経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

「有限会社 瀬戸鉄工」鉄工から食品へ、事業転換で成長実現

広島県の瀬戸鉄工は企業名に「鉄工」を掲げているものの、売上の70%を占めているのは食品事業である。時代の変遷に合わせてマーケティング戦略を転換し事業を多角化展開してきた。それを支えてきたのが創業以来のコア・コンピタンスである鉄工技術である。これを磨き上げ、常に新たな需要を獲得し続けている同社の秘密を紐解く。

この記事のポイント

  1. 創業以来のコア・コンピタンスである鉄工機械の製造技術を活用
  2. 市場動向と競争環境の分析により、異業種の食品業界へ参入
  3. 顧客志向に加え、社会志向マーケティングをベースにした商品開発を展開
瞬間高温高圧焼成法で作られた、ヒット商品の「焼き小いわしのまるごとちっぷす」

転機は珍味「イカの姿フライ」

1970年に鉄工所として設立した有限会社瀬戸鉄工は、ほどなくして自動車メーカーや電機メーカーのプラスチック成形品の加工事業も開始した。さらに当時、需要が伸びていたプラスチック製の食品容器(駄菓子屋販売用の赤い蓋のポット容器)の加工も請け負うようになった。設立10年を迎える頃には、鉄工事業とプラスチック事業が2本柱になっていた。

あるとき、食品容器製造を通して繋がりができた食品メーカーから要請があり、機械を開発することになる。当時、イカの姿フライは手作業での工程が多かった。当然、これでは効率が上がらず、生産量は限られる。そこで同社は、鉄工所として培った機械加工の技術を活かして、「イカの姿フライ自動製造機」を開発する。すると、発注のあったメーカーにとどまらず、効率化に課題を抱えた多くの同業メーカーから引き合いが相次いだ。

瀬戸内海国立公園「野呂山」の麓にある工場。瀬戸内海が臨める立地

鉄工所なのに機械は売らないビジネスモデル

ここで同社が取った戦略が秀逸である。これまでの機械を販売するビジネスから、取引先である食品メーカーの下請となる戦略へ転換したのである。鉄工所が食品メーカーとなったのだ。

「イカの姿フライ」は呉市の広町にある複数のメーカーが高い全国シェアを占め、新規参入企業が少ない業界構造となっていた。このような寡占的な業界で、地元のメーカーへ機械を一度納品したら、一時的には大きな売上利益を獲得できるものの、その後の需要拡大や継続性は到底望めない。そこで、自動機械を外部販売せず、内部で自ら機械を使う下請けメーカーとなることのほうが、長期的に安定的な需要獲得ができると判断したのである。結果的に、この大英断は同社の業績拡大につながることになる。

このような戦略に出ることができたのは、同社に競争力の源泉「コア・コンピタンス」があったためである。創業以来の鉄工所で培った機械製造技術や食品メーカーとの密接なつながりがあり、同業者に先んじてニーズにマッチした自動機械の製造が可能になった。機械が開発された後も、マニュアルを整備するよりあえてアナログ的に現場で教育する方法を取ったため、情報的経営資源(ノウハウ)が社内に蓄積され、他社に模倣され難かったことも同社の競争力を強化しているだろう。

同社は現在、鉄工事業は行っていないが、「瀬戸鉄工」という創業時の社名を残しているのは、「鉄工の技術」というコア・コンピタンスを忘れないためでもある。

食品業界への参入は先代社長の英断だったと語る、瀬戸勝尋社長

マーケティング戦略の移り変わり。顧客志向から社会志向へ

同社は食品事業として、イカの姿フライのOEMだけでなく、自社商品も生産している。自社商品開発のきっかけとなったのは、地元の親や子どもたちから「子どもたちの骨を強くしたい」「イリコはカルシウムたっぷりだけど、ボソボソして食べにくい」という声だった。

まずは試験的に、イリコを「イカの姿フライ」用の機械で加工して、地元の小学校に無償提供してみた。すると、サクサクとした食感と風味豊かな味が大好評だった。そこで本格的な製法研究に着手し、瞬間的に焼き入れをしながら加圧する「瞬間高温高圧成法」を生み出した。この製法は特許も取得した。ヒット商品「焼きいりこ」の誕生である。工業試験場での検査では、旨味成分のグルタミン酸やアスパラギン酸が増加することが分かった。おいしさの秘密が実証され、商品のブランド力向上にも活用されている。これは顧客志向マーケティングの成功と言えるだろう。

要する時間は、わずか1秒から3秒。
食材を「高温」で芯まで焼きあげながら「高圧」でプレスする。
0.2mm以下の薄さ、サクサクに「焼成」する特許製法。

次にマーケティング戦略の転機となったのは、廃棄していたフグの骨をなんとか有効活用できないかという下関の食品メーカーから寄せられた相談だった。一般的な食品メーカーでは対応しきれず、「瞬間高温高圧成法」をもつ同社に話がもち込まれた。早速試作したところ、サクサクと食べられるせんべいになった。それだけにとどまらず、その骨せんべいを潰して作った出汁は、フグ骨の中の骨髄が抽出され非常においしい出汁となった。ティーバッグ出汁「フグだし」はオリジナリティ溢れる特産品として旅行客を火付け役として全国で好評を得る。未活用の地域資源から高付加価値商品を生み出すことに成功し、有名になった同社には全国から、新たな特産品開発の相談が舞い込んでいる。

顧客志向マーケティングから、社会志向マーケティングへ。時代の変遷に合わせたマーケティング戦略からも、同社の成功要因を学ぶことができるだろう。

未利用資源を使った商品開発では、販促サポートまで行うなど
商品化全体のコンサルティングをしている。

企業データ

企業名
有限会社 瀬戸鉄工
Webサイト
設立
1970年12月1日
従業員数
48名
代表者
瀬戸 勝尋
所在地
広島県呉市川尻町上畑1068-4

中小企業診断士からのコメント

今回ご紹介した瀬戸鉄工は、創業以来の鉄工技術をコア・コンピタンスとして、新たな市場への多角化、参入を実行した。この決断の背景には、業界内外の競争環境分析があると推察する。自社技術をコアに、競争環境がどのように変化していくのか、冷静かつ長期的な視点で判断した秀逸な事例である。業界構造の分析で有名なポーターの「5フォースモデル」では、業界内外の競争要因を分析することで、自社の置かれている競争環境や収益確保について明らかにしている。この5フォースモデルを同社に当てはめると、「イカの姿フライ自動製造機」開発により、売り手(瀬戸鉄工)の交渉力が買い手(食品メーカー)より強くなり、競争環境が変化したといえる。この競争環境の変化を見逃さず、事業転換するとともに、コア・コンピタンスを磨き続けることで、同社の成長を支えているのである。

大島 季子