中小企業とDX
創業450年の企業がAIを活用した既存ビジネスの「深化」と新規ビジネスの「進化」で地域創生に貢献へ【株式会社大津屋(福井県福井市)】
2025年 10月 14日

創業450年の株式会社大津屋(福井市)。第三十代当主・大津屋孫左衛門氏は、既存の店舗事業でのAI活用に加え、新規事業でも生成AIやデジタル技術を取り入れることで「地域創生に貢献したい」と語る。店頭の惣菜販売に導入したAI量り売りシステムや、ふるさと納税支援・無人店舗ソリューションなど、伝統と革新を両立させた取り組みを進めている。
福井県初のコンビニ・オレボで店内調理の惣菜販売

織田信長が室町幕府最後の将軍・足利義昭を京都から追放して元号が天正に改められた1573年、越前国(現在の福井県)では織田軍に敗れた朝倉氏が滅亡。その際、北の庄(現在の福井市)で両替商を営んでいた大津屋は武士に逃走資金を貸したとの記録があり、これを大津屋創業の年としている。
創業から390年後の1963年に株式会社化し、1981年には福井県内初のコンビニ「オレンジBOX」(略称・オレボ)を開店した。やがて大手コンビニチェーンが県内に進出すると、先代の当主で当時の社長だった小川明彦氏は、店内で調理した惣菜の販売で差別化を図ることに。1994年に福井市内のショッピングセンターで惣菜店を開いてノウハウと実績を蓄積し、その後、コンビニ店内で作りたての惣菜販売が本格化。2004年には広いイートインスペースを備えたダイニングコンビニがオープンするなど、店内調理の惣菜がオレボの人気商品になっていた。
従業員に負担だった量り売り AIの画像認識で課題解決

オレボでは、顧客が好きな惣菜を必要な分だけ容器に盛り付ける量り売りを行っており、顧客には好評だったが、レジを担当する従業員にとっては大きな負担になっていた。惣菜は70種類ほどあり、100g当たりの価格もまちまち。種類と価格を覚えられず、これを苦に退職するアルバイト従業員もいたという。この課題解決のため、大津屋では、AIの画像認識で惣菜の種類を瞬時に判別する量り売り会計システムを計量機器大手メーカーなどとともに開発。どんな盛り付けの仕方でも正確に惣菜の種類を認識できるようにするため、様々な盛り付けパターンをAIに学習させ、そのうえで2019年10月からオレボ各店に順次導入していった。
これにより従業員の負担は大きく軽減された。さらに思わぬ収益効果も。導入前は、惣菜の種類や価格が分からないレジ担当者が「お客様に迷惑が掛からないように」と一番安い惣菜の価格を打ち込んでいたこともあったという。システム導入により、こうした“値引き販売”はなくなり、適正な利益を得ることができている。AIはその後、ふるさと納税の支援事業でも活用されることになる。
県内の事業者とのつながり活かして中間事業を受託

大津屋がふるさと納税に着目したのは2020年。「福井など北陸の自治体は他の地域に比べてふるさと納税への取り組みが遅れている」という社員からの提案がきっかけだった。また、JR福井駅前の福井市観光物産館「福福館(ふくぶくかん)」(2016年4月開店)の運営などを通じて県内各地の事業者とのつながりができ、「そのつながりを活かして中間事業をやってみないか」という話が県内自治体から寄せられた時期でもあった。中間事業は返礼品発送の手配やECサイトの作成、寄附者からの問い合わせへの対応などを自治体に代わって行うもので、2020年10月には福井県内の自治体から業務委託を受けることになった。
翌年から事業を担当することになったのが明彦氏の女婿である大津屋氏だ。神奈川県出身で、慶應義塾大学卒業後に外食チェーンのフランチャイズ事業を手掛ける企業などで勤務したのち、2011年に明彦氏の長女との結婚を機に大津屋に入社した。2019年からはいったん休職し、慶應大学大学院でMBA課程を学び、2021年に復職した。その後、2023年10月に社長就任、翌年3月に大津屋孫左衛門を襲名する。
AIが返礼品を提案するコンシェルジュサービスを開始

中間業務の受託自治体が県内外で広がり、事業が拡大するなか、大津屋氏が手掛けたのは、寄附者の希望の品や寄附額などに応じて返礼品を提案するコンシェルジュサービスだった。「当時、一部のふるさと納税ポータルサイトで富裕層向けにサービスがあったが、すべての寄附者が無料で利用できるものを提供したい」として、2022年に公開されたAI、ChatGPTを活用することに。大手食品メーカーでAIの研究を進め、2023年2月に起業したAI関連のスタートアップベンチャー企業とともに開発に取り掛かり、同年9月、「AIふるさと納税コンシェルジュ(β版)」をリリースした。ウェブでもLINEでも利用でき、予算(寄附額)やジャンル(肉、フルーツ、米など)、都道府県を伝えると、AIが条件にあった返礼品を提案してくれる。
「ポータルサイトに返礼品があふれるなか、何を選べばいいのか分からず、結局、去年と同じものを選んでしまったというケースも多い。このサービスで手軽に返礼品を探すことができる。オペレーターの代わりにAIが対応するのでコストもかからない」と大津屋氏は話す。コンシェルジュに続き、2023年12月には前述のAI関連のスタートアップベンチャー企業と共同でウェブマガジン「ふるさとタイムズ」を創刊。自治体別にマガジン編集部が厳選したオススメの返礼品の紹介などを行っている。
このほかにも、ふるさと納税の支援事業として、食品返礼品の品質保証サービス「Custos(クストス)」を2024年8月にスタート。返礼品の産地偽装など各種の問題が発生するなか、食品の製造・小売を手掛ける大津屋のノウハウを活かし、食品返礼品の品質管理や法令順守などを監査するサービスだ。サービス名はラテン語で「守護者」「監視者」を意味し、「産地偽装や食中毒などの不祥事で自治体や産品のイメージが毀損されないよう、しっかりと見守りたい」(大津屋氏)という。
HAQTSUYA設立と分社化、質の高いサービスを提供

2023年には、大手広告代理店に勤務する大学時代の友人とともに共同事業として「HAQTSUYA(ハックツヤ)」を立ち上げ、北陸・関西エリアを中心に自治体のふるさと納税事業をサポートしている。2025年4月には株式会社として分社化し、資本業務提携によってさらなる発展を目指している。それまで大津屋が手掛けてきた支援事業で培ったノウハウに加え、大手広告代理店が有する社会課題解決力や発信力などを駆使し、より質の高いサービスを提供している。
こうした取り組みにより、支援対象の自治体への寄附額は軒並み増加。HAQTSUYA立ち上げ前の時期を含め、支援開始時期と比較すると、ある自治体では2022年度の4億1000万円(委託範囲に係る寄附額、以下同じ)が2024年度には7億円と約1.7倍に。別の自治体では2021年度の1800万円から2024年度の3億円へと16倍に急伸している。
地域の魅力ある産品を紹介 AIとデジタル技術を活かして地域創生に貢献

ふるさと納税支援事業に特化した新会社・HAQTSUYAが次に目指すのは各地域の事業者向けのサービスだ。寄附者向けに返礼品を提案するコンシェルジュサービスと同様、AIを活用して事業者向けのコンシェルジュ機能を強化したいとしている。「各地域の事業者に対して商品企画やPRなどで支援を行い、新たな人気商品を、社名にあるように発掘(ハックツ)していきたい」と大津屋氏は話す。
幼少期から都市部ばかりで暮らしていた大津屋氏は福井に移り住んで初めて地方の良さに気づいたという。「今後も急速に成長するAIを活用しながら、福井をはじめ各地域に数多くある魅力的な産品を紹介し、各地域のファンや関係人口を増やし、地域創生に貢献したい」と大津屋氏は語る。最近では、無人店舗システムでお土産売店のソリューションサービス提供も開始しており、店舗事業で培ったノウハウとデジタル技術を組み合わせることで、新たな販売チャネルや観光需要への対応を広げている。こうした取り組みは、地域の魅力をより多くの人に届けるための新しい仕組みづくりでもある。生成AIをはじめとしたデジタルテクノロジーと同社の持つ資源を掛け合わせ、新規事業にも積極的に取り組んでいる。
企業データ
- 企業名
- 株式会社大津屋
- Webサイト
- 設立
- 1963年9月
- 資本金
- 5000万円
- 従業員数
- 205人
- 代表者
- 大津屋孫左衛門 氏
- 所在地
- 福井県福井市西木田1-20-17
- 事業内容
- 店舗事業(ダイニングコンビニ オレンジBOX/高速道路パーキングエリア オレボステーション/福井の伝統工芸品と食のセレクトショップ 福人喜/福井市観光物産館福福館・指定管理者)▽地域商社事業(地域産品の企画開発・卸売、お土産店舗・売場プロデュース)