経営課題別に見る 中小企業グッドカンパニー事例集

全社一丸でユーモアを追求し「幸せ」を生み出す企業の秘訣

「経営理念を会社名にした」として世界一長い社名をギネスに申請済みの「株式会社あなたの幸せが私の幸せ(略)」。同社は関東全域に携帯ショップ「もしもしモンキー」を展開し、ユーモアあふれるサービスで顧客の高い支持を得てきた。今でも社長と社員が一丸となって取り組んで新たなサービスを次々に生み出し、さらに若手を積極的に抜擢、業容を拡大している。その秘訣に迫る。

この記事のポイント

  1. 大手との競争を避けて生き残るために確立した「ユーモア」あふれる社風
  2. 「お客さまアンケート」による徹底した顧客志向の評価体系で社員のモチベーションアップ
  3. 雇用で重視するのは経営理念への「共感」
  4. 「世界平和」を目標に事業提案。若手を積極的に抜擢し、積極的チャレンジを促す
創業社長でもある栗原志功代表取締役兼CHO(Chief Happiness Officer)はユニークな風貌と言動で知られる。背景の会議室壁面の掲示は社員が作成したもの

「大手と違うことをする」。同社が大切にしてきた「ユーモア」

1979年の創業以来現在まで、同社の主たる商材は携帯電話である。創業社長である栗原志功代表取締役の路上販売に始まり、地方と都市圏の間の価格差情報をもとに携帯電話卸売業として発展してきた。在庫を抱えない低リスク事業で着実に成長したが、「実店舗なしで成り立つ商売に違和感を覚えたから」(栗原さん)と1996年に店舗販売に進出した。しかし、店舗販売にはいくつもの大きな困難があった。

1号店を出店したはよいものの、お客さんはすぐには来なかった。そこで、試行錯誤していくうちに同社の店舗運営のスタイルを確立させていった。それは、同社のサルのキャラクター「もしもん君」のような「キャラクターをふんだんに生み出すこと」や、"ジャングルの中の携帯屋さん"というコンセプトの内装で「携帯屋さんぽくない携帯屋さんを作る」こと。店名も独特な名前が並ぶ。ただ単に機種や値段を訴求するだけでなく、ユーモアを追求した。これは資本力や従業員数で勝る大手と同じやり方で戦っても勝ち目がないということに気づき、到達した同社のスタイルだ。

"大手と違うことをする"。これは店舗運営のみならず経営手法に関しても当てはまる。先輩やコンサルに、PL(損益計算書)やBS(貸借対照表)作成に関するアドバイスを受けていた栗原さんは、「違和感がぬぐえなかった」という。「このアドバイスは一般的なのだろう。ということは、ライバル会社もそのルールに則っているはずだ。そのルールに則っている間は勝ち目がない」と。栗原さんはそこで業界の慣習を打ち破る大きな決断をした。それは、「在庫を積極的に奨励した」ことだ。

同社が展開する携帯電話ショップ「もしもしモンキー」のユニークな店舗名。ほかにグループ会社として「株式会社あざーす」、「株式会社っ!」などがあり、会社名もユーモアにあふれている

業界の慣習を打ち破る在庫奨励。徹底した顧客志向で「在庫日本一」を標榜

会計の締めである月末は、過剰在庫を恐れて、バイヤーが入荷を控えるのが業界の慣習で、同社も当初それに従っていた。しかし、これによって店舗に欠品が発生することで顧客の不満がたまり、バイヤーとセールススタッフの間にコンフリクトが生じていた。ここで栗原さんはあえて"在庫日本一"を掲げ、積極的な在庫を奨励した。これにより「顧客満足度が向上し、コンフリクトが解消した」だけではなく、月末にも積極入荷する同社は出荷側のキャリアからも有りがたがられる存在となり、信頼が築かれるという思いがけない収穫もあった。同社の社員も在庫問題に気をとられることなく、顧客のニーズに向き合えることとなった。顧客満足のために自己犠牲をも厭わない栗原さんの姿勢が、社員の意識を顧客志向へと向かわせた。

もう一つの顧客志向の例として、評価制度がある。セールススタッフの評価は"お客さまアンケートの結果"を第一に決めており、売上げだけで個人業績を決めていない。これによって社員を徹底的に顧客に向き合わせている。

ただし、無理な値引きを行うことで"お客さまの満足度が上がるが、事業が不振に陥る"ということのないよう、売上実績とお客さまアンケート結果が合うように常々工夫しているという。例えば、"お客さまにとってメリットが大きく"、かつ"同社にとって利益率が高いサービスをしっかりと説明すること"を高評価とするなどだ。これによって、"顧客満足・売上げ・社員のモチベーション"の3要素の向上を実現している。

昇給はお客さまと向き合った結果である

同社の応募資格は"あなたの幸せが私の幸せと思える人なら誰でも"。この思いに共感する人を積極的に採用し、常にその思いを抱いてくれるようにと歌詞にもなっている社名(=経営理念)を毎朝社員が歌っている。

また、雇用時には"頑張っても給料は上がらないこと"を伝えている。評価に基づき給料が変動する制度を採用していない。お客さまアンケートで決まる評価も、それが成果報酬のように昇給に直結するわけでなく、祝賀行事での優秀者表彰や、長い目で評価が高いことが昇進に繋がりやすいということであって、その結果として役職者手当による昇給はある。"頑張る→昇給"ではなく、"お客さまに向き合う→評価される→役職が上がる→昇給"であり、「この順序が大事」と栗原さんは言う。

これはかつて同社で一定期間、セールススタッフに成果主義を導入した際の反省に基づいている。売上げを評価に反映した際、上位のスタッフは売上げを伸ばす一方、下位のスタッフは逆に売上げを落とした。この原因を分析したところ、売上げを伸ばすための声掛けや商品説明などの顧客対応が苦手な下位のスタッフは制度に反発し、あえて本気で取り組まない姿勢を見せたということだった。さらには同じように成績が伸び悩むスタッフに同調を促し、トータルで考えるとマイナスに作用した。この経験から成果主義は一切やめたという。

期待しない、管理しない、"世界平和"に結び付いていればいい

同社はグループ会社を複数もつが、老人ホーム・介護事業やビルメンテナンスなど本業と非関連の事業も多い。これらは社員が事業を提案し、実際に提案した社員が代表として運営している。会社の立ち上げに求められることは"世界平和に結び付いているか"だという。これを数枚の"紙芝居"にまとめて、栗原さんと社員の前でプレゼンをする。

直近で立ち上げた会社は、カンボジアでバーを開く事業である。実はこのバー、主に金銭に余裕のある客が金銭に余裕のない客のために余分にお金を支払えるシステムとなっている。貯まったドリンク代で金銭に余裕のない客は一杯のドリンクを無料で楽しむことができる。そのとき、どんな客が払ってくれたかを残されたメッセージを通じて知ることができる。アンコールワットなどの豊かな観光資源をもつ同国で、観光客や地元民の間で交わされる小さな優しさの輪が広まれば、世界平和を実現できるというわけだ。こんなユニークな発想ができる人材が集まってくるのが同社の強みである。

栗原さん(左)と船田真代さん(右)。船田さんは同社社員であるとともに携帯電話アクセサリー事業のグループ会社である株式会社Happiness M's co-opの代表を務めている

グループ会社の事業進捗に関しては、栗原さんが各グループ会社の代表者に定期的にヒアリングするが、業績報告などはせず、確認するのは「目的に向かって進めているか」だけ。これは栗原さんが人には「(いい意味で)期待しない」、「100点中68点でいい」という考えに基づいている。

栗原さんはグループ会社の業績を「あまり気にしていない」と語り、「"世界平和倒産"なんておもしろいじゃないですか。また一からやり直せばいい」と笑った。路上販売から始めた栗原さんのその言葉はなまじ冗談ではないのだろう。顧客満足を追求してきた同氏自身はもちろん、同社社員への自信を覗かせる。

ユーモアあふれる社風のもと、"お客さまの幸せを願う思い"に共感し、高いモチベーションでユニークな事業を積極的に提案する「社員」と、それを"期待"せず、"信頼"する「社長」。同社の成功の秘訣はここにある。

企業データ

企業名
株式会社 あなたの幸せが私の幸せ世の為人の為人類幸福繋がり創造即ち我らの使命なり今まさに変革の時ここに熱き魂と愛と情鉄の勇気と利他の精神を持つ者が結集せり日々感謝喜び笑顔繋がりを確かな一歩とし地球の永続を約束する公益の志溢れる我らの足跡に歴史の花が咲くいざゆかん浪漫輝く航海へ
Webサイト
設立
1998年
資本金
5億1,369万円
従業員数
178名(2018年5月現在)
代表者
栗原 志功
所在地
埼玉県上尾市緑丘3-3-11-1

中小企業診断士からのコメント

企業の行動指針、目的、規範、理想、価値観である経営理念は「この会社は何のために存在するのか」をステークホルダーに知らしめ、従業員に行動・判断基準を与える点で重要な意味をもっている。同社はそれを企業名にするという一見極端な形ではあるが、最も高い水準でその役目を果たしており、それが同社のユニークな発想や人材を生み出していて、大きな成功例と言える。成果主義は経営上のセオリーの一つであるが、これだけを会社軸(売上げ・利益)として社員のモチベーションを下げてしまうのでなく、「顧客にいかに満足してもらうか」という顧客軸に結び付けることなど、同社の考え方や取り組みは他社も見習うべきものが多くある。

佐々木 祐人