織機の部品を改造し、思い通りの製品を生産する創意工夫力
イタリア、フランス、アメリカへと世界市場に拡販
これを織り上げられれば世界で一番になれる
大手合繊メーカーが当時世界で最も細い7デニールの糸を開発したのは、天池源受社長(以下、現社長)が代表取締役社長に就任した2001年以降の話だった。当時、天池合繊ではメーカーから請け負って生地を製造していた。
「デニール」とは糸や繊維の太さの単位であり、数が小さいほど、糸や繊維が細くなる。7デニールといえば髪の毛の5分の1位の細さである。当時の服地で一番細い繊維が20デニールであることから考えると、いかに細いかが想像できる。
プラズマテレビやフィルターといった産業資材に使用する目的で、大手合繊メーカーはその糸を傘下の企業で織り上げて生地にしようと試行錯誤した。しかし、その細さゆえ、3年掛かっても織り上げられなかった。
元来、奥能登は細い糸を織り上げる地域として業界では有名で、大手合繊メーカーは天池合繊に駆け込んできたのだった。
「糸が細すぎて見えにくいのです。糸をぱっと離すと空気中に浮いていくほどに、細くて軽い。見えない糸をどうやって織ろうか」そう現社長は戸惑ったという。
試しに75デニールのカーテンの経糸に、緯糸として織ってみた。経糸に糸を打ち込むと同時に緯糸が切れながら織り上げられた。極細の糸を織り上げることが難しいと実感したことと引き替えに、この生地が織り上げられれば世界一になれるのではとの想いもよぎった。
使用している織機そのままでは、糸が切れて織物にならないことに気がついた。極細糸を織るために鉄工所や樹脂加工業者に通い、部品を特注して織機を改造していった。改造の織機で織物の製造に成功した。
更なる試練を乗り越えるため自販へ
やっと製品が織れるようになり、大手合繊メーカーもこの極細糸で織った生地に社運を掛けているとの話を聞いて、天池合繊でも設備投資をどんどん進めた。
その矢先、大手合繊メーカーが産業再生機構への支援要請を行ったのだ。この先どうなるのか不安に思っていたところ、大手合繊メーカーが経営権を売却し、引き継がれた企業からすでに開発量産に入ったプラズマテレビの価格が1年で半値に下がったので、生地代も半値にしてほしいとの依頼が来た。しかし、すでに設備投資を行っており、半値ではとてもじゃないが経営が成り立たなかった。このままでは借入返済が不能になり倒産してしまう。それで、自社でファッション用の生地として販売する決心をした。
2005年、世界一薄く軽い生地は「天女の羽衣」と名付けられ、自販することになった。外部に依頼し、開発費や設備投資金額そしてその借入返済とランニングコストを考慮して値段をつけたのはいいものの、高級な生地として有名なシルクと同じくらい高い値段になってしまう。現社長自身も本当に売れるのだろうかと不安になったという。
天女の羽衣(スカーフ)
イタリアの展示会をきっかけに日本そして世界へ
国内のいろんな会社や百貨店に営業に行ったが、「高い」とか「売れてるんですか」と訊かれることも多く、気づくと1年が経過していた。設備投資に関しての銀行からの貸し付け猶予は1年だった。「返済のための貸し付けをしてくれたんですね。自転車操業ですよ。ただし猶予1年ですよ。1年は直ぐ経ちました。ああこれでもうダメかなと思った」
そんな折、ジェトロ(日本貿易振興機構)のイタリアの展示会へ出展した。そうしたところ、イタリアの世界的なファッションブランドからの受注に成功する。また、国内の有名ウェディングドレスブランドからも受注に成功した。ただ、生地の生産の受注には
波がある。これを解消すべく、自社でスカーフやポケットチーフ等の製品を販売し始めたところ、某百貨店の社長が気に入ってセールスしてくれて、飛ぶように売れた。
さらに、テレビでの製品の紹介もあり、製品の売上げは安定してきており、今日では自社の売上げの一つの柱となっている。海外での販売実績はイタリアのみならず、フランス、アメリカと広がりを見せている。
「天女の羽衣」の自販での成功例を活かし、今後は請負の部門も製品化し自販を目指す。
左:パリオペラ座のポスター(衣装に使用)/右:天女の羽衣のポスター