あすのユニコーンたち
企業と連携した教材を作成・提供する「SENSEIよのなか学」で教育を変革する【株式会社ARROWS(東京都港区)】
2025年 3月 10日

「先生から、教育を変えていく。」とのビジョンを掲げる株式会社ARROWS(アローズ)は企業と連携した「SENSEIよのなか学」を運営する。社会が急速に変化していくなか、最新の情報を盛り込んだ教材を無料で提供し、多忙を極める教師を支援する。同社の取り組みは高く評価され、創業者の浅谷治希社長は2024年12月の「第24回Japan Venture Awards(JVA)」(中小機構主催)で中小企業庁長官賞を受賞した。
旧友との再会を機に「先生たちを支えたい」

浅谷氏にとってARROWSは2回目の起業だった。高校時代から起業に興味を持ち、大学在学中にアパレル関係の事業を立ち上げた。しかし、「アパレル領域は好きだったが、流行など動きも早く、好きというだけでは気持ちが続かない」として撤退。そして、今後もう一度起業する時を見据え、一つのルールを決めた。「事業テーマは、好きかどうかではなく、どんなに大変でも続けていく意義があるか、その覚悟を持てるか」というものだ。
大学卒業後はベネッセコーポレーションに入社したが、「大企業だけでなくスタートアップでの勤務も経験したい」として1年半ほどで東京都内のスタートアップに転職。入社して間もなく、中学校の教師になっていた旧友と再会した。旧友と話をするうちに、「子どもたちの教育を担う学校の先生の仕事は重要であり、やりがいがある一方で、大きな苦労を抱えている実態を知った」と浅谷氏。これを機に教師の仕事に関心を抱いた浅谷氏は「価値ある仕事をしている先生たちを支えたい」との思いに至った。
教師が集うプラットフォーム「SENSEIノート」で起業

その後、全国の教師たちがインターネット上でつながる仕組みを作ろうと考えた浅谷氏は2012年11月、週末の3日間で起業を目指すハッカソン「Startup Weekend Tokyo」に参加し、教師が集うプラットフォーム「SENSEIノート」のアイデアで優勝。それを機に退職して翌年2月に株式会社LOUPE(ルーペ)を設立した(2019年に現社名へ変更)。もちろん「どんなに大変でも続けていく意義があるかという学生時代に決めたルールにも合っていた」(浅谷氏)という。
「SENSEIノート」は、全国各地の教師たちが自由に情報提供や質問を投稿し、それに対して反応・返答ができる大規模なプラットフォームで、会員登録は無料。アイデアは高い評価を得たものの、教師の知人は旧友だけ。教師との繋がりを作るところからスタートとなった。旧友以外に教師の知り合いがいない浅谷氏は、教師が参加する勉強会や研究会に足を運び、いろいろと話を聞いたうえで「SENSEIノート」への参加を呼び掛けた。「初めから自分の身分を明かすと『なにか売りつけられるのでは』と警戒されるので、いろいろと話を聞いたうえで『実は…』と自己紹介することもあった」という。こうした“全国行脚”の甲斐あって徐々に賛同者を獲得。数多くの生の声を聞いたことでニーズに的確に応えることもでき、口コミなどで評判を呼び、会員数は伸びていった。
ITや金融、健康など最新の情報を盛り込んだ教材を無料で提供

「SENSEIノート」を運営していくなかで、よく耳にしたのが「学校の先生は世間知らず」という教師たち自身の声だった。社会の急速な変化を受けて学校教育で教える内容が増加・拡大する一方で、教師は日々の授業や学校行事などに追われて十分な対応が取れずにいた。そうしたなかで次に生まれたのが「SENSEIよのなか学」だ。インターネットや金融、健康などに関わる企業と連携して最新の情報を盛り込んだ教材を作成・提供し、授業を行ってもらおうというものだ。ARROWSが得る手数料を含めて費用は企業が負担し、学校や教師、児童・生徒からの支出は一切ない。「教材を通して企業を子どもたちに知ってもらうということで宣伝費という形で負担をお願いした」と浅谷氏は説明する。
協力する企業探しにも苦労したが、2018年に巨大IT企業、グーグルがネット検索などをテーマにした教材を作成。これを皮切りに他の企業も続々と名乗りを上げた。業種はITのほか金融や流通、食品、自動車など多岐にわたる。教材は10分ほどの動画を中心とした1コマ完結型になっており、教師が長い時間をかけて準備する必要がない内容だ。立ち上げ時には1万人の子どもたちに授業を届けるだけでも精いっぱいだったが、2024年末時点では累計で200万人の子どもたちが授業を受けているという。
「SENSEIよのなか学」は子どもたちを取り巻く様々な格差を是正する効果もある。「各家庭の経済格差や住んでいる自治体の財政格差などによって、子どもたちが受けられる教育の内容や情報量に違いが生じているなか、先生や子どもたちに金銭的な負担がなく質・量とも充実した教材を提供できている」と浅谷氏は強調する。
「顧客は先生、エンドユーザーは子どもたち」

「SENSEIよのなか学」がスタートしてから間も無く浅谷氏は「顧客(最初に幸せにする人)を先生、エンドユーザーを子どもたち」と設定し、社内で共有した。同社では中途入社の社員のみで、それぞれの前職の経験などから顧客の設定がまちまちとなり、意見が対立する可能性もあった。こうしたリスクを事前に織り込んで顧客設定を明確化したもので、その後は、多額の収益が見込める企業からの発注でも「先生のニーズがないテーマだ」として見送っているという。
また2022年には、KGI(経営目標達成指標)を「SENSEIよのなか学」の授業を届けた子どもたちの人数とした。事業が拡大するなか、「先生や子どもたちのためになっているのか」という視点を見失わないための措置で、社内から受注金額が増加しうる提案があってもKGIである子どもの人数が増えないのであれば却下されるという。
感謝の手紙で「役に立っていることを実感」

あくまでも教師、そして授業を受ける子どもたちのメリットを第一に考える「SENSEIよのなか学」に対し、顧客である教師たちからは感謝の手紙が寄せられている。デジタル化が進展するなか、手間暇かけて送られてくる手紙の重みはいっそう増している。そして、多くの手紙は「いつもありがとうございます」との書き出しで始まるという。「自分たちの取り組みが日常的に先生たちの役に立っているのだな、と実感できる」と浅谷氏。
また沖縄・西表島や奄美大島など離島からは「助かっています」との手紙が届いている。離島やへき地では情報格差が発生しやすく、都市部から離れた地域であっても「SENSEIよのなか学」によって他エリアと変わらない情報が子どもたちにも届いているのだ。
こうした教師たちの思いも受け、国内でのさらなる拡大を目指す。「累計で200万人といっても単年度では70万人程度。約1200万人いる小中高校生の人数からみれば、まだまだ」(浅谷氏)という。
ぶれることなく「先生から、教育を変えていく。」

昨年12月には第24回JVAで中小企業庁長官賞を受賞した。国からのお墨付きをいただいたことで同社に対する信頼がいっそう高まった。また、学生やその保護者は「この会社なら安心だ」と思えるようになり、採用面での効果も期待される。
そして浅谷氏は起業を目指す人たちに向けて「資本政策には慎重を期することが大事」とアドバイスする。「なかには投機目的で短期間での収益を求める投資家がいて、そうした意向を受けて不本意にも起業当初の信念を曲げざるを得ないケースがある」と指摘。「そうならないためには自己資金や行政からの補助金で資金繰りができるようにすべき」と話す。奇しくもJVAの表彰式で審査委員長の東出浩教・早稲田大学大学院教授は「ブートストラップ」と呼ばれる起業に言及した。これはスタートアップに関する新しいトレンドで、「外部資金に頼らず自己資金で事業を展開し、得られた利益を再投資して複利の成長を達成する」(東出氏)というものだ。ARROWSについては「自己資金を相当程度準備していたほか、幸い理解ある投資家からの出資を得られている」(浅谷氏)という。
実は現社名(ARROWS=矢)には創業時の信念を貫いていこうとの思いが込められている。矢を放って邪悪を追い払うという古来よりの神事を踏まえ、「どんなに大変なことがあっても、それらを追い払って、ぶれることがないようにしたい」(浅谷氏)という。「恵まれた資本環境にある」という同社は今後とも「先生から、教育を変えていく。」という的に向けて、さらなる事業の拡大を続けていく。
企業データ
- 企業名
- 株式会社ARROWS
- Webサイト
- 設立
- 2013年2月
- 資本金
- 13,166,506円
- 従業員数
- 16人
- 代表者
- 浅谷治希 氏
- 所在地
- 東京都港区西新橋1-1-1 日比谷FORT TOWER 10F
- 事業内容
- 学校教育変革事業