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新聞販売から異業種のM&Aで反転攻勢をかける「株式会社ウエストハママツHD」
2025年 8月 25日

新聞の発行部数が減少するなか、新聞販売店が異業種のM&Aで反転攻勢をかけている。株式会社ウエストハママツHD(静岡県浜松市)は、祖業である新聞販売事業のほか、空調設備の清掃、さらにウナギの販売といった、全く業種が異なる同市内の企業を傘下に収めている。HDの代表取締役で事業会社2社の代表を兼任する鈴木順之介氏は「事業を継続することで雇用の維持と地域経済の発展に貢献したい」と話している。
1933年に販売店を創業、ピーク時には100人超を雇用

「浜松のミニ・コングロマリットになる」。2024年11月、浜松市内のホテルで開催されたウエストハママツグループの年次総会で鈴木氏は“シン経営理念”を打ち出した。コングロマリットとは、異業種の企業数社が経営統合を行って一つの大きな企業グループを形成する経営形態のこと。同年1月に2社目のM&Aを実行し、持ち株会社を含めて4社で構成する企業グループを率いることになった鈴木氏は、祖業の新聞販売の売り上げが苦戦するなか、反転攻勢を仕掛けていく意気込みを表した。
新聞販売事業は鈴木氏の祖父・敏夫氏が1933年に立ち上げた。1976年に法人化し、創業60周年の1993年には本社を現在地へ移転するとともに、社名を高塚新聞販売所からニュースセンターウエスト浜松へと変更した。地元紙の静岡新聞のほか、名古屋を拠点とするブロック紙の中日新聞、さらに全国紙5紙(朝日、毎日、読売、産経、日経)などを配達する同社では、新聞の発行部数が右肩上がりの最盛期にはパートを含めて100人超を雇用。「従業員を2班に分けて毎年のようにハワイなど海外旅行に連れて行っていた」(鈴木氏)という。
1990年代後半に新聞の発行部数が減り始めた後も、販売店の主要な収入源である折り込み広告の好調がしばらく続いたが、2000年代初頭を境に売り上げは下落へと転じた。鈴木氏が2代目である父・晴夫氏の強い要望で同社へ入社したのは、売上高がピークを迎えていた2004年のことだった。その翌年からは賞与のカットが続き、従業員数も減り続け、現在は40人を切っている。
空調清掃会社とウナギ販売会社を傘下に 雇用維持でシナジー効果も

鈴木氏は2012年8月に3代目社長に就任。そして粗利(売上高から売上原価を引いた利益)がピーク時の半分にまで落ち込んだ2019年、鈴木氏は事業の多角化へと舵を切った。「他の新聞販売店では、野菜や弁当の宅配など、既存の事業を基にした多角化を行っていたが、もっと大胆な策が必要だ」と鈴木氏。「新聞販売とは全く関係のない事業をM&Aで会社ごと買収する手もある」。そんな考えを漠然と抱くようになっていた。そんな折、同社近くの静岡銀行入野支店に赴任した新任の支店長が鈴木氏の浜松北高の先輩だった縁で、M&Aを専門とする同行のグループ会社が仲介役となって買収の話が急進展した。そして2020年4月、後継者不在で当時の経営者が買い手を探していた浜松空調工業を買収することになった。
空調設備の清掃という、新聞販売とは無縁の事業を買収したことを受け、翌年4月に、ニュースセンターと浜松空調の持ち株会社としてウエストハママツHDを設立した。続いて2024年1月には、浜松空調と同じく後継者不在で、ウナギなど水産物の加工販売や飲食店(カキ小屋)事業を手掛けるマルマ中塩商店を買収した。社長には鈴木氏の弟・順之(じゅんじ)氏が就任し、鈴木氏の妻・里枝氏も取締役を務める。これによりHDは事業会社3社を傘下に収めることになった。
一連のM&Aの狙いは売り上げの回復だが、跡継ぎのいない企業の事業継続によって雇用を維持し、ひいては地域経済の活性化をもにらんだものだった。また、マルマの買収ではシナジー効果が生じたという。新聞全体の発行部数の減少に加え、取り扱い部数の大部分を占める静岡新聞が2023年3月末で夕刊を廃止したことで、配達業務やチラシの折り込み作業にかかる時間も減少。そこで手の空いた時間を活用してニュースセンターの従業員がマルマでウナギの通信販売の作業を手伝うことになった。また、新たにイタリアン料理を提供する夜間営業を始めたカキ小屋「舞阪マルマ幸福丸」では、HDの社員が休日にアルバイトとして働いている。
難しい人間関係 販売店で培った対人スキルが役立つ

「新聞販売店がウナギ販売!?」—。奇抜ともいえる鈴木氏の取り組みは地元の新聞やテレビで取り上げられ、注目された。雇用確保や地域産業振興などのメリットが強調され、概ね好意的に報道されていた。しかし、そんなきれいごとだけでは済まされないのが実情で、鈴木氏は「M&Aには懲りている」とこぼすほどだ。
最大の問題は人間関係、とくに買収された企業で以前から働いている従業員との関係だった。M&Aでは通常、仲介会社が間に入って経営者同士で交渉が進められ、その過程で買収先の従業員に接触することはない。浜松空調のM&Aでも、買収が実行されて初めて従業員との顔合わせが行われ、鈴木氏は「きょうから私が社長です」と挨拶した。「その時の雰囲気はなんとも表現しがたい微妙なものだった」と鈴木氏は振り返る。なかには「なんだ、お前」と言わんばかりの態度を見せる従業員も。買収後しばらくして退職する幹部社員もいた。
そんななか、鈴木氏は買収先企業の従業員一人ひとりとの個別面談を実施し、人間関係の構築に力を注いだ。その際には新聞販売事業で培った対人スキルが大いに役立ったという。「新聞販売店で働く多くの従業員と日々接してきたことで経験値が積まれてきた」と鈴木氏は話す。
不動産、第3のM&Aでさらなる多角化へ

異業種のM&Aによる多角化という手法で反転攻勢を進めているが、祖業である新聞販売事業がウエストハママツグループの主要な柱であることに変わりはない。「確かに新聞事業の売り上げは減っているが、利益はしっかり出ており、グループの稼ぎ頭だ」と鈴木氏は強調する。
その一方で、新聞全体の低迷が続いているのも事実だ。日本新聞協会によると、全国の発行部数は2661万部(2024年10月現在)と前年より200万部近く減少し、ピーク時(1997年、5376万部)の半分以下に落ち込んでいる。このため鈴木氏は、さらなる多角化を進めていく方針だ。具体的には不動産投資。不動産事業を定款に盛り込んでいるHDがJR浜松駅近くの賃貸用マンションを取得した。同駅南側には、静岡市と浜松市にキャンパスを持つ常葉大学がキャンパス移転を予定しており、今後の住宅需要の増加が見込まれている。
また、3度目のM&Aの可能性もないわけではない。これまでの経験からM&Aの難しさを痛感し、手元資金もいったん減少しているが、「不動産事業による収益次第では将来的に新たなM&Aも検討したい」と鈴木氏は話す。こうした多角化によって雇用を確保していくとともに、地域経済の発展に貢献していきたい考えだ。
100周年へ向かう“浜松のミニ・コングロマリット”

1933年に祖父が新聞販売店として創業してから92年。あと8年で100周年を迎える。ウエストハママツグループのヘッドクオーターとなるHD本社の正面には、2社の買収と持ち株会社化を受けて新たな看板が掲げられている。そして創業年を示す「established 1933」の上には事業会社3社の名称が記されている。鈴木氏は「ここには、もう1社、書き加えられるスペースが残っている」と含みのある発言。ウエストハママツグループは100周年という節目の年に向けて“ミニ・コングロマリット”への道を進んでいくことになる。
企業データ
- 企業名
- 株式会社ウエストハママツHD
- Webサイト
- 設立
- 1933年8月
- 資本金
- 300万円
- 従業員数
- 66人(グループ全体)
- 代表者
- 鈴木順之介 氏
- 所在地
- 静岡県浜松市中央区入野町9867番地
- Tel
- 053-447-0170
- 事業内容
- 新聞販売・空調清掃・水産物加工販売の各事業会社の持ち株会社