酒蔵というのは、昔から伝統とイノベーションの連続で成り立っていると則吉氏は言う。決して旧態依然としたものではなく、伝統を守るために、より洗練された技術革新は数百年にわたり続けられてきたのである。しかしまったく新しいコンセプトの酒を造るにあたり、父の蔵元や当時副社長であった母に相談すると、大反対されてしまった。蔵の建て替えをしたばかりであり、借入金の返済も終わっていないのに新規に開発する余力もないというのだ。どうしてもあきらめきれない則吉氏は、自身の貯金や給料を担保に数十本の単位で実験的に新しい日本酒造りを始めた。
酒を寝かしてみると、3年でピークが来てしまう。それ以上寝かせるとソトロンという成分が出てきて、紹興酒のような枯れた味になってしまうのだ。則吉氏が目指すのは、10年以上の歳月を経てさまざまな味わいがまるでミルフィーユのように複雑に絡み合って完成する熟成酒。新酒とも古酒とも違う全く新しい味わいを追求して、完成したものだけを世に送り出す。定点観察で繰り返し状態を見続ける、その繰り返しだ。
一方で、乾杯用の泡の酒にはさらに苦戦した。失敗の回数は5年間で実に700回。透明で、かつシャンパーニュに劣らぬ細かな泡がたちのぼる日本酒——。どうしてもガスがあがってこず、満足のいく酒にならない。日本酒は米と水と糀以外、なにも添加しないことが鉄則だ。炭酸ガスや糖分を足せばいいのだろうが、それではリキュールになってしまう。則吉氏が造りたいのはあくまでも米と米麹のみの伝統製法で造る日本酒。300回目の失敗をしたとき、則吉氏はシャンパーニュ地方のワイナリーや研究所に1カ月間研修することにした。シャンパーニュと同じ、瓶内二次発酵という手法を取り入れてはいたが、実際の醸造所の様子を目の当たりにすると、視点が変わり失敗の理由もあきらかになっていったという。
かくして長い歳月を経て『NAGAI STYLE』が2014年に完成。乾杯のAWA SAKE(スパークリング日本酒)から始まり、従来のブランド酒『水芭蕉』をStill Sakeとして前菜から魚介料理に、メインディッシュにも合わせられる『VINTAGE Sake』、デザートに甘口のお酒『Dessert Sake』まで、4つのカテゴリーでディナーコースにペアリングすることができる一連の酒シリーズを世にリリースする運びとなった。
注目を浴びたのは言うまでもなく、日本酒二千年の歴史の中でも類を見ない、進化した日本酒・AWA SAKE(スパークリング日本酒)だ。シャンパングラスでいただくスタイルはまさにハレの席での乾杯にふさわしい。そして、ヴィンテージ日本酒はそれぞれにシリアルナンバーを付けて販売する。付加価値のある日本酒の誕生だが、則吉氏は「ここからが始まりだった」という。