すでに“場”はできている。俊二氏はスタッフ教育を徹底するとともに、美術大学などからもスタッフを採用することにした。アート宿だからこそ働きたい、という人が集まり、彼らはゲストたちに作品の見どころや奥深さを嬉々として案内してくれるようになった。アートに特段興味がないゲストでも、たとえばほかの場所より少しだけ低く刈り取られた草の向こうに那珂川のせせらぎが見えそうなその“気配”を感じると、「ここはわざと低く刈り取ってあるのね!」と“仕掛け”を見つけて喜ぶ。これこそが感性の共感だ。細部にまでこだわる俊二氏の美意識そのものを楽しんでくれるゲストが、次の予約を入れてくれるのだ。
俊二氏の感性とゲストの感性が引き合い、「アートの宿」ではおのずと客層が絞られるようになってくる。前述のゲストのように、「よくわからない」人は再訪することはない。だが、ここに居心地のよさを感じ、楽しさを見出してくれる人はリピーターとなる。思想や哲学を内包したアート作品の数々を展示することは、結果的にゲストを“選ぶ”ことにもなっているが、俊二氏は「アートがあるから人が来るのではない」という。温泉があって、自然を楽しめるこの“場”にアートという文化があることで、人々は心が豊かになり、深い満足感を得ることができる。「経営とは、ヒト、モノ、カネ、そして情報を駆使してこういう“場”を作り上げること。その表現方法が、私の場合はアートだっただけ」。この独特な経営手法は2005年に公益社団法人企業メセナ協議会によって「アートスタイル経営」と名付けられ、全国に知られるようになっていった。
パンデミック中に「キツいときだからこそ(事業を)譲らねば」と引退を決めたが、3人の子どもたちはそれぞれアート宿を継ぐ準備ができていた。自身の両親同様、特に子どもたちに経営者教育をしてきたわけではないが、3人とも本格的にアートを学んでいたのだ。ブレない思想とその実践を続ける父の姿が、後継者たちの興味と心をつかんだことにほかならない。長男の康希氏が後継者に決まり、「息子には息子の表現方法があるでしょう。私はそれを見守るだけ」と俊二氏はきっぱりと経営から身を引いたという。感性による経営術。康希氏による新たなステージを迎えたアートスタイル経営は、今もなお新たなファンを増やし続けている。