経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

「オーシャンスパイラル(株)」安全に海中遊覧、球体潜水装置開発

オーシャンスパイラルは、球体潜水装置「海中バルーン」を開発している。この球体に搭乗すれば誰もが安全に海中を遊覧できるという世界初の装置である。サービス開始は2020年の予定。それまで売り上げが立たない中、どのように事業を成立させようとしているのか、その取り組みを探った。

この記事のポイント

  1. 日本で実現不可能と思われるアイデアも、世界に目を向けることで実現可能になることがある
  2. アイデアが実現できること、将来は収益があがることを前提に、アントレプレナーの資質がある起業家として信用されれば、エンジェル投資をえられることもある
  3. 「持たない経営」を方針とし、外部のリソースと連携することで、スタートアップ時の宿命の経営リスクと必要資金を最小化できる
  4. 新たなビジネスがもたらす価値を長期的に追求するために、IPO後の持ち株比率50%超の維持と価値の共有ができる株主づくりにこだわる
海中バルーンでハワイ沖の海中を散策(イメージ・デザイン)

2020年サービス開始へ準備

同社が開発中の海中バルーンは、内径2.5mで定員5名。球体の隔壁のアクリルと海の光の屈折率が同一のため、搭乗者は歪みなく海中の様子を目にすることができる。海中バルーンは全長25 mの専用船(定員15名)中央部とドッキングする仕様。所定の海上に移動し、母船とワイヤー連結機構によりつながった状態で最大深度100 mまで潜水する。稼働時は母船の水平移動とワイヤーによる上下移動を連動することで予め設定した海中コースを自動航行する。

米国にはこの「母船を必要とする潜水艇」の運航ガイドライン(サブマーシブル)がある。このため、日本からの客も見込めるハワイでサービスを始めることにした。1回の運航は船舶ユニットでの海上クルージングを45分、海中ユニットでの海中遊覧45分。海上・海中を同時に楽しみながらのサービスを90分間提供する。それぞれ平均3名が搭乗し、1日に9便運航する。サービス利用価格は1名4~5万円(予定)を想定している。

海中バルーンの全体イメージ図(船と球体)
オーシャンスパイラル・米澤徹哉社長

この新サービスの実現に取り組んでいるのは現在32歳の米澤徹哉社長。2015年自身の趣味であるダイビング中にアイデアを発想して準備を始めた。米澤さんはまず日本で潜水艇の関係企業を訪問するが、門前払いだった。いずれも自衛隊の潜水艦は建造しているものの、民間の潜水艇は建造していない。ある専門家は「日本でこれからつくろうとすると最低でも設計に10年、できるかわからないが設計料だけで1億円が必要」と指摘した。

そこで米澤さんは海外の情勢をインターネットで調べた。民間用途の潜水艇を建造する企業3社が見つかった。3社にウエブで問い合わせしたところ、3社とも「建造できる」との回答があった。このうち、球体型の潜水艇を建造できるとする米2社に技術検証を依頼した。1社はNHKスペシャル「世界初撮影!深海の超巨大イカ」(2013年)を撮影した深海潜水艇を製造したトライトン社(フロリダ州)である。米澤さんは米2社との契約のため2016年1月に米国法人を立ち上げた。同時にハワイでの運航許可の取得を目的にその子会社も立ち上げた。現在は他のロケーションでのサービス提供のための選定を開始している。

トライトン社の球体潜水艇(海中走行)

新しいアイデア求め放浪、ハワイ沖でダイビング中に着想

米澤さんのこうした柔軟な発想や行動力は子どもの頃から培ってきたものだ。会社を立ち上げては経営に取り組む祖父や父の後ろ姿を子どもの頃から見てきた米澤さんは高校のとき、フランクリンプランナー(手帳)に「2010年4月1日に起業する」という「計画」を書き込んだ。

2005年に不動産広告の株式会社オウチーノに就職。大学進学の選択肢もあったが、「計画」実現を優先して就職を選択した。20歳だった。入社時、新築住宅の広告受注で社内トップになるという目標も1年目で達成した。

2010年5月1日、「計画」より1か月遅れだが、会社を設立した。オウチーノは直前に退社した。新会社で手掛けたのは「賢い家」を切り口とする住宅販売手法の企画。大手出版社推奨マンション、著名人推奨マンションなどを企画し、一時は年商3億円をあげた。

だが、共同経営者が無断で事業投資を行った結果、資金繰りが行き詰まる。その共同経営者が行方をくらましたため、米澤さんがこの会社を清算する。その後、この会社の売却交渉を相談していていたサイバーエージェントのグループに転職するが、「日本のIT企業に多いトレンドを追いかける戦略では、新しい価値を創造できない」と違和感をもち、起業家として再起することを決意。2015年にこの会社を退職した。

退職後は、事業のアイデアを求めて放浪の旅に出た。3カ月後、ハワイでダイビング中、「海中バルーン」のイメージが浮かんだ。「この海中世界をカップルや家族、誰もが共有できたらどんなに楽しいか、と思ったときだった」。

米澤さんは20歳で働き出したときから毎日、ビジネスのアイデアを1個出すというアイデアの筋トレをやってきた。アイデアは「好奇心が旺盛で、心がリラックスしているとき、湧き出す」。何にもとらわれない自由の中に身を置く放浪の旅の結果、「新しい価値を創造できるアイデアに行き着いた」と振り返る。

海中バルーンの建造資金は証券化スキームで調達へ

構想が実現できることを確信した後の米澤さんの課題は資金集めだった。ポケットマネーは米2社への技術検証の費用などであっという間になくなっていった。

そこでツテを頼りに、経営者らのパーティに毎日のように参加しては夢を語り、実現できるのか、成功できるのかなどの疑問に、粘り強く答えていった。全員がプロジェクトを「いいね」とは言ってくれる。だが「出資まで検討して頂ける方は100人に1人ぐらいだった」という。2016年11月に日本法人を設立すると、その努力が報われ、エンジェルからの出資が相次いだ。

米2社の技術検証で実現性が確認でき、2社への開発製造委託の契約や世界での独占製造契約も締結できていたことなどが材料になり、2018年5月31日には、第3者割り当て増資で7,500万円の調達に成功。資金調達額は累計で1億2,612万円になった。

次の増資の割当先の顔ぶれもほぼ固まった。2019年春の海中バルーンの最終設計の完了をテコに行う。増資額は4億円で、割当先は海洋分野の世界的な専門機関や同社と価値を共有できる企業に絞り、安定株主および事業パートナーを形成していく構えだ。

この増資の後はIPO(Initial Public Offering;新規上場株式)。エンジェルに投資のリターンの機会を提供するためIPOを約束している。だがIPOによって経営権を喪失しないように手を打っている。具体的には、IPO時点で50%以上の持ち株比率を維持できるよう、会社設立直後、1株の額面を100円から10万円と1,000倍に引き上げた。もちろん第3者のファイナンス・デューデリジェンスはない。自分で逆算して決めた。

だが、これら増資などによる自己資金は事業活動の資金の一部であり、海洋バルーンの建造資金は含まれていない。海中バルーン建造資金は当初段階で1基7億円。2025年の目標である100基運航体制を確立するまでの建造資金は520億円ほどになる見込みである。

同社は最近、その資金手当てにもメドをつけた。具体的には、くにうみアセットマネジメント株式会社(東京都千代田区)との提携により、海中バルーンの証券化という新しいスキームの具体化に向けた検証を開始。航空機などで利用されているスキームで、富裕層には節税などのメリットがある。

潜水艇の技術は米2社の技術を活用するのに続き、潜水艇の建造にあたっては不特定多数の富裕層の資金を活用する。同社は外部資源を利用する「持たざる経営」により、経営のスピードを速める一方、財務内容の健全化を目指している。「2017年は宇宙ビジネス・ビッグバンだったが、2~3年後は海洋ビジネス・ビッグバンが起きる」と米澤さんは話す。世界では海中ホテルなどいろいろな海中ビジネスが動き出している。オーシャンスパイラルの取り組みは道半ばだが、日本では先行している。海中バルーンを成功させることで、世界の海洋ビジネス・ビッグバンを追撃する構えだ。

企業データ

企業名
オーシャンスパイラル株式会社
Webサイト
設立
2016年11月
資本金
1億2,612万円(資本準備金含む)
従業員数
常勤は米澤氏を含む取締役3人、マネージャー1人
代表者
米澤 徹哉
所在地
東京都港区新橋2-11-10

中小企業診断士からのコメント

スタートアップとスモールビジネスのファイナンスはまったく異なる。後者の場合は金融機関の融資を受けることを目的にした事業計画が重要。前者は出資を受けることを目的としており、エンジェルら個人が対象の初期段階ほど魅力的なアイデアが重要。ベンチャーキャピタルなど法人出資の中間段階では、『アントレプレナー・ファイナンス』(リチャード・L・スミス著)という「バイブル」もある。

新領域の計画は不確実性が高い。その状況でもっとも重要なのは起業家の資質。アントレプレナーシップの有無だ。その定義は「何もないところから価値を創造する過程。起業機会を創り出すか、適切にとらえ、資源の有無にかかわらずこれを追求するプロセスである」(ジェフリー・A・ティモンズ著『ベンチャー創造の理論と戦略』)。アントレプレナーの資質は、スモールビジネスや既存大企業の経営者の資質ではない。

米澤さんの起業家としての軌跡からはアントレプレナーの資質を十分、感じることができる。だからこそ出資、さらに協力者が次々出てくるのだろう。

神原 哲也