Be a Great Small

スキーから健康・福祉へ、そして未来へ“支える技術”で進化「株式会社シナノ」

2025年 12月 8日

スキー依存からの脱却を果たしたシナノ代表取締役の柳澤光宏氏
スキー依存からの脱却を果たしたシナノ代表取締役の柳澤光宏氏

長野県佐久市に本社を置く老舗ポールメーカーの株式会社シナノは、スキー用品から歩行杖やウォーキングポールへと多角化を図り、バブル経済崩壊後の経営危機を経て“大回転”に成功した。ブランド戦略や海外展開、地域連携を進める同社5代目の柳澤光宏代表取締役は「人生の半世紀にわたるお付き合い」との目標を掲げ、ポール製造で培ったコア技術を活かして人々の健康と福祉を支えていく。

1919年創業、戦後にスキーポール専門メーカーへ

スキーポールはかつて竹を素材に生産していた
スキーポールはかつて竹を素材に生産していた

長野県東部に位置し、群馬県境に接する佐久市は、平均寿命が長く元気な高齢者が多い。二つの総合病院をはじめ医療機関が充実し、人口10万人当たりの医師数は全国平均を大きく上回る。この「健康長寿のまち」で健康・福祉関連の製品づくりを手掛けているのが100年超の歴史を誇るシナノだ。

同社は1919年、柳澤氏の曽祖父・光三氏が信濃スキー製作所として創業した。日本にスキーが伝来してから8年後のことだ。当初はスキー用品全般を製造していたが、戦後にスキーがレジャーとして広がり、多くのメーカーが量産体制を整えるなか、2代目の光彦氏(柳澤氏の祖父)は「鶏口となるも牛後となるなかれ」を信条にスキーポール専門メーカーの道を選んだ。1956年のコルティナ・ダンペッツオ冬季五輪のアルペンスキー3種目で金メダルを獲得したトニー・ザイラー氏が来日した際、同社のポールを絶賛したという。

その後、1980年代後半~90年代前半のバブル期に空前のスキーブームを迎えたが、バブル崩壊とともにスキー人口も急減。売り上げのほとんどをスキー関連で占めていた同社は経営危機に陥った。再建にあたった4代目の光臣氏(柳澤氏の父)は、すでに商品化していたトレッキング用ポールに加え、一段と進む高齢化社会を見据え、健康や福祉への方向性を打ち出し、新たに歩行杖とウォーキング用ポールの市場へ参入した。

バブル崩壊後の経営危機から多角化で“大回転”

今も国内シェア1位を誇るスキーポール(左)とシナノの主力商品となっている杖
今も国内シェア1位を誇るスキーポール(左)とシナノの主力商品となっている杖

「ポールメーカーとして長年培ってきたコア技術を活用して多角化を図り、スキー依存からの脱却を目指した」と話すのは、日立グループの企業を経て2003年に入社、2011年に代表取締役に就任した柳澤氏。そのコア技術とは(1)アルマイト加工(2)パイプ曲面印刷(3)握る設計-の3点だ。

このうちアルマイト加工は、アルミニウムの表面に酸化皮膜を形成するもので、さびにくくなるほか、染料が被膜の下に定着するため、擦れに強く剥がれにくいという特徴を持つ。それに加えて、パイプ状のポールの曲面に印刷する技術と設備を持っていることから、耐久性だけでなく、美しく高級感のある印刷を可能としている。「アルマイト加工と曲面印刷の設備を一緒に持っているのが当社の強み。そしてスキーポール製造で蓄積された『握る設計』技術によって杖のグリップ部分のフィット感や操作のしやすさにつながっている」と柳澤氏は胸を張る。これらのコア技術を活かし、杖の表面にメッセージや写真を印刷した「世界に一つだけのポール」の製作も行っており、「お孫さんから、おじいさん、おばあさんへのプレゼントなどに最適」(柳澤氏)という。

こうした多角化が奏功し、経営危機からの“大回転”に成功した。とくに歩行杖は、高齢化の進展と市場の拡大に伴い、順調に成長。中国などからの輸入品が多い低価格帯とは一線を画し、高価格帯で国内トップシェアを占め、同社の売り上げ比率でも最大となっている。

コア技術を活用した新規事業の開拓はその後も続いている。2021年からはハンガーラックなどのキャンプ用品を販売。折からのコロナ禍で人気を集めた。柳澤氏は「コア技術を使うのであれば、どんなジャンルの製品でもいいと社員に伝えている。まだ具体的には話せないが、様々なアイデアが社内から出されている」と話す。

東京、横浜などで直営店を開設、ブランド力を強化

2013年オープンの直営店「ステッキ工房シナノ有楽町」
2013年オープンの直営店「ステッキ工房シナノ有楽町」

スキー依存から脱却した同社はブランド戦略にも乗り出した。直営店の展開だ。同社の主力商品となった杖は百貨店をはじめ小売店で販売されているが、介護用品として販売されることが多く、ブランドの訴求は難しい。そこで、商品の魅力と価値を顧客に伝え、購買意欲や「シナノ」ブランドへの信頼感を高めようと、2013年に初の直営店「ステッキ工房シナノ有楽町」(東京都千代田区)をJR有楽町駅前の東京交通会館に開設した。「当社の印刷技術などを駆使したファッション性をアピールするのも狙い」(柳澤氏)で、店頭にはオシャレなデザインの杖が数多く陳列されている。

直営店では顧客と直に接し、生の声を聞けるというメリットもある。そして、こうした声は販売戦略に反映されている。「杖を購入する男女比は2:8で圧倒的に女性が多いと思っていた。ところが直営店を開設してみると、男性が3、4割に達していたことが分かった」と柳澤氏。そこでデザインやサイズなど男性向けの杖の割合を増やした。

直営店はその後、吉祥寺店(東京都武蔵野市)、横浜ランドマークプラザ店(横浜市西区)と続き、2025年1月に4店目の名古屋栄店(名古屋市中区)がオープン。「杖は陳列の際に場所を取らず、店の広さは3坪あれば十分。今後も人口規模の大きい政令指定都市をターゲットに、1年に1店舗ずつ増やしていきたい」(柳澤氏)との目標を立てている。

一方、海外への輸出では2011年の韓国を皮切りに、現在は中国や台湾、オーストラリアなど6カ国・地域で展開している。とくに中国や韓国では今後、高齢化が顕著になるとみられており、「早い段階で『シナノ』ブランドの認知度を高め、これから高齢化が進んだときには当社の商品を選んでほしい」と柳澤氏は将来の海外市場を見据えている。

地域とのつながりで「健康長寿のまち」の発展に貢献

工場祭は毎回多くの来場者で賑わう
工場祭は毎回多くの来場者で賑わう

スキーポール専門メーカーから健康・福祉の企業へと進化を遂げた同社は、地域とのつながりを強めている。創業100周年を迎えた2019年には地元・佐久市へ杖100本を寄贈し、医療機関への貸し出しなどで利用されているという。同じく100周年の記念行事として、地元への感謝を込めて工場祭を開催。工場見学やアウトレット商品の販売、さらに地元の高校生らによるパフォーマンスもあり、800人超の来場者で賑わった。その後のコロナ禍を経て2023年から毎年5月に開催している。「工場で働く社員がユーザーと触れ合う機会にもなり、社員教育にもつながっている。これからも続けていきたい」と柳澤氏は話す。

また、市内の企業や教育機関、医療機関などによるオープンイノベーションを目指す佐久産業支援センター(SOIC)の事業として車両部品メーカーの吉田工業(佐久市)と共同開発に取り組み、点滴台と酸素ボンベキャリーを一体化して車いすに装着できる「よりそいくん」を2022年に製品化した。医療現場の要望を取り入れたもので、現在、くろさわ病院(同市)など長野県内外5カ所の医療施設で使用されている。

このほか、柳澤氏は佐久ポールウォーキング協会の副会長を務め、ポールウォーキングの普及に尽力する。「ポールを持って歩くことで、足腰だけでなく上半身も使った全身運動になる。転倒予防やリハビリにも使える」(柳澤氏)として、健康長寿のまち・佐久市の発展に貢献していく考えだ。

目指すは「人生の半世紀にわたるお付き合い」

シナノはコア技術を活かして進化を続ける
シナノはコア技術を活かして進化を続ける

「人生の半世紀にわたるお付き合い」-。多角化を果たした同社が掲げる目標だ。スキーやトレッキングを楽しんだ子どもや若者が中高年になって健康増進のためにウォーキングを行い、やがて杖を突いて歩く。「ライフステージが変わるのに合わせて、当社の商品を愛用していただければ」と柳澤氏は話している。

創業の原点であるスキー依存を脱しても、同社が一貫して追い求めてきたのは“人の動きを支える”技術だ。変化の時代にあって、長年にわたり培ってきたコア技術を暮らしと社会の中で活かし続ける。100年企業の挑戦は今も進行形である。

企業データ

企業名
株式会社シナノ
Webサイト
設立
(創業)1919年
資本金
9900万円
従業員数
47人
代表者
柳澤光宏 氏
所在地
長野県佐久市岩村田1104-1
Tel
0267-67-3321
事業内容
杖・ステッキ、スキーポール、トレッキングポール、ウォーキングポールの製造・販売▽レジャー用品の輸入・販売▽FRP複合引抜材の製造・販売