが原因で同店の売り上げは計画の半分にも届かず、業績が大幅に悪化したのだ。田中氏は心機一転を狙って3店舗で働く社員の総入れ替えを断行。リストラ目的は全くなかったが、異動により通勤時間が長くなるなどの理由で、新卒採用とパートの社員が相次いで退職していった。

危機に陥った田中氏は改めて自身を見つめ直し、あることに気づいた。話を聞くように改めたつもりの面談だったが、「それでも7割ほどは自分が話していて、社員の話を傾聴する姿勢が欠けていた」。そして「これからは聞くことに専念する」と決め、2024年4月に全社員との面談を実行した。すると、社員からは様々な不満や不安の声が飛び出した。たとえば、賞与の査定で社員間に大きな差をつけていなかったことから、「頑張っても報われない」という声。とくに衝撃を受けたのが30代の社員からの発言だった。「社長が目指す10年ビジョンは達成できるかもしれないが、そのときに自分がどうなっているのか、自分の未来像が描けない」というものだ。創業してまだ10年余で、社員の定着も進んでいなかったことから、社員の年齢構成がいびつで、若手・中堅社員にとってロールモデルとなる先輩社員がほとんど見当たらないのだ。

これを受けて田中氏は「山梨ユニフォームの未来を考える会」を立ち上げた。各部門のリーダーとなる30代の社員6人で構成され、月1回ミーティングを行っている。「部門間の横のつながりをつくることで社内全体のことを把握しやすくなる。それによってメンバーは将来のキャリアを見通しやすくなる」と田中氏は話す。

新卒採用で社内に人を育てる風土

地元の高校で新卒採用活動を行う田中氏
地元の高校で新卒採用活動を行う田中氏

これまでの転機や危機を経た同社では、働きやすく、やりがいも得られる職場づくりが着々と進んでいる。知名度のアップもあって同社の会社説明会やインターンには多くの高校生が参加するようになった。人手不足が叫ばれるなか、新卒採用も順調だ。「新卒採用を続けていることで社内に人を育てる風土が生まれてきた」と話す田中氏は、新卒採用と社員教育の重要性を改めて認識した。

「人手不足のなか、とくに中小企業にとって新卒採用は難しいが、それでも採用と教育は計画的に行っていくことが大事。そのためには良い会社にならなければならない」と田中氏は指摘。そして、山梨同友会代表理事の立場も踏まえ、「地方では中小企業の存在そのものが活性化につながり、その成長がいっそうの活性化をもたらす」と訴えた。“笑顔カンパニー”は10年ビジョンに掲げた目標に向けて成長を続けるとともに、その笑顔を地域全体に広げていくことになる。

企業データ

企業名
山梨ユニフォーム株式会社
Webサイト
設立
1983年3月
資本金
800万円
従業員数
41人
代表者
田中昇 氏
所在地
山梨県南アルプス市西野2343-1
事業内容
法人向けユニフォームの提案・販売、ワークウェアの小売販売、EC販売、刺繍・プリント加工