事業承継・引継ぎはいま

第8回:4代目を継いだ元公務員が経営に新風「ふくべ鍛冶」

石川県能登町で今年創業112年目を迎える老舗鍛冶店「ふくべ鍛冶」の店主は、2014年に入店して修行を積んでいた元地方公務員の干場健太朗氏(39)が20年1月1日に4代目を正式に承継した。生粋の鍛冶職人が代々守ってきた暖簾は、大学の専攻課程や役場経験を活かした新たな手法で事業拡大に挑んでいる若き店主が受け継いでいく。

同店の初代店主は、健太朗氏の曾祖父である干場勇作氏。店舗を持たず、馬車に農漁業具を積んで集落を渡り歩き、販売と修理で生計を立てる「入れ鍛冶」として大正期に本格稼動した。昭和期に入って2代目の政治氏が鍛冶場の隣に店舗を初めて構えた。

3代目の勝治氏は、仕事の傍ら高知の土佐刃物、福井の越前刃物、大阪の堺刃物の産地に修行に出かけて腕を磨き、1970年代後半には工場と倉庫を建設して経営規模を拡大した。

しかし、時代の変化とともにホームセンター、ネット販売事業者といった廉価な機械製品を扱う新たな競合相手が台頭。鍛冶の職域が大幅に縮小されて業績が低迷していた13年5月、妻の絹子氏が病気で急逝してしまう。職人気質の勝治氏は、店の切り盛りを任せていた絹子氏を失って廃業を覚悟した。

4代目の健太朗氏(右)と先代の勝治氏
4代目の健太朗氏(右)と先代の勝治氏

35歳で職人の世界に

地域に根ざして112年
地域に根ざして112年

息子の健太朗氏は当時、能登町役場の職員だった。定年後に家業を継ぐ気でいたが、京都学園大学(現・京都先端科学大学)で企業のブランドマネジメントを学び、卒業後12年間の公務員生活で中小企業支援をはじめとする多くの業務を担当してきた。

健太朗氏は、支援業務の経験から閉めた店を再開することの難しさを熟知していたため一念発起。公務員の職を捨て14年4月、4代目候補として35歳で職人の世界に飛び込んだ。

「農漁業者と道具の販売・修理業者という創業以来の互助関係が当店の閉店で途絶えるとお互い不利益だ。成功する確信はないが、需要を吸い上げれば商圏は拡大できるはず」と承継を決意した理由を語る。

技術習得に一計

4代目夫妻
4代目夫妻

承継を決めたものの、鍛造、溶接、研ぎなど多様な技術が求められる鍛冶職人が一人前になるには最低15年かかると勝治氏に諭されながら、閉店の危機から早急に脱する必要があった健太朗氏は一計を案じる。

60歳代の溶接と研ぎそれぞれのベテラン職人2人を採用。自身は父から鍛造技術を習得し、溶接と研ぎの技術はベテラン職人から他の従業員2人がそれぞれに習得することで熟練の技を3人で分担して受け継ぎ、将来教え合う方法を採った。

「ベテランの採用は、15年の修行期間を大幅に短縮するための投資だが、技術向上と営業力強化という店舗経営の両輪を回す工夫でもある。入店当初は朝から晩まで修行に明け暮れた。今でも1日を工場での修行と営業の外回りに半分ずつ費やしている」と話す。

中小機構北陸本部が承継支援

移動鍛冶屋
移動鍛冶屋

事業承継については、中小機構北陸本部の支援を受けた。借入先の興能信用金庫に中小企業庁の事業承継円滑化支援事業を紹介されたことから、同本部の専門家派遣制度を活用して事業承継計画書を作成した。「父親と意見交換するための土台となる資料作成支援などはとても効果的だった」と高く評価している。

「商売を営んでいる家で育ち、商売のやりがいを理解している妻が、公務員退職に反対するどころか応援してくれたから乗り切れた」と内助の功にも感謝している。

「承継の決断は廃業を覚悟して消沈していた父の活力にもなり、現役寿命が伸びたかもしれない」と喜ぶ。勝治氏も「当時は、体が動かなくなれば廃業するしかないと思っていた。よく後を継いでくれた」と代々の店を救った健太朗氏の決断をたたえる一方、「鍛治屋の商売は簡単ではないので、これから相当苦労すると思う。とにかく焦らず、技術を1つひとつ習得していけば必要とされると信じている」と息子を案じる親心をのぞかせる。

業績回復へアイデア次々

サザエ開け
サザエ開け

健太朗氏は、入店早々業績回復に努めている。15年には小型トラックで集落を巡り、預かった道具を修理して1週間後に返しに行く「移動鍛冶屋」を始めた。初代が馬車で営んでいた商売を100年以上経った今、曾孫が自動車で再現して地域に貢献している形だ。

16年には地元商店街と連携した「出張商店街」に発展。鮮魚店やパン屋などがそれぞれの商品を積んだ“トラック隊”を編成して巡回し、山間部の高齢者ら買い物弱者を支援している。

「出張商店街の利益は限定的だが、定期巡回が需要調査になっている」と効果を解説する。“調査結果”は、独特の曲がりに仕上げた針で身を簡単に取り出せる同店の看板商品「サザエ開け」となって結実した。牡蠣の収穫専用に特殊なはさみも開発し、同種のはさみ市場で約10%のシェアを占めているという。

ネット事業にも注力し、包丁研ぎ宅配サービス「ポチスパ」を考案した。利用者は、ネット注文で届く専用ボックスに包丁を梱包してポストに投函するだけ。送料無料かつ定額できれいに研ぎ、さびを取り、ゆがみも直して約1週間後に送り返す。

このサービスは最初の2カ月間で250軒から800本の依頼が舞い込む好調なスタートを切った。同店は、こうした取り組みから17年度の「はばたく中小企業・小規模事業者300社」に選ばれている。

承継は30歳代で

健太朗氏は、経営者は後継者が30歳代のうちに道を譲るべきと考えている。「30歳代なら失敗しても努力次第で取り返せる。育児で忙しい年代だが、体力的に無理が利く。先代も相談役がまだ実効的に務まる年齢だろう」と体験に裏打ちされた持論を語る。

健太朗夫妻には3人の子供がいる。「とりわけ6歳になる長男の社交性は抜群。すぐに友達を作ってくるし、子供の輪があればいつも真ん中にいる。店番だって立派にこなす」と嬉しそうに話すのは妻の由佳氏。5代目への承継準備は早くも始まっているようだ。

企業データ

企業名
ふくべ鍛冶
Webサイト
創業
1908年7月
従業員数
7人
代表者
干場健太朗氏
所在地
石川県鳳珠郡能登町字宇出津新 23番地
電話/FAX
0768-62-0785
Mail
fukubekaji@yahoo.co.jp

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