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「お客様のニーズ」とすべての従業員の幸せを大切にする「株式会社特殊衣料」

2025年 10月 27日

特殊衣料の3代目社長、池田真裕子氏
特殊衣料の3代目社長、池田真裕子氏

リネンサプライや福祉用具の製造販売などを手掛ける株式会社特殊衣料(北海道札幌市)は、顧客のニーズに応える形で事業拡大や商品開発を進めてきた。障がい者の雇用にも積極的で、障がい者が働きやすい職場づくりを行っている。中小企業応援士(中小機構から委嘱)でもある池田真裕子社長は「従業員には幸せな気分で働いてもらいたい」と話している。

1979年創業、リネンサプライから事業を拡大

鉄工団地内の新社屋は2014年に完成
鉄工団地内の新社屋は2014年に完成

道都・札幌市の中心部にほど近い発寒(はっさむ)地区は、明治期に屯田兵が開墾し、戦後の高度成長期には鉄工団地と木工団地が整備された地域である。1960年代以降、鉄工団地には札幌市内の企業が次々と移転し、ものづくりの集積地として発展してきた。特殊衣料は1984年に鉄工団地へ移転し、2014年には新社屋が完成している。

同社は1979年に池田氏の大叔父・田中弘氏が札幌市内で創業。1981年に株式会社化した。当初は病院で使用する布オムツやタオル類のクリーニングを行うリネンサプライ業を行っていたが、病院側のニーズに応える形で徐々に事業を拡大。病院の清掃や福祉用具の企画・製造・販売なども手掛けるようになった。1996年に池田氏の母・啓子氏(現会長)が2代目社長に就任してからも「お客様のニーズに応える」との姿勢は変わらず、そこから誕生したのが同社の人気商品、頭部保護帽「アボネット」だ。

産学官連携で誕生したオシャレな「アボネット」

アボネットの商品ラインアップは豊富
アボネットの商品ラインアップは豊富

アボネット開発のきっかけは今から30年ほど前にさかのぼる。同社近くの住民から「脳障害を患う娘のために軽くて洗える保護帽を作ってほしい」との要望が寄せられた。発作などで転倒した際に頭部を守る保護帽は当時、重くて洗えないものばかり。同社では利用者とともに試行錯誤を繰り返し、メッシュ緩衝材を使用して洗える「愛帽(あいぼう)」を完成させた。これがアボネットの前身だ。

愛帽は他の保護帽と同様、ヘッドギアのような形で、見た目の悪さという課題が残った。そんな折、地元・札幌市経済局から産学官連携による新たな保護帽開発のプロジェクトへの参加を持ち掛けられ、2000年10月に同社と札幌市立高等専門学校(当時、現札幌市立大学)、札幌市経済局の3者でプロジェクトが始動。このうち札幌市立高専はデザイン単科の高専で、プロジェクトでは安全性や快適性だけでなく、見た目の良さも追求することになった。こうして誕生したのが日常生活でも違和感のないオシャレな保護帽、アボネットだ。

2002年9月に発売されたアボネットは、翌年にグッドデザイン賞・商品デザイン部門を受賞するなど数々の栄誉に輝いた。さらに、作業中に頭部の保護を必要とする工場労働者やドライバーのための保護帽を企業などと共同開発するケースも多く、アボネットは今や福祉の枠を飛び越えた商品になっている。

「特殊衣料さんの保護帽に出逢って心が救われた」

ヘアバンド型の保護帽を着用した女児
ヘアバンド型の保護帽を着用した女児

「お客様のニーズに応えるという姿勢は創業以来、ずっと続いている」と、2018年に3代目社長に就任した池田氏は話す。その象徴が2020年12月に届いた1通のメールだ。送信者は、保護帽を必要とする小学生の女児の母親だった。女児は2歳の時に難病の診断を受け、医師から「この病気で歩けるようになった子はいない」と通告された。それでも親子は希望を捨てずにリハビリに励み、数年後には一人で歩けるようになった。しかし転倒のリスクがあり、小学校からも保護帽の着用を勧められた。その時点ではアボネットのことを知らなかった母親は「ヘッドギアのような保護帽を娘にかぶせるのには抵抗がある。見た目もかわいい保護帽を作りたい」と考え、1年ほどかけて情報を収集。ようやくアボネットにたどりついた。

母親は娘の頭囲などを測定するとともに、娘に似合う、かわいいデザインとカラーなどの要望を添え、業者を通じて特注品を依頼。そして、大きなリボンのようなヘアバンド型の保護帽が出来上がった。色は娘が好きなピンクだ。そんなオシャレな保護帽を着用した娘は本当にうれしそうな様子で、周りの人たちからも「かわいいね」と声をかけられたという。その喜びと感謝の気持ちを精いっぱい伝えたいと思い、母親は、保護帽を着用した娘の写真を添えてメールを送ってきたのである。メールにはこんな文言も記されていた。「特殊衣料さんの保護帽に出逢って、心が救われた方が何人もいらっしゃると思います」と。

この親子のエピソードはメディアにも取り上げられ、同じデザインの注文が多数寄せられた。現在は「abonetホーム リボン」として標準商品化されている。池田氏は「特注から商品化した例はほかにもある」と述べ、「もっと早くアボネットを知ってもらえればよかった」と情報発信の重要性も再認識している。

障がい者が働きやすい職場づくりで少ない離職者

多くの障がい者が健常者と一緒に働く
多くの障がい者が健常者と一緒に働く

同社は多くの障がい者を雇用していることでも知られる。今年8月現在、従業員120人のうち32人が障がい者で、そのほとんどが正社員として採用されている。その中に、クリーニングの業務にあたる50代の男性がいる。同社の障がい者雇用はこの男性から始まった。

1990年、札幌市内の高等養護学校から知的障がいを持つ男子生徒1人を実習生として受け入れてほしいとの依頼があった。生徒はクリーニングの業務にあたり、任された仕事にひたむきに取り組んだ。翌年、生徒は従業員として雇用され、今や約35年も勤続するベテランになっている。彼の入社以降、市内数校の養護学校から実習生の受け入れを依頼され、障がいを持つ従業員は徐々に増加していった。

障がい者の勤続年数が長いのも特徴だ。同社では、障がい者一人ひとりの個性を見極めたうえで、その人に適した業務を担当させている。また、障がい者とともに働く意義を社内の全員に理解してもらうことを目的に冊子「ともにはたらく~知的障がい者と支援者のためのマナー編」を作成し、社内研修に活用している(一般販売も実施)。このほか、支援に当たる社員を配置するなど、障がい者が働きやすい職場づくりを進め、その結果、離職者は少なく、平均勤続年数は17年10カ月と、全国平均(障がいの種類によって約10年~3年)を大きく上回っている。

障がいを持つ従業員が増えたことで職場の雰囲気も変わった。「仕事の内容を覚えてもらうために、周囲の人たちがやさしく丁寧に教えている。そんな雰囲気が社内全体に広がり、従業員みんなが質問しやすい風通しのいい職場環境になっている」と池田氏。周囲からは「職場というより学校みたいだ」とよく言われるという。

社会福祉法人を設立、施設利用者の就職力は高い

就労移行支援事業と就労継続支援B型事業を行う「ともに」
就労移行支援事業と就労継続支援B型事業を行う「ともに」

2004年には社会福祉法人「ともに福祉会」(池田啓子理事長)を設立し、翌年に社有地内に「ともに」を開所した。元々は高齢になった障がい者社員の受け皿となる小規模作業所として2000年に設置されていたが、その後、社会福祉法人設立に向けた準備を進め、2005年の開所時には知的障がい者通所授産施設としてスタート。現在は一般企業や福祉施設などへの就職を目指して就労移行支援事業と就労継続支援B型事業を行っている。

「ともに」では、障がい者が働く意欲とマナーを身につけることを支援。特殊衣料も洗濯物をたたむといった軽作業を発注するなど、施設利用者の自立を応援している。この結果、「就職力は高い」(池田氏)という。今年2月現在の延べ就職者数は130人にのぼり、3年後定着率も80%以上。「ともに」出身者の働きぶりの良さは評判を呼び、企業からは引き続き求人が寄せられる。折しも企業に義務付けられる障がい者の法定雇用率は段階的に引き上げられており、2024年4月から2.5%、さらに2026年7月からは2.7%になる。「ともに」への企業の注目度はますます高まりそうだ。

笑顔とやさしさがあふれる職場で幸せに働く

社内に掲げられている「和顔愛語」の書
社内に掲げられている「和顔愛語」の書

一連の取り組みは各方面で高く評価され、受賞・表彰は数多い。2017年には第7回「日本でいちばん大切にしたい会社」で審査委員会特別賞を受賞した。これは、従業員などを大切にする経営を実践する企業を表彰するもので、受賞を受けて池田氏は「(障がい者だけでなく)すべての従業員を一番大切にしようという気持ちを新たにした」という。そして「いい仕事をしてもらうには、従業員に幸せな気分で働いてもらうことが大事」と強調する。

社内には「和顔愛語(わげんあいご)」との書が掲げられている。柔らかな笑顔とやさしい言葉で人に接することを意味する仏教用語だ。その言葉どおり、笑顔とやさしさがあふれる職場で従業員全員が働く幸せを感じながら、「お客様のニーズに応える」事業を続けていく。

企業データ

企業名
株式会社特殊衣料
Webサイト
設立
(創業)1979年4月
資本金
4000万円
従業員数
120人
代表者
池田真裕子 氏
所在地
北海道札幌市西区発寒14条14丁目2-40
Tel
011-663-0761
事業内容
リネンサプライ業、福祉用具の販売・レンタル・企画・製造、病院施設の清掃業務