南仏プロバンス出身のサントスさんは16歳でフランスの製菓学校へ入学。18歳から親元を離れ、スイスや英国など欧州の洋菓子店で修行し、ショコラティエとして研鑽を積み、「世界パティスリー2009」最優秀味覚賞など数々の賞を受賞してきた。
ところが、学校で教えるためにサントスさんが最初に試作した「レモンタルト」に愛さんは「日本人には酸っぱ過ぎる」ときっぱりダメ出しした。日本とフランスでは洋菓子の味の嗜好が全く異なっていたからだ。彼女に「あなたのお菓子はこれが駄目、あれが駄目」とはっきり言われたサントスさんは傷つきながらも、言われるままに作り直してみた。作り直したタルトと、前に作ったタルトとを味比べしてみたら「作り直した方がはるかに美味しい」と納得した。
「彼女の言うことは正しい」と確信したサントスさんは、それまでの修行で身に着けた500種類に及ぶ洋菓子レシピを全部捨てた。「そのままでは日本で使えない。日本で仕事をやりたいのなら日本人に合わせないと」と考え、レシピをすべてゼロから作り直すことにしたのだ。
「今まで習ってきた味をもう一度やり直すのはとても大変だったが努力した」とサントスさん。「誰にでもできるわけじゃない。16歳から培ってきた技術があるから私が言ったことを再現できた」と愛さん。妻が伝えてくれることに夫が感じることを合わせ、新しいレシピが続々と生まれた。少しずつお互いが思い描く理想の味に近づき、今では美味しいと思う味がふたりとも同じになったという。
「彼女はいつも前向きでポジティブ」とサントスさんが言えば、「彼は慎重派。走りすぎる私を、ちょっと待てとブレーキをかけてくれる」と愛さん。従業員を7人雇って店を始めるときも「給料を払えるだろうか」と心配するサントスさんに、愛さんは「大丈夫でしょ」とあっけらかんとしていた。サントスさんは「一般的にフランス人は自己主張が強いし、日本人は自分の考えをあいまいにする。だけどはっきりモノを言う彼女はどちらかというとフランス人っぽくて、私は日本人っぽい。それぞれで補い合っているのでは」と笑う。