2026年 3月 5日

能登福幸べんとう

2024年、1年の間に激しい地震と豪雨という二度の大きな災害に見舞われた能登半島。復興に向かう事業者を後押しするため、中小機構北陸本部は、被災した事業者による「能登福幸(ふっこう)べんとう」の販売会を3月1日、金沢駅で開催した。販売会では、金沢を訪れた観光客をはじめ、多くの方々に買い求めていただいた。この企画には七尾市、能登町、志賀町の3事業者が参加。いずれも震災で大きな痛手を負ったが、事業の再建に必死で取り組んでいる事業者だ。地域の逸品食材を盛り込み、作り上げた弁当には復興への熱い思いが込められていた。

再建目指し仮設店舗で営業 株式会社富来ストア

富来ストア専務の冨澤美紀子氏
富来ストア専務の冨澤美紀子氏

金沢駅から能登半島西岸を走る「のと里山海道」を経由し、車で1時間あまり。志賀町富来にある「道の駅とぎ海街道」に中小機構の支援で設けられた仮設の商店街「富来復興商店街」がある。商店街に入居する地元のスーパー、トギストア(株式会社富来ストア)は、能登福幸べんとうの企画に参加した。

「能登といえば、なんといっても紅ズワイガニと甘えび。この提案が来たとき、この2つでいこうと決めた」と専務の冨澤美紀子氏は笑顔を見せた。販売会では「甘えび寿司」「ズワイガニ寿司」という能登を代表する海産物を盛り込んだ2種類の弁当を販売した。

富来ストアが提供した甘えび寿司(左)とズワイガニ寿司の弁当
富来ストアが提供した甘えび寿司(左)とズワイガニ寿司の弁当

富来ストアは、この地区で70年わたって地元に親しまれてきた店だ。現在は冨澤氏の夫が社長を務めている。生鮮品から日用品まで幅広い商品をそろえ、なかでも鮮魚と総菜が看板商品となっている。「鮮魚は社長が毎朝4時起きで七尾市の魚市場から仕入れている。総菜はすべて手作り」と冨澤氏。総菜は病院で栄養士をしていた冨澤氏がその腕を生かして作り始めた。注文に応じて届ける仕出し弁当は「特に刺身が格別」と人気で、地域の会合に欠かせないものになっている。

仮設店舗は被災した店舗から離れた場所にあるが、なじみの客が変わらず買い求めに来ている
仮設店舗は被災した店舗から離れた場所にあるが、なじみの客が変わらず買い求めに来ている

志賀町は能登半島地震で最大震度7を観測。冨澤氏の店舗は天井や壁が崩れ、大規模半壊の判定を受けた。修復は困難な状態で、家族で話し合い、「解体するしかない」と決断した。仮設商店街に店舗を移転したのはその年の9月。被災した店舗は、いまは更地となっている。再建に向けて地道な営業を続けながら、全国で開催されるイベントにも積極的に参加。能登の新鮮な魚を使った寿司などを提供し、復興をアピールしている。

今回の販売会について冨澤氏は「県外に出ると、『能登にはまだ行けないでしょう』と聞かれることが多いが、もうそんなことはない。能登の食材を味わってもらい、足を運んでくれるきっかけにしたい」と話していた。

参加を機に弁当事業を新たに展開 ひらみゆき農園

ひらみゆき農園代表の平美由記氏
ひらみゆき農園代表の平美由記氏

能登町のブルーベリー農家、ひらみゆき農園代表の平美由記氏は収穫したブルーベリーをベースにしたおしゃれな弁当を販売した。

ブルーベリーソースで炊き込んだカラフルなごはんが特徴的。ブルーベリーだけではなく、能登豚をメーンに味付けにも能登の塩を使うなど地元のおいしい食材を数多く取り入れた。「一つのお弁当から能登のいろいろなものに触れてもらって、能登のことを思い出してもらったり、また能登に行ってみたいと思ってもらったりしてくれるとうれしい」と平氏。弁当づくりは初めてのチャレンジで、今回の取り組みを機に弁当の事業化を視野に入れている。

ブルーベリー収穫の様子
ブルーベリー収穫の様子

能登町はブルーベリーの一大産地。平氏は父が40年ほど前に始めた農園を2010年に引き継いだ。収穫したブルーベリーをそのまま販売するだけでなく、ソースなどの加工品として販売。さらにキッチンカーを導入して、ブルーベリーのクレープやドリンクを提供していた。

ところが、能登半島地震で農園の広いエリアが土砂崩れで埋まり、一部は崩落し、父の代から育てていた100本分の木を失った。自宅や加工場も大きな被害を受けた。加工場では冷凍したブルーベリーを大量に保管していたが、停電で保存できない状態に陥った。

ブルーベリーソースで炊いたごはんが特徴的なひらみゆき農園の弁当
ブルーベリーソースで炊いたごはんが特徴的なひらみゆき農園の弁当

すると、取引先の金沢市にあるドーナツ店が「すべて買い取る」と申し出た。冷凍したブルーベリーを届けるため、窮地を知った見知らぬ人が車を出して金沢まで運搬してくれたという。「そのおかげで事業を再開することができた」と平氏は振り返った。

現在は、加工の拠点を野々市にあるインキュベーション施設「いしかわ大学インキュベータ(i-BIRD)」に移し、ブルーベリーを使った新商品の開発に取り組んでいる。キッチンカーも移動し、「金沢市内のイベントなどに出向いて出店している。能登と金沢のかけ橋となって、能登の現状を知ってもらう活動も行っている」という。

弁当づくりは、経験のある女性スタッフ2人が中心になって取り組んだ。弁当の製造販売の事業化に向けた準備も着々と進んでいる。「お弁当の事業は、会社などから予約をいただいて、それに応じてつくる形で取り組んでいきたい」と平氏。今回のイベントが新たな道を拓く大きな一歩となった。

コロナ禍・震災乗り越え、弁当づくりで再起 株式会社カワテン

カワテン代表取締役の井田幸長氏(右)と妻の淳子氏
カワテン代表取締役の井田幸長氏(右)と妻の淳子氏

七尾市ののと鉄道能登中島駅構内にある売店「駅マルシェ わんだらぁず」を運営する株式会社カワテンは、七尾市名産の能登カキを使った弁当を販売した。時雨煮にした能登カキをごはんの上にのせた弁当で、石川県の伝統野菜である中島菜の漬物を添えた。代表取締役の井田幸長氏は農家を兼業しており、お米は自ら収穫したコシヒカリを使用した。「シンプルに醤油と酒、砂糖をショウガで甘辛く煮込んでいる。ただ、一般的な時雨煮よりも薄めにして、カキの味がよくわかるようにした」と井田氏は説明してくれた。

カワテンは、もともとは七尾市でテントの縫製やプリントTシャツなどのオリジナルグッズを製作する事業を展開していた。のと鉄道の直営だった能登中島駅売店の運営を2019年に引き継いだ。当初は自社で製作したグッズなどを販売していたが、店を改装し、厨房設備を整え、カキ料理を提供することにした。

能登中島駅の店舗。駅ホームでカキのガンガン焼きを食べられる
能登中島駅の店舗。駅ホームでカキのガンガン焼きを食べられる

「グッズの販売だけでは限界を感じ、能登はやはり『食』と考えた。駅のホームにいすやテーブルを置いて、観光に来てくれた人にカキのガンガン焼きを食べさせたら面白いと思った。だいぶ人気になって、人も来てくれるようになったらコロナ禍に入ってしまって…」。人の動きがぴたりととまり、本業にしていたテントの縫製やグッズの事業にも影響が出た。ようやくコロナ禍が収束し、客足が回復した矢先の能登半島地震だった。

カキの弁当を初めて手掛けたのはコロナ禍の収束後のことだ。昔ながらの立ち売りスタイルでつくった駅弁を販売していたそうだ。「素朴な感じの田舎飯。地域おこしのつもりでやっていた」と井田氏。震災後、井田氏のことを紹介していたネットニュースが百貨店のバイヤーの目に留まり、百貨店での催事出店が決まった。

時雨煮にした能登カキをトッピングしたカワテンの弁当
時雨煮にした能登カキをトッピングしたカワテンの弁当

「完全に“21世紀枠”だったが、出店させていただいて、いい経験をさせてもらった」と井田氏は振り返る。「催事での料理の仕方や出店の調整の仕方などをたくさん学んだ。その後は博多に行ったり、小倉に行ったり。東京の有名な駅弁大会にも呼ばれるようになった。みなさんの手を借りていたが、独り立ちして全部自分たちでやるようになった」。催事では実演で販売。料理は妻の淳子氏が担当し、盛り付けは井田氏。すべて夫婦2人で切り盛りする。

能登半島地震でテントの縫製工場が打撃を受け、廃業を余儀なくされた。「副業で始めた事業が今はメーンになっている。たくさんの人に支えられて今がある」と井田氏。「『福幸べんとう』という今回の企画を聞いた時、食で能登を本当に幸せにできたらいいな、と思った。弁当を通じて、能登中島のことをもっと多くの人に知ってもらって、カキを食べに来てもらいたい」と話していた。

記憶の風化を防ぎ、消費を通じて事業者を支援

金沢駅で行われた販売会
金沢駅で行われた販売会

「経済的には本当に元気がない。このままでは能登の産業は本当に成り立たなくなるのではないかと心配になる」。こう語るのは、カワテンの井田氏。能登を訪れる観光客の数はなかなか回復せず、一方で、人口流出も進んでいる。公費による被災した家屋の解体は進んでいるものの、集落には更地のままになった土地が目立っている。復興への足取りは重く、事業者からは「時間の経過とともにこのまま能登は忘れられてしまうのでは」と心配する声も聞かれた。

「能登福幸べんとう」は能登半島地震の記憶の風化を防ぎ、消費を通じて、被災した事業者の再建を支援しようと企画された。地域の事情をよく知る中小機構のコーディネーターが、震災に負けず新しい事業にチャレンジしようと取り組む事業者を選定。それぞれ得意とする食材を前面に出した弁当を事業者に作ってもらった。

この日の販売会には計80食を用意。金沢駅を訪れた地元の方々にも購入していただき、午後2時には完売した。「被災地の状況を目の当たりにして、微力ながら応援しようと購入した」「こういった応援消費の場があるとありがたい」といった声をいただいた。

中小機構東北本部では、2011年の東日本大震災後、被災地の事業者の支援を目的に『東北福興(ふっこう)弁当』を企画し、事業者の協力を受けながら、毎年、被災地の食材を盛り込んだ弁当の販売を10年以上にわたって続けてきた。中小機構北陸本部もこのイベントを東北同様、継続的に展開し、能登半島の復興を後押しする考えだ。