徹底した人材育成
夢を持ち挑戦できる社風
長引く景気の低迷により受注環境が悪化するなか、「これまでどおりの鉄工所では生き残れない。大手も中小企業も土俵は同じ。他社より一歩先を行きたい」。危機感を抱いた黒田美和子社長は2009年、現在地への本社の移転と大型・重量製品の生産に対応できる第1工場の建設に踏み切った。
大型・重量製品に特化することで他社との差別化を狙った第1工場は、幅20メートル×長さ56メートル×高さ10メートルの十分な生産スペースを確保。同業他社に先駆け最大つり上げ荷重10トンの大型クレーンを2基導入するなど受注環境を整えた。社内で設計から製造、工事、据え付けまでを行う一貫生産体制を構築しコスト低減や短納期、品質の向上を推進することで競争力を高めた。
専門工場建設で風評被害を乗り越える
第1工場の生産が軌道に乗り大型・重量製品の受注も順調に伸びて手応えを感じた頃、東日本大震災の発生により同社は新たな試練に直面する。「震災を機に事業を取り巻く景色が一変した」(黒田社長)。東京電力福島第1原子力発電所事故による放射線の汚染を懸念した医療・食品関連の顧客からのキャンセルが相次いだ。製品の放射線量を自社測定し安全性を訴えるなど、可能な限り風評被害を最小限に抑えるよう努力したが受注の減少に歯止めが掛からなかった。
これまでの受注は一品物が中心だったが、量産品などに変わり、より厳しい安全性の保証が求められるようになった。他社との競争も激化し、差別化が難しくなった。こうした事業環境の変化に対応するため、黒田社長が導き出した解の1つが、ステンレス製品に特化した第2工場の建設だった。
「震災から3年が経過し受注は戻りつつあったが、震災前の水準には達しなかった。“日本一きれいなステンレス専用工場”を建設することで受注に弾みをつけたかった」(同)。
資金は補助金も活用し総額約1億5000万円を投じた。
第2工場は本社敷地内に建設し延べ床面積は約930平方メートルで、最大つり上げ荷重5トンと同2.8トンのクレーン2基を設置した。製造から研磨、洗浄までの一貫生産体制が強みで、厚さ2ミリメートルの薄板品から同16ミリメートルの厚板品までの製品に対応する。協力企業も含めステンレスでは10トンの月処理能力を持ち一品物から量産品まで対応する。
第2工場専用の定盤や工具、作業服を整備するなど、鉄などの製品とは完全に分離することで、もらいサビなどの不良の発生を防止した。床に汚れに強い材質や塗装工法を採用するなどクリーン化も徹底した。「需要の拡大が見込めるステンレス品に特化することで、他社との差別化をはかり、高機能が求められる医療や食品分野での受注拡大を目指した」(同)。
日本一きれいなステンレス専用工場
社内競技会を活用した意識改革
同社は、将来を担う人材の育成にも積極的に取り組んでいる。その一環として2009年から「社内溶接技術競技会」を開催し、今年で6回目を数える。競技会を通じ日々の業務のなかで見落としがちな個々の欠点や目標、課題などを明確にすることで意識改革を進め、スキルアップを図り社内技術の向上につなげる。
第3回からは学科試験も導入し、学んだ知識を現場で活用することで品質面でも成果が表れているという。試験問題を反復して解くプリント学習も功を奏し、第6回の学科試験では参加者14人の平均点が合格ラインの70点を大幅に上回る88.9点の好成績を残した。
「後継者の育成は子育てと同じ。時間は掛かったが着実に成果が上がっている。成績結果が社員の自信につながり、さらに高い目標を目指すという好循環を生んでいる」(同)。
地道な社員教育により同社では、製缶1級技能士が4人、構造物鉄工1級技能士が5人、普通ボイラー溶接士が4人をはじめ多くの技術資格取得者が名を連ねる。福島県溶接技術競技会でも多くの社員が上位入賞する常連企業だ。「単に価格だけでなく生産環境や人材を見て当社を指名する顧客が増えている」(同)。黒田社長の変革への挑戦が実を結ぼうとしている。