あの人気商品はこうして開発された「食品編」

「香味カリー」真の魅力は時短ではなかった

「あの人気商品はこうして開発された」 「香味カリー」 —真の魅力は時短ではなかった フライパンで肉と玉ねぎを炒めた後にカレーパウダーをふりかけ煮込めば、約10分で専門店のようなスパイス感やコクのあるカレーが完成—。時間の余裕がない共働き世帯が増える中「フライパンで10分」という“時短”にニーズがあると江崎グリコは読んだ。だが、製品テストをしてみると、それ以上に消費者が“食いついた”のは別の点だった。

カレー専門店のようなスパイス感やコクのある味わいが10分で完成—。江崎グリコが8月20日に発売した「香味カリー」のアピールポイントだ。フライパンで炒めた肉と玉ねぎに同社が開発したカレーパウダーをふりかけた後、水を入れて5分ほど煮込めば出来上がる。一般的に家庭で市販の固形またはフレーク状のルウを使いカレーをつくると30-40分かかる。そのため、時間の余裕が少ない共働き世帯を中心に家庭でのカレーの調理頻度は年々低下傾向にある。江崎グリコは、時間短縮(時短)で調理できるカレーの素に消費者ニーズはあると踏んだ。だが、ほぼ完成した製品をテストすると消費者がもっとも評価した点は別のところにあった。

カレーのパウダー化

油脂使用量が少ないパウダーはスパイスの香りを引き立てるのにも適していた

江崎グリコによると、家庭で調理されたカレーの出現率はここ数年低下していることが分かった。「カレー専門店などで食べたり、レトルトやチルド、持ち帰り弁当のカレーを利用したりする人が増えているため、カレー摂食率自体は落ちていない。しかし、家庭用のルウの市場は5年くらい前から前年比97%で推移している」(マーケティング部の中川充子さん)と、微減傾向にあることを指摘する。

もっとも、料理をつくる側にしても時間をかけるのは嫌だが手を抜いているとも思われたくないという心理が働く。「つくる時間を短縮しながらも、手づくり感のあるカレー料理にできればニーズはある」(同)と見込んだ。

調理時間を短縮するために江崎グリコが目を付けたのが、カレーのパウダー化だった。油脂の使用量が少ないパウダータイプは、スパイスの香りを引き立てるのにも適していた。また洗いものの汚れが落ちにくいと言う不満点(江崎グリコ調べ)も解消できる。

実は、このパウダー化したカレーの素のアイデアは6、7年前にすでに同社にあった。開発はしたものの、当時の市場状況などさまざまな事情が考慮され、日の目を見ることはなかった。

潮目が変わった!

厚生労働省の「平成24年版 労働経済の分析」を基に作成

ただ、近年になって状況が変わってきた。厚生労働省の「平成24年版 労働経済の分析」によると、パウダーカレーを開発したころの2006年の共働き世帯数は977万世帯だったのに対して、6年後の12年には9.3%増の1068万世帯に増えている。共働き世帯の増加などが要因となり「簡単かつ時短で料理をつくりたいという意識が高まってきた」(同)と分析する。

ターゲットは子どものいない夫婦世帯や単身者を設定。通常、家庭でカレーをつくる場合は鍋を使い調理するが、ターゲットにした世帯ではつくり過ぎて残ってしまうことがある。江崎グリコが調べたところ「カレーをフライパンでつくることのある人」は全体の2、3割いることが分かった。フライパンを使えば、ターゲット世帯の人数に合った2、3人分のカレーをつくるのにちょうど良い量となるだけでなく、後片付けも簡単になる。そのため同調理器具で料理をする設計にした。

専門店のような味わい・香りを追求

素材に頼らなくてもうま味が出るカレーパウダーにするために山のような試作を重ねた

短時間でつくれるカレーの素とはいっても、味やカレーの生命線ともいえる香りが劣っていては見かけ倒しになってしまう。以前に開発したパウダー状のカレーを参考に、よりコクのある味わいやスパイス感が出るように検討を行った。

通常、肉や野菜などの具材を鍋で煮込むと、具材自体からアミノ酸などのうま味成分が出てくる。だが「香味カリー」の一つの特徴は、短時間でつくれること。煮込み時間が長くなるとコンセプトから逸脱してしまう。調理を簡単にするために具材を絞った。「ビーフカリーの素」では牛肉と玉ねぎで、また「チキンカリーの素」では鶏肉と玉ねぎだけで完成できるようにした。

具材を絞り、煮込み時間短くするには素材に頼らなくてもうま味が出るカレーの素にしなくてはならない。そのため、原材料にはオニオンパウダーやクリーミングパウダー、チキンブイヨンパウダー、にんにくパウダーなどうま味成分があるさまざまな素材をパウダーとして配合し、コクを出すように工夫した。「どれくらいの具量なら、どの程度のパウダー量が最適か、またどの素材のパウダーと具の相性がいいかなど山のような試作を重ねた。社内試食会や消費者テストをしては修正を繰り返し行った」と、マーケティング部の中川充子さんは開発当時の状況を振り返る。

また、カレーは味わいだけでなくスパイス感のある香りも重要な要素。香辛料は熱に弱く加熱し過ぎると香り立ちが低下してしまう性質がある。一般的なカレールウのように、ルウに香辛料を合わせて煮込む工程がないため、香辛料本来の香りを傷つけることなく、専門店のような香り立ちがするカレーの素の製造が可能となった。開発から約2-3年、フライパンを使い10分で調理ができるカレーの素は完成した。

迫られた方向転換

8月20日の発売から約1年半前、消費者テストをすると思いがけない結果が返ってきた。 当初、開発チームが製品の最大のアピールポイントに設定したのが「フライパンで10分でつくれるカレーの素」で、パッケージには「香り高い本格カレー」の文字がサブタイトルのように使われた程度だった。商品名も簡便性を訴求するために「フライパンdeカレー」としていた。

「訴求点を香りや味わいに軌道修正することが一番難しかった」と振り返るマーケティング部の中川充子さん

しかし、テストで消費者が一番“食いついた”のは10分という調理時間の短さではなかった。「短い時間で調理できる点も評価していただいたが、それ以上に『調理している時に鼻に通る香りがよい』や『スパイス感のある本格的なカレーの味』という感想が多数寄せられた」(中川充子さん)という。10分で調理できる簡便性を最大の訴求ポイントにしていたが、消費者テストを受けてアピールポイントの方向転換に迫られた。

テストでは香りや味を評価する声が多く出たが「本当に、一番の訴求点は時短でなくていいのかと社内でも迷いがあった」(同)と、打ち明ける。だが、実際に製品を購入する消費者の生の声に勝るマーケティングはない。「調査結果を基に社内を説得して回った。訴求点を軌道修正することが一番難しかった」(同)と当時を思い返す。

パッケージデザインには「フライパンdeカレー」の時とは逆転させ「パウダーだからできるこの香り」というキャッチコピーをメーンにして「フライパンで10分」の文字はサブタイトルのように使った。また商品名を「香味カリー」に変更し、スパイス感を引き立たせ味わいを連想させるネーミングに変えた。

軌道修正は正解だった

8月20日に発売された新生カレーの素「香味カリー」は実際に食べてもらわないと、香辛料の香りやコクのある味、時短調理できるメリットが分かりにくい。そのため発売すると、江崎グリコは店頭での実演試食会や時短の簡便性を訴求するために動画を使った調理例の提示などを積極的に行っている。

また、最近ではフライパンを使い時短調理ができるカレー商品が増えてきていることを受け「小売店にはコーナー化の提案をしている。他社メーカーと新コーナーを共同提案するケースもある」(中川充子さん)という。

店頭での実演会では「時短の簡便性以上に、味や香りについて評価していただいている。パウダー状のカレーの素という新しい発想の商品は、見込み通りにお客さまに浸透している」(同)と顔をほころばせる。

企業データ

企業名
江崎グリコ株式会社
Webサイト
代表者
代表取締役社長:江崎勝久
所在地
大阪府大阪市西淀川区歌島4-6-5

掲載日:2013年9月11日