農業ビジネスに挑む(事例)
「夢前夢工房」複合企業をめざして無農薬の米づくりを始めた
- 米の専業生産を始めたときから複合企業化を目標にした
- 株式会社として日本最大の水田面積を所有
農家が価格決定権を握り、自立した経営を追求していく。農業生産者としてスタートをきったときからそれをめざし、複合企業化を志向し続けているのが農業生産法人、有限会社「夢前夢工房」(兵庫県姫路市)だ。
代表取締役の衣笠愛之さんは、1994年に実家の養鶏場から独立して米の専業生産者に転じた。きっかけは、娘のアトピーがひどかったため、安全・安心な米づくりとして無農薬・無化学肥料の栽培がしたかったことだ。また、独立前には水田で防具も付けずに農薬を散布して全身に発疹ができ、3日間の高熱に悩まされた苦い経験もあった。
「無農薬の米づくりには創意工夫が必要です。それは大変なことではありますが、逆に失敗を繰り返しながら多くの発見をするという点でおもしろいことでもあります」(衣笠さん)
試行錯誤を繰り返しながら無農薬の米をつくる。おもしろいという中にも多大な苦労もあり、独立から3年間は不休で働き続けた。
衣笠さんには独立時から米の生産のみならず、加工や飲食なども含んだ複合企業を営む構想があった。そこで米づくりが軌道に乗ると、さっそく1999年に夢前夢工房を設立し、そばの作付けを始めた。
「自分が食べたいからそばの栽培を始めただけですよ」
笑いながら話す衣笠さんだが、真の目的は農産加工品づくりだった。地元で商工会の理事を務める衣笠さんには地場の商工業者に知己が多く、彼らとの交流を通じる中に加工品の特性を的確につかんでいた。すなわち、加工品をつくれば農家が価格決定権を持てる、それにより収益性を高められる。いわゆる6次産業化により自らの農産物に付加価値を付与できることだ。
加工は専門家に任せるべし
「ただし、農業生産者は原料の供給に徹し、加工は地元の専門業者に任せたほうがいいですね。加工には衛生管理をはじめとして多くの専門的な知識と技術が必要ですし、なにより地元の異業種と連携したほうが地域が活性化しますから」(衣笠さん)
夢前夢工房で栽培した無農薬のそばを地元の製麺所で加工してもらい、2003年に「夢そば」の商品名で発売した。これがおおいにヒットし、それを機にうどん、きな粉、もろみへと加工商品を展開。さらに、2011年には「農家の雫」という商品名のしょう油を開発・発売すると、これも消費者から支持された。
そばやしょう油などの農産加工品づくりを通し、衣笠さんは価格決定権と収益性の向上、地域活性などを実感し、さらに自らの意識の変化を覚えた。
「加工品は、買っていただくお客さまのことを考えながらつくります。そうした顧客志向の意識を学びました」 農業では消費者を考えながら農産物を栽培するという意識がどうしても希薄になる。しかし、製造業者は消費者の嗜好を熟考しながら製品開発を進める。農産加工品づくりを介し、そうしたマーケティング意識の重要性を改めて認識した。
さらに消費者への意識を高め、経営感覚を磨く
衣笠さんの事業展開はさらに続く。2009年、地元の第3セクターが経営していた農業公園「夢さき夢のさと夢やかた」の運営(指定管理業)を請け負い、同年に農家レストラン「夢工房」を公園内にオープンさせた。レストランでは、夢そばをはじめ兵庫県産の食材にこだわり、化学調味料・添加物の使用を極力抑えたメニューを提供した。
「このレストラン経営によってさらに消費者目線に対する意識が高くなりました」(衣笠さん)
メニューづくりも顧客志向をさらに高める1つのきっかけとなった。例えば、化学調味料や添加物をまったく使わないで調理すると料理の味がいまひとつ足りない。となると当然お客は満足しない。しかし、調理する側としては無化学調味料・無添加にこだわりたい。そのジレンマを解くために大切なことは、生産者の論理を押し付けるのではなく、消費者の嗜好にうまくマッチングさせることだ。来店客なくして経営は成り立たない。衣笠さんはレストラン経営を通して企業経営の感覚を磨いていった。
現在、農業公園ではレストランのみならず、宿泊施設やキャンプサイト、農業・そば打ち・加工などの体験サービスも提供し、年間2万人の来場者を数え、第3セクター時代の経営赤字も黒字に転換させた。
今後の農業生産者が生き残る道を切り開く
衣笠さんの複合企業への夢はさらに膨らむ。その先鞭として2012年3月、県内の大型稲作生産者19軒に呼びかけ共同出資で株式会社兵庫大地の会を設立した。同社が組織する水田の総面積は約650haと、兵庫県明石市の農地面積をも上回る規模。株式会社が運営する水田面積としては日本最大級の広さだ。
目的は、大手食品メーカーと取引するため、米の生産規模を拡大することだ。また、大規模化によって肥料や資材を大量に共同購入することで生産コストの削減にも寄与できる。
夢前夢工房と同様に兵庫大地の会でも加工品を手がける。神戸商工会議所とコラボレーションして菓子、化粧品など6商品をプロデュースし、近日発売の見込みだ。また、組織する水田面積は5年後に1000haをめざし、収穫した米の輸出も考え、そのための策もすでに打っている。
「今後も専業の農業生産者が生き残れる方途を考え、確立しなければなりません。そのためにも兵庫大地の会に集う若手経営者をさらに成長させることが急務です」
13年前から衣笠さんは地元の若手農業生産者8人を集めて勉強会「大地の会」を結成し、自らの進むべき未来を切り拓くべく、農業を語り合ってきた。そしてその若き仲間たちと株式会社を立ち上げた。
「いまの若者は頼もしいですよ。みんな自分の意見を堂々といいます。これからの農業が進むべき方向をめざし、さまざまなチャレンジに失敗してもいいから、いまのうちにあがけ、もがくな、とはっぱをかけています」(衣笠さん)
もがけば沈むだけだが、あがけば少しずつでも前へ進んでいける。そう考える衣笠さんは、夢前夢工房、兵庫大地の会ともに次代の農業ビジネスへ向かい着実に前進を続けている。
企業データ
- 企業名
- 有限会社夢前夢工房
- Webサイト
- 代表者
- 衣笠愛之
- 所在地
- 兵庫県姫路市夢前町宮置909-1